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貧困少女の絶望は私たちと地続き―カナダ作ドラマ「またの名をグレイス」

光文社新書の永林です。治部れんげさんの新著「ジェンダーで見るヒットドラマ」を先行公開するnote連載、今週から再開します! 4月10日は、戦後初めての衆議院選挙で日本の女性が初めて参政権を行使した日です。それから75年が経過した現代に、ジェンダー関連の問題が立て続けに起きています。3月22日に公開された「報道ステーション」のCMでは若い女性を使って「ジェンダーの平等を掲げるのは時代遅れ」と描き、炎上しました。3月23日には、歴史学者の呉座勇一氏がTwitterの鍵アカウントで女性学者を貶める発言を繰り返していたことが明らかになり、NHK大河ドラマの時代考証を降板。そして3月26日には、女性蔑視発言で辞任に追い込まれたばかりの森喜朗元首相が「女性と言うには、あまりにもお年だ」などと、またも差別発言をします。
こうしたミソジニー案件の裏には、加害者側の人権意識の欠如があります。彼らは「女性」を自分と同じだけの脳みそと権利がある存在と認められないため、同じような発言を繰り返すのでしょう。しかし、このような差別発言が問題視されるようになったのは、最近のことです。数年前なら辞任はしなかったでしょうし、100年前であれば、女性に人権がないと考えるのは普通でした。今回、取り上げるドラマは、約160年前のカナダで実際に起きた事件がモチーフ。下層を生きる少女が、いかに「人権なき存在」として扱われていたかが、リアルに伝わる作品でもあるのです。

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※以下、治部れんげさんの記事はネタバレを含みます。ドラマ未視聴の方はご注意ください。

◆下層を生きる少女が見つけた希望と絶望

「またの名をグレイス」は、長編映画のようなドラマです。40数分×6話、イントロを除けば4時間で視聴でき、本書で紹介した他のドラマと比べると短い作品です。原作は、本連載で取り上げた「ハンドメイズ・テイル」と同じく、カナダを代表する作家、マーガレット・アトウッドで、実際に起きた殺人事件をもとにした小説です。

主な舞台は1800年代後半のカナダ、主人公はグレイス・マークスという30代の女性で、殺人事件の容疑者です。ストーリーの焦点は、グレイスの有罪無罪を問う謎解きですが、下層階級の女性が置かれた過酷な現実がドラマ全体を彩っているのが特徴です。同時代のカナダを舞台にしたドラマ「アンという名の少女」が、比較的裕福な農村を描いていたのと対照的と言えるでしょう。

まずストーリーを概観しましょう。グレイスは両親と幼いきょうだいと一緒にアイルランドからカナダに移住しました。一家は非常に貧しく、その生活は厳しいものでした。カナダ行きの船には同じような貧しい人々が詰め込まれ、風通しが悪い船室は「貧民窟」そのものだった、と本人が後に振り返ります。

船旅の途中で母親が病死すると、家事や小さなきょうだい達の世話は長女・グレイスにのしかかります。船の甲板から弟や妹たちを海に突き飛ばして溺死させた方がいいのではないか、生きていてもどうせ辛い人生だから……と彼女が一瞬考えるほど、辛く貧しい底辺の生活です。

一家はカナダの都市トロントのあばら家に落ち着きます。大酒飲みの父から毎日叩かれ、突き飛ばされ、加えて性的虐待も受けていたと思しきグレイスは、怒りを募らせる一方、父を喜ばせたい、という矛盾した心境にありました。ある日、彼女は父親から働きに出ろ、と命じられ、市会議員の家で住み込みの女中として働くことになります。

この時、グレイスは16歳。教育はほとんど受けていない様子ですが、物事の判断において神や聖書に当たる信心深い少女でした。

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そして、仕事先でグレイスに初めての友達ができます。同僚の女中で同室のメアリーです。メアリーはグレイスに、大酒飲みの父に取られないよう、女中として働いた給料を枕の後ろに隠しておく方法を教え、ボロボロの身なりを整えるため一緒に買い物に行ってくれます。

この2人がりんごの皮を使って将来の結婚相手の名前を占うシーンは、現代の女子高生と変わらないような、無邪気で微笑ましいものでした。クリスマスにはプレゼントを交換します。この時、メアリーからもらった花の刺繍がついたハンカチを、グレイスは生涯ずっと大切に持ち続けたのです。

メアリーには恋人がいました。雇い主である市会議員の息子です。メアリーが彼の子どもを身籠ると、息子は「誰の子か分からない」と言い放った上、同じ階層の新しい恋人と遊びに出かけてしまいます。雇い主に妊娠が知られたら解雇されると恐れたメアリーは、闇医者の元で堕胎手術を受け、翌日、出血多量で亡くなってしまいます。

きっと、メアリーのような女性は、世界中に大勢いたでしょう。貧しい家庭に生まれた女性は教育を受けられず働き口は限られています。数少ない仕事である女中をすれば、雇い主やその親族から性的暴行を受けるリスクにさらされるのです。

メイドが仕事先で暴行を受ける問題は、今も世界で起きている人権侵害です。2021年2月にはシンガポールで、女性の雇用主がミャンマー出身のメイドに満足な食事を与えず、殴ったり、睡眠を5時間しか与えなかったりして死亡させた事件の裁判が行われました。亡くなった時、このメイドの体重は24kgしかなかったそうです。また、フィリピンの大統領は自国出身のメイドがレイプなどの被害を多数受けていることを理由に、2018年、中東でのフィリピン人メイド就労を禁止することを示唆しています。

つまり、このドラマの中で「メアリー」として描かれる女性の悲劇は、決して過去のものではないのです。大きな経済格差と限定された就労機会のもと、今も苦しむ人がたくさんいます。

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◆社会の底辺にいたから少女は死んだ

直接の死因はともあれ、メアリーを殺したのは議員の息子だ、とグレイスが思うのも無理はありません。この息子はメアリーの死をすぐに忘れてしまったばかりか、今度はグレイスに目を付けて肉体関係を迫ります。夜、寝ている彼女の部屋をノックし、鍵がかかっている扉を無理にこじ開けようとさえするのです。屋敷の主人である市会議員夫人は、メアリーの死因を知るグレイスに口止め料を払うなど、保身ばかりを考えています。

親友の死にショックを受けていたことに加え、息子から身を守ろうとしたグレイスは、別のお屋敷で女中を探していること、給料が今の1.5倍であることを知り、転職を決意します。新しい職場は人里離れた田舎にありました。大きな屋敷には独身男性のキヌア氏がひとりで住んでいます。キヌア氏は初対面の時からグレイスに優しく、女中なのに家族のように扱ってくれました。

キヌア邸で雇われているのは、男性が2人と女性が1人だけ。その女性ナンシーは「女中頭」という職種に似つかわしくなく、華やかなピンクのドレスでグレイスを迎えます。

女中頭のナンシーは、ピアノを弾き、主人のキヌア氏と同じテーブルで食事をしており、使用人というより妻のようです。新しい職場でメアリーのような親友ができたら、と望んでいたグレイスは同僚のはずなのに主人のようにふるまうナンシーに違和感を覚えますが、性に関する知識が乏しく、当初は2人の愛人関係には気づきません。

他の使用人や出入りの業者から、キヌア氏とナンシーの関係を聞かされたグレイスはショックを受けます。男性主人と女中の恋愛関係は、親友メアリーと市会議員息子の関係に加え、親友の悲惨な末路を思い出したからです。

様々なやり取りの末、ナンシーから解雇を言い渡されたグレイスともう1人の男性使用人は、屋敷を出て行くことになります。2人が共に馬車に乗って出発した夜、キヌア邸に残されたのは、2つの死体、キヌア氏とナンシーのものでした。

アメリカに逃げたグレイスと男性使用人は警察に捕まり、男性使用人は裁判で有罪になり絞首刑になります。グレイスも有罪を宣告されますが、年が若かったことなどから、殺人への関与度合いに疑問が残り、終身刑となるのです。

◆「したたか」であることが虐げられた者の生きる術

ドラマが描くのは事件から15年後。服役し続けているグレイスと精神科医の面談を描きます。おとなしく手先が器用なグレイスは、施設長の自宅を掃除し裁縫仕事をするため、独房から出されて女中時代と似た仕事をしています。グレイスを釈放すべし、と主張する人々の運動が実り、彼女の精神鑑定をするために若い男性医師が話を聞くのです。

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彼に与えられた使命はグレイスの責任能力を判断すること。この聞き取りに応じ、グレイスは移民船に乗ってカナダに渡ってきた時からの半生を語ります。美しいグレイスに心を奪われた医師が恋愛絡みの妄想に浸ってしまうこともありますが、現実には何も起こりません。医師は熱心に聞き取りをしますが、グレイスの話術に翻弄され、結局、彼女が有罪か無罪かを判断する手がかりは得られないまま、去っていきます。

貧しく教育を受けていないグレイスと、品の良い紳士である医師。聞き取りのシーンでは階級差や性差が次々に浮かび上がります。特徴的なのは医師が家事の何たるかを分かっていないことを示すシーンです。

女中の朝は汚物桶の掃除から始まります。当時、トイレは野外にありましたから、夜に用を足したい時は室内に置いた専用桶に溜めておきました。女中は朝、主人一家の汚物桶から中身を集めてトイレに捨てて桶を洗うのが決まった仕事でした。その後は、台所仕事、洗濯、空き時間には針仕事と家事に終わりはありません。

このように家事全般を身分の低い女性が担う社会構造のもと、直接体を動かして家事を担うグレイスと、家事の存在に気づきすらしない医師の間には、性と階級という大きな壁があります。グレイスの悲惨な境遇に同情し、できれば無罪の立証につながるような精神鑑定の結果を出したい考える医師の善意は明らかです。それに加え、彼が何も気づかない側の人間であることが、静かな会話の中で浮かび上がります。

ただ、こうした2人の緊張感のある精神的な綱引きに視聴者が気づくのは、私たちが現代民主主義社会で生きており、ジェンダー視点を持つからこそです。160年前に下層階級に生まれ、教育といえば聖書を読むくらいしか機会がなく、女性には参政権もなかった時代を生きるグレイスは違う見方をします。男性医師のことを、何も知らない可愛い人と捉えるのです。

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グレイスは自分の裁判を担当した弁護士や、精神鑑定のため話を聞きに来た医師に、彼らが喜びそうな話をします。それらは嘘ではないものの、現実の中から自分に都合がよく、相手が聴きたい要素を上手に選び取ったものでした。貧しく可哀想なアイルランド移民。父親から受けた暴力。奉公先で出来た友人の不慮の死。美しいがゆえに奉公先でも精神病院でも常にあった性暴力の危険。そして教育を受けていないがゆえに無知であったこと。聖書の内容をそのまま信じる、敬虔なキリスト教徒であること。

グレイスが語り、見せる要素はいずれも、この時代の男性が持つ下層階級女性に対するステレオタイプを踏襲していました。善意に満ちた彼らの偏見を肌感覚でとらえ、望む女性像を演じることで、グレイスは生き延びることができるのです。

謎解きの要素と予想外の結末について、本稿では触れません。ラストシーンで、グレイスは自分のためにキルトを作ります。自分とメアリーとナンシーが着ていた服や大事にしていたハンカチの切れ端をキルトに縫い込み「ずっと一緒にいられる」と話すグレイスは、美しくしたたかで、ちょっと怖い存在です。

時代と社会の構造ゆえ、不当な目に遭ってきた女性はグレイスひとりではない。その女性は、グレイスだったのかもしれないし、別の誰かだったのかもしれない。生まれた時代によっては、それは私だったかもしれない。余韻のなかで含意のあるタイトルに思いを馳せてしまう、上質な作品です。

◆「またの名をグレイス」(2017年、カナダ)
Netflixオリジナルシリーズ。全4話。出演:サラ・ガドンほか。原作:マーガレット・アトウッド

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治部れんげ Jibu Renge/1974年生まれ。1997年、一橋大学法学部卒。日経BP社にて経済誌記者。2006~07年、ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年よりフリージャーナリスト。2018年、一橋大学経営学修士課程修了。メディア・経営・教育とジェンダーやダイバーシティについて執筆。現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。東京大学大学院情報学環客員研究員。東京都男女平等参画審議会委員。豊島区男女共同参画推進会議会長。朝日新聞論壇委員。公益財団法人ジョイセフ理事。一般財団法人女性労働協会評議員。著書に『「男女格差後進国」の衝撃:無意識のジェンダーバイアスを克服する』(小学館)、『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)、『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)等。
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