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淘汰時代の農業サバイバル【Vol.4 イナゾーファーム】売上1億円を目指すべきか

『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ(光文社新書)』の著者である(株)久松農園代表の久松達央さんによる個別無料コンサルティング。第4弾は、北海道士別市で有機JASを取得した施設園芸トマト、アスパラガスの生産・販売、カボチャ等の生産・販売、トマトの自社加工を行う株式会社イナゾーファームの谷寿彰さんと江美さんが、売上目標と今後の方針について相談しました。

6刷!

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株式会社イナゾーファームの概要
所在地:北海道士別市
経営面積:18ha
経営内容:有機JASを取得した施設園芸トマト、アスパラガスの生産・販売。カボチャの生産・販売、水稲(もち米)とダイズの生産。トマトの自社加工も。
売上:6,000万円
販路:系統出荷、卸売業者、小売店、直販(消費者)、直販(飲食店等)
雇用:季節雇用パートタイム15名
就農年: 2007年に親元就農
ウェブサイト・SNS:ホームページInstagramYoutube

写真提供:イナゾーファーム

プロフィール
谷寿彰
1982年北海道士別市生まれ。北海道大学大学院農学研究科卒。在学中に有機JAS認証団体にて事務局員として勤務。卒業後の2007年実家にて就農。就農2年目にハウス1棟からトマト栽培を開始し、イナゾーファームの屋号で有機JAS認証取得、加工事業、販路開拓に取り組む。2019年法人化。クロスカントリースキーでは全国大会に過去4回出場。

谷江美
1985年東京都大田区生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後に株式会社星野リゾートに入社。2010年結婚を機に北海道士別市に移住し農場経営に参画。主に生産以外の業務全般を担う。NPO法人田舎のヒロインズ理事。

今回の相談内容

売上目標として1億円を掲げているが、そこに到達できるのか。また、売上1億円へ向けてチャレンジし続けることが、経営体として正しい方向性なのか。

『農家はもっと減っていい』著者の久松達央さんによるコンサルティング

久松達央プロフィール
㈱久松農園代表。1970年茨城県生まれ。1994年慶応義塾大学経済学部卒業後、帝人㈱を経て、1998年に農業に転身。年間100種類以上の野菜を自社で有機栽培し、卸売業者や小売店を経由せずに個人消費者や飲食店に直接販売するDtoC型農業を実践している。生産・販売プロセスの合理化と独自のブランディングで、経営資源に恵まれなくとも、補助金や大組織に頼らずに少数精鋭のチームが自分の足で立つ「小さくて強い農業」を標榜する。他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行っている。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)『農家はもっと減っていい~農業の「常識」はウソだらけ』(光文社新書)

1億円の目標設定は経営体を正しい方向へ導くのか

写真提供:イナゾーファーム

――ご相談内容を教えてください。

谷寿彰(以下、寿彰) 売上目標として1億円を掲げています。ただ、今の状況で、いきなりその金額に届くかどうかというと、かなり難しいのは自分たちでも理解をしています。今、40歳でまだ体が動く段階ではありますが、これから先1億円までいけるのか。そこにチャレンジし続けることが経営体として正しい方向性なのか悩んでいます。

久松達央(以下、久松)うん、なるほど。

寿彰 正直ちょっと難しいだろうとは思うんですよ。達成するために色々考えますが、無茶で博打的なアイディアしか出てこないんですよね。

久松 なるほど。「1億円」には何か根拠があるんですか。

寿彰 あくまで目標値として、よく言われているからその金額にしているだけです。今、農地が全部で18haなんですが、北海道型のスタイルでそこに達成できるかどうかは、実際には難しいのかもしれないと考え始めてます。

久松 北海道のスタイルとは、季節性があるという話ですか。

寿彰 そうです。栽培できる時期が限られているので、1年間に何回も収穫できない、あるいは、冬場は雪が降るので、一旦、屋内にすべてのものを集約して入れないといけません。園芸施設についても、雪が降るので、シンプルなかまぼこ型のハウスを横にずらっと並べて冬場はビニールを剥がします。

久松 そうか。少しずつ状況を聞いていきますね。

親元就農後に施設トマト栽培へ

写真提供:イナゾーファーム

久松 今は、谷さんが経営をされているのですか。

寿彰 はい、経営者になって10年くらいになりますね。祖父が農業を始めたのですが、早くに亡くなったので、経営の継承が早かったんですね。父が病気がちでしたので、僕もわりと早い時期から自由にやらせてもらっていました。

久松 40歳で15年のキャリアだもんね。

寿彰 そうですね。2007年に親元就農し、その次の年からトマトを始めたんですよ。父はもともと農協の理事もしていたのですが、農協に出荷しないことについても、「売り先があるなら、やってもいいんじゃないか」って話を進めてくれました。そういう意味では、父がかなり先進的で、僕の背中を押してくれたんですよね。

久松 時代や地域のセオリーには反していたので周りの人はやらなかったのでしょうが、 「お前ら若いんだし、頑張って売れ」ってことだったんだろうね。どのぐらいの規模で成立させていくのかという課題は大いにあるでしょうが、全然やれますよね。

今は、江美さんと相談しながら経営をされているんですね。お二人はどうやって知り合ったんですか。

寿彰 大学時代に北海道上川郡にある「共働学舎新得農場」のワークキャンプで知り合いました。6年間の遠距離恋愛を経て結婚しました。遠距離が成就するのを初めて見ましたね、自分で。

久松 世界中のカップルを見てる人みたいに言うな(笑)。江美さんも、北海道の方ですか?

谷江美(以下、江美) 私は東京です。

久松 農業に関心があったんですか。

江美 もともとは東京を出て、どこか違う場所に住んでみたかったんです。「海外かな?」と思っていましたが、何気なく行った北海道の田舎で「ここでも違う世界が見られるんじゃないかな」と思うほどのカルチャーショックを受けました。自分の知らない世界があるんだな、田舎とか農業の暮らしっていうのが面白いなって思ったんですよね。

東京に住んでいたので、全く何も知らなかったんですよ。食べものを作る現場があることを本当に知らなかった。自分の足で出向いた先で出会った人がいて、そこで気づいたことで、東京を出るきっかけになりました。

初めは、私も誰もが描くような自給自足みたいなものをイメージしてたんだと思うんです。でも、もともと自給自足や自分のためだけに何かをするよりは、誰かが生きるために必要なものを作ることに興味があったので、誰かが必要なものをドカッと作ってそれを届けるのはわりと好きだなと思っています。

久松 なるほどね。いい話。

開拓した販路へトマトと加工品を販売

写真提供:イナゾーファーム

ーー 主力のトマトの栽培について教えてください。

寿彰 無加温で、5月上旬に定植して、7月上旬ぐらいから少しずつ収穫し始めます。よほど変な天候でなければ、9月からだんだん量が減ってきて10月くらいまで収穫できます。トマトは全部有機JAS認証を取得していて、中玉のシンディースイート®という品種を72.3aで栽培しています。

久松 結構、面積が広いな。すごいな。ミニトマトほどではないけれど、結構手がかかりますよね。

寿彰 手しかかからないです(笑)。

久松 生食と加工の割合はどんな感じですか。

江美 だいたい生食トマトが売上の半分ですね。加工品も含めると、だいたいトマトで売上の70%ぐらいにはなりますね。

寿彰 生食を中心に考えて、自分たちである程度の厳しい選果基準を持った上で、それ以外を自社工場で加工品にしています。主な加工品はジュースで、自社に小さな加工工場があります。

久松 最初にそれに投資してるのはなかなかすごい。ある程度時間を止められるというか、じっくり冬場にかけて売っていけるわけですよね。これまでの蓄積で作業の平準化はある程度できるんでしょうね。

ーー売り先はどのような感じですか。

江美 トマトは、生食の9割ぐらいはB to Bの取引をしていて、ほぼ小売店へ販売します。自分たちで開拓したお店に直接売っていて、だいたい1割弱くらいが個人のお客さんです。逆に加工品は8、9割は個人のお客さんに買っていただいています。

カボチャは貯蔵庫で売り伸ばす

写真提供:イナゾーファーム

ーートマト以外にはどのような品目を作られているのですか。

寿彰 トマト以外に、今年はカボチャが7ha、 ダイズが5ha、お米が4ha、アスパラガスが20a。アスパラガスは始めたばかりです。

久松 今言った品目は、全部時期がどかぶり!

寿彰 9月が一番厳しいですね。カボチャと稲刈りとトマトの収穫が全部かぶってくるんで。 ただ、水田は前からあった大きいコンバインと8条植えの田植機というオーバースペックな機械を使っているので、4haの田植えも2日あれば終わります。

久松 なるほどね。まあ、そこはさっさとやるべきところだよね。お米とダイズは基本的に農協出荷ですか。

寿彰 はい、全部農協出しです。

久松 そこはスケジュール通りの作業をして、その時期頑張ってオペレーションをすれば…。

寿彰 そうですね。計算して出せるので、お米とダイズはある程度コントロールしやすいですね。ダイズについては収穫を委託でお願いしてるんで、やっているのは管理までです。

久松 それは賢いですよね。作業委託ができるのは産地ならでは。

江美 今年からカボチャもほぼ全量を自分たちで売るようになりました。

久松 8haのカボチャを!?

寿彰 あ、7haです(笑)。

江美 (笑)。うちは、ずっとトマトを増やすことで売上を伸ばしてきました。カボチャを自社で販売できなかったのは、倉庫がなく貯蔵ができなかったからなんです。そこを解決するために、去年と今年でどんなに雪が降っても潰れないような60坪の鉄骨の倉庫を2棟建てました。なので、カボチャは相当増えたんですよ。売上の20%ぐらいですね。作っている量はあんまり変わらないのですが、自分で売ることによって伸ばしたという感じです。

久松 鉄骨とは頑張って投資しましたね。米やダイズも作っているけれど、基本的には野菜農家に特化していることがわかりました。いや、カボチャはすごいな。トマトを販売しているベースがあってこそでしょうけれど。

アスパラガスへ参入した理由

写真提供:イナゾーファーム

ーーアスパラガスを始めた理由を教えてください。

寿彰 トマトがとれ始める前に売上が欲しいんですよね。

江美 アスパラガスは5月に売れるので、6月には売上が入ります。アスパラガス、トマト、カボチャとリレーになるとうまく回るんですよね。

久松 運転資金のためにアスパラガスを増やすというのは、発想が若いですね。肉体をお金に換える発想!楽しようとしない感じはすばらしいですよ。

寿彰 たしかに(笑)。それに、おいしいアスパラガスっておいしいんだっていうのがわかったんですよね。あの味は魅力的ですね。

久松 なるほど。基本的には資本集約型でなく、労働集約的な野菜生産者の考えでやっていくんでしょう。そうなると、運転資金は回っていかないといけないよね。いくつか玉を撃っていくなかで、力を入れるところがあって、次への投資でアスパラガスをやっているわけだから、全体の構成としてはやっぱりよく考えていますね。4月から10月にしか栽培できない寒冷地の農業としてはいい形ですよね。

労働集約的なトマトはマネジメント業務が必須

写真提供:イナゾーファーム

ーー雇用について教えてください。

江美 十何年前は家族だけでやってたのが、パートさんに来てもらうようになって雇用型になったんですよ。今、15名くらいのパートさんに来てもらっています。

寿彰 都市部から離れていて、地域的にも人口が減ってきていて、集めるのはいつも苦労しています。今いるパートさんたちへのリスペクトと感謝は忘れないように心掛けてます。

江美 最近はエリア外の人に、車と住むところをこちらが用意して季節雇用という形で毎年募集をして数名に来てもらっています。本来であれば、季節雇用の方を育成して社員にするのが王道なんですが、来る方の目的がみんな違っていて、農業体験がワンシーズンできればいいという人もいます。そもそも入口が違うので、ずっとやりたいっていう人とはまた違います。

寿彰 だからこそ面白い人材が来ます。それもありがたいと言うしかないですね。

江美 毎年、フレッシュな人が来ますね。それ以外にも、インターンの大学生など1年に5、6人は受け入れているので、新しい人が入ることへの抵抗はありません。7割くらいの熟練のパートさんが固定でガチっといてくれるからこそ、若い世代の季節雇用やインターンで新しい風を入れていくことも大事ですね。

久松 やっぱり人を増やしていくと、もちろんお金もしんどいけれども、人に対しての指示をするマネジメントが仕事の主体になっていきます。人の段取りばっかりしてるようになりますよね。もうちょっと聞くと、二人がパートさんにべったり張り付かざるを得ない状態なんですか。

寿彰 今来てくれているパートさんたちは、もともと農業を生業としていた主婦の方々で、引退してから来てくれているので、下手すれば僕よりも上手な方もいらっしゃるんですよ。だから、こちらの意図を汲み取った上でやってくれますね。

江美 とはいえ、私も半分ぐらい現場のマネジメント業務になってしまっています…。あとはパートさんが年齢を重ね、あうんの呼吸でやってくれてる人たちの引退がもう見えてきてしまっている以上、次をどうすればいいんだ、と。

久松 トマトをやる以上、労働集約的であることは基本的には避けられないです。世界中そうなんだから、別に悩む必要はないですよ。 お二人は、ここまで来たと考えるべきです。ここまできた自分たちをちゃんとポジティブに褒めてあげないとダメだと思いますよ。緻密に組み立てて、地域の資源を活かして、ちゃんと売ってるわけだから。すごくいいことをやっている。

ただ、この先、売上を伸ばしてきた部分をどう考えていくのかは、一つ大きな選択としては残る。すぐに立ちゆかなくなるとは思わないが、20年後に二人が60歳になって、80代のパートさん大人数を抱えてやるっていう構造はちょっと考えにくいじゃないですか。これはどこのトマト農家でも、統合環境制御の施設栽培でも同じで、規模とか設備こそ違えど、抱えている課題はそんなに変わらないですよね。そこにスーパーな解答があるわけではないと思う。

「売上を伸ばす」でなく「利益を残す」方向性

写真提供:イナゾーファーム

久松 ここまで聞いて、自前で売っているのはすごいこと! そうそうひっくり返されない顧客をがっちり掴んでやっている。すごいことだけれども、やっぱり一気にスケールはしないよね。今、6,000万円ぐらいの売上で、すぐに1億円になるような内容ではないですね。だからじわじわ上げていって、どこかで良しとする形が基本的なやり方なんじゃないですか。でも、いつまでも楽にはならない。

話を聞いていると、二人ともじわじわ売り伸ばしていける感覚を持ってるわけですよね。

寿彰 そうですね。

久松 選択と集中に特化して、特定の品目の面積を増やしていくような農業をしたいかというと、そうじゃないわけでしょ。

例えば、さらにトマトに集中するために、カボチャを減らして、米やダイズも辞めてしまって、ハウスを増やすことは物理的には可能です。トマトの単価を落として、つまり、いまの販売分を超えたものについては、限界収益を落とす形の売り先に捌いていくことをやるかどうか。これをどう考えますか。

寿彰 そんな展開はしたくないですね。

久松 うん、それはなぜ。

寿彰 長期的に見た時の自分たちの資産価値を落としかねないからです。

久松 江美さんもそう思いますか。

江美 10年前ぐらい前から、トマトを自分たちの名前で売り始め、今まで積み上げてきて、それを楽しくやってきました。新しい展開なのかもしれないのですが、全くゼロにして何かをやろうという気持ちにはならないですね。

久松 これまで積み上げてきたことの大事さや、資産としての意味もある。けれども、それ以上に、そもそもなぜこの事業をしているのかに立ち返った時に、1億円という数字にすごくこだわってるわけではない感じがします。もちろん手元に残す金をもっと増やしたいのは当然あるとは思うけれど、強い目標ではないですよね。仮の目標っていうか。

寿彰 そうですね。

久松 もちろん目標はあった方が良いんだけれども、何が何でもこだわるんだったら、もっと手段を選ばないでやってもいいかもしれない。ただ、そういうことではないわけですよね。それが整理されているのは大事だと思います。

せっかくじわじわ伸ばしてきているから、1億円じゃなくて、7,000万円の目標であれば、もっと緻密にじわじわやれそうな気がします。

寿彰 たしかに。

久松 どういう経営にしていくかですよね。仮の目標として、もちろん1億円があるのは大事なことかもしれない。1億円という売上目標が、周りの生産者やライバルに肩を並べるための数字なのか、それとも、自分たちの暮らしとして地に足の着いたところで利益をきっちり確保していくための数字なのか。

売上をひたすら伸ばしていくのも、ある程度のところで上限はあるので、大きく売上を伸ばすのは一旦諦めて、余計なコストを削っていくことで、利益を残す方向にいくのはあり得ますよね。 売上が6,000万円だと、予算も限られるので荒っぽい投資はできなくて、どこに振り向けていくかは考えなくてはいけない。ジュースの製造設備をよりブラッシュアップしていくのか、それともトマトのハウスを充実させていくのか、人にかけていくのか。

寿彰 そうですね、それは難しいなと思ってます。

技術追求を「作業設計」と「人的管理」に分けて組み替える

写真提供:イナゾーファーム

ーーカボチャは7haでどのくらいの収穫、販売が見込まれるのでしょうか。

寿彰 70〜75tぐらいまでは見通せますね。有機JAS転換中ほ場と、特別栽培で作っていて、倉庫で貯蔵しながら量販店とパルシステムへ販売します。雪が降ったら物流が止まるなどのリスクも高まるので、11月中には出荷したいと思っています。

久松 すごいね。そのカボチャの量が売り切れるんだったら、それはすごいことだよね。ただ、細かい生産性の向上はできると思いますよ。余裕のある範囲で、秀品率を上げたり、収量を上げるような工夫をして、同じ売上を上げられるなら、例えば7haから6haに面積を減らしてもいいと思う。建物があるからいかようにもできる。

オンシーズンになったら方針変更できないでしょうから、この冬の間に、品種選定を含めて技術的にきっちり詰めていくっていうことに時間を使ってもいいかもしれません。同じく長野県の寒冷地で冬場は作業が難しい「のらくら農場」の萩原紀行さんは、日誌のように栽培計画を立てちゃうんですよ。「5月7日、○○播種」のように未来日記が書いてある。僕らは週単位でやってるけれど、日単位で全部やっちゃうんだって。 25人くらいがそれぞれのチームで動くから、何をするか決まっていないと終わらない。

寿彰 うわ、すごいっすね。そんなに人数いるんですか。

久松 のらくら農場の販売先は、生協や量販店もありますが、小さな小売店が多いんですよ。そこは二人と似ているかもしれない。一つの手本にすべきところですね。生産計画をみっちり詰めていくっていうのもできるかもしれない。

寿彰 技術的に積むとしたら、どういうところを見ていくのが良いんでしょうか。

久松 逆にどういう課題感を持っているんですか。

寿彰 パートさんへの指示の出し方。具体的に、現場でどういう形で話を進めているのかを見てみたいです。計画の立て方についても、僕も基本的にはGoogleドキュメントにバーっといろんな仕事を書き連ねて、それをカレンダーに押し込めて、天気でどんどん入れ替えていくような計画の立て方をしているのですが、その日の天候次第で、あるいは土の乾き方で一気に仕事が変わったりするんですよね。そういうところをもっとスムーズにやるためにはどうすればいいのかいつも悩んでます。

久松 うん、悩むよね、段取りが決定的に結果を変えてしまうでしょう。よくわかる。技術的な追求って、「どのタイミングで耕耘機を入るべきか、どのタイミングでマルチを張るべきか」のような「作業設計の部分」と、それを実際のオペレーションに落とし込んで、「今日、誰にどのようにやってもらうのか」という「人繰りの部分」があって、それらは全く別の仕事ですよね。これには得手不得手がある。例えば、優秀なオペレーターは全部自分でやりたいじゃないですか。自分でやればこの段取りでできるけれど、人にやらせたら話が変わってくるってことってあるじゃないですか。もしかしたら、谷さんは自分がオペレーターなら色々できるんだけど、人にやらせるのがそんなに得意じゃないのかもしれないね。

寿彰 間違いなくそうだと思います。僕は基本的に全部自分でやりたいタイプです。トマトの管理も収穫も、できればすべて自分でやりたいと思ってます。ただ、僕一人でできる面積じゃないのは重々承知してるんで、任せるしかないですよ。僕が思った通りでなかったとしても、それも含めてお願いするしかないんですよね。

写真提供:久松達央

久松 こだわり屋だといっても、そこは諦められるのが谷さんの非常にいいところじゃないかな。人に任せられない人は、その売上にはいかないですよ。重要度をつけられない仕事に対して外注できているのも良いし、きっかけがあったら多分ごっそり辞めるとかっていう判断もできるでしょう。

技術的な追求は、誰でもどこでも抱えている課題。今、うちにいる4年目に入った農場長と、3年目に入ったスタッフの社員はタイプが違うんですよね。農場長は技術を追求するのは抜群。ちゃんと調べて極めて的確な答えを返してくるのね。本当は全部自分がきっちりやりたい人。もう一人の社員は、どちらかというと技術追求型じゃないんですよ。ただ、全体のマネジメントとか、「あの人にこの作業をやらせたら、2時間で終わる」というのがわかって、人に対する指示の出し方が抜群にうまいんですよ。

これまでは、農場長が全部やっていましたが、彼が人繰りの部分をやるのはむしろ負荷で、一番得意な技術の追求に資源を使えてないことが最近よく分かってきました。まさに今日、やり方を変えて、僕が出荷の計画を立て、そこから生産計画に落とし込むのは、技術の得意な農場長。後輩が、それを週とか日に落とし込むことにしてみました。何年か一緒に働いて、それぞれの良さや得意なところがわかった。もしかしたら、パートさんの中にも「この人から実行してもらった方がいい」みたいなことがあるかも。「技術的な作業設計の部分」と「実行の部分」は切り分けて考えてみて、組み換えてみるのはありですよね。

寿彰 技術的な作業設計のデザインはね、好きなんですよ。 全体をどうやって形作っていくのかっていうのは、オフシーズンの僕の贅沢なんですよね。もうこれを考えるために生きてるんだなと。

久松 それは分かる。オンシーズンは、余裕がないからこそ、オフシーズンに中身を入れ替えるのは結構大事。

この仕事は何のため?誰のため?

写真提供:イナゾーファーム

江美 10年ほど前から始めたトマトジュースですが、当初は自分たちで作っていました。少しずつパートさんにも入ってもらえるような環境にするための投資を進めて、パートさんの冬の間の仕事を作ってきました。でも、パートさんが退職されることになって、「あれ、この仕事は何のために作ったんだっけ」って。そもそもパートさんのための仕事というのは後付けで、本当は私がトマトジュースを作るのが好きなので、そのための仕事だよねって。「これはパートさんの仕事だ」ってどこかで線引きをしてきたけれど、本当は全部自分でやってもいいんだよねって夫と話したところでした。

久松 それは大事なことじゃないかな。必死でやってきて、二人でやってきたことが終わらないから、パートさんにどんどん仕事を振り分けていく。何が頼みやすいかというゲームをずっとやってきた。改めて考えた時に、目先でやっていたことを「そもそも、なんでこの仕事をこの人にやってもらってるんだろう」ってことはあると思います。僕も誰かが辞める時に思うことが多くて、大きなことに気づかされます。悪手は、その空いた仕事を見直さないで、もう一人採用して仕事に人を充てちゃうことです。

江美 バックオフィスの仕事をもう少し整理して、私が加工に入ってもいいと思ってるんですよね。私の仕事は外注するなり、自動化するなり、やりようがあるんです。

久松 よくわかる。今だから言えるんですよ。やらなきゃいけない義務をちゃんと自分たちに課して、いろんなことをやってきて、それができているから、今改めて好きなものが見えてきているわけじゃないですか。好きなこと以外はやっていない段階で、それを言っても説得力がないし、ノウハウもなければ、努力もしてないのに、「外注すればいい」って言っても説得力がない。「何をやってきたんだろう」と思うかもしれないけれど、成長の証ですよね。間違いなく。

二人とも自分のやりたいこととズレてきている感じがあるのは、仕事の内容を見直すいい機会。江美さんが言った「加工に入ってみようかな」はすごい大事。好きな仕事は上手にできるだろうから、その上で穴があく部分はたいして大事じゃないかもしれない。谷さんが生産について作りこんで考えたいのであれば、そこにエネルギーを使わせてあげたい気はする。人は、得意で好きなことをやる時に一番集中できるわけだから。現場を回すことに神経を取られて、深めることができてないと、技術者として満たされないですよね。

事業を伸ばしている最中ではなく、ある程度、やれるところまでやってきたように思うので、その上で、もう少し素直な方向に戻るという考え方をすると、結果が出るんじゃないかな。無責任に言ってるけれどね。

寿彰 もう少し素直に…本当に…。1億円の目標はあまりにも意味がないので、もう一度考えます。もちろん1億円は上を見る意味では結構有益な目標だったんですよ。ある意味無駄を省いたり、展開について考えたり。だけど、今の段階においては、ない方が逆に展開ができるのかな。結果として、その売り上げに落ち着く方が今にふさわしいのかなと思います。

久松 それは撤退みたいなことじゃなくて、1億円が谷さんにとって無限に大きい目標じゃなくなったってことですよ。具体的にどうなると1億円か見えてきているから。

寿彰 ああ、そうです。

久松 これはものすごい大事なことです。しかも、この内容のものを、これだけ自前で売っているのはすごいことだよ、本当に誇りに思っていい。

「よくここまで来た」と自分たちのことを褒めてあげて

出典:農民イラストを使用して作成

久松 経営が上向いているのが分かるし、自前で売ってきた凄みは改めて感じる。それは本当にすごいことで、何回も言って悪いけれど、ちゃんと自分たちのことを褒めてあげないといけないというか、よくここまで来たなという感覚は持っていいと思います。その上で、次の一手をどうするかといういい踊り場なんじゃないですかね。

寿彰 それは誇っていいことなんですね。周りの生産者さんを見ていたら、売上を含めて上を見たらきりがない。すごいところばかりだなって。

久松 それは向上心があるからそう思うわけですよ。僕も、大きい経営をしている人を見た時に「自分自身でもそうなることを選択してない、小さいままでいることの自由さを選択している」と言っているけれど、この年になって能力的にそこにいけない限界も感じる。できるかできないかで言えば、色んな意味でやっぱりできない。素直に負けを認める部分もあるけれど、だからといって自分を否定するかというとそうではないです。

本の最後の章に書いたけれど、僕も新規で農業を始めて、自分にタスクを課して、ひたすらやってきました。でも、それを死ぬまでやっても..と、ようやく思えるようになったかな。僕もお二人と話すと学びがあるんで、またやりましょう。

寿彰・江美 ありがとうございました。

谷さんの本の感想

『大規模農家も一般社会では零細企業』という観点から考えると、いわゆる1億円を超える農業経営体も小さい農業と言えるのではないかと思いました。また、「みじめな範囲」は「見占めな範囲」で、自分の目で見られるところで栽培も販売も行うという意味にも感じました。

久松さんから谷さんへの推薦書籍

『旅をする木』星野道夫(文春文庫)
久松さんからのコメント:Personal definition of success 「きわめて個人的な、社会の尺度からは最も離れたところにある人生の成否」を探してみるのもいいかも。


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