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自閉症児との日々は専門家でも超大変! 連載「発達障害児を育てるということ」プロローグ

昨今の出版業界はちょっとした「発達障害バブル」。ASD(自閉スペクトラム症)やAD/HDについての発達心理学者や医師による新書や専門書、そして当事者によるコミックエッセイの類が、書店に山と積まれています。11月15日発売の光文社新書『発達障害児を育てるということ』がそれらの「発達障害本」と決定的に異なるのは、著者がその”どっちも”であることです。

どういうことかと言いますと、本書は発達心理学を専門とする大学教授(父)と、臨床心理士&公認心理師(母)の夫婦が、軽度自閉症の息子との日々について、専門家視点と保護者視点を行き来しながら書いた「学術的子育てエッセイ」なのです。一家の三男・ヨウは、現在中学三年生。障害が軽度のため、療育手帳は持っておらず、手厚い福祉を受けることはできません。生活全般に支援が必要でありながら、「普通」の子たちと同じフィールドで生きています。普通学校? 特別支援級? え、内申点がもらえない⁉ 高校は行けるの? 将来は就職できる……? 軽度障害児特有の悩みに親としてぶつかりつつ、現在の保育・教育現場の現状や問題点を詳らかにした、真にプラクティカルな子育てエッセイなのです。

光文社新書『発達障害児を育てるということ』の発売(11月15日)に先立ち、「専門家の親が息子の自閉症に気づくまで」の様子を、本書から一部抜粋してマガジンで公開します。今回は連載プロローグとして、同書の前書き&目次を(ほぼ)全文公開しました


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まえがき:障害と普通のスキマ

支援のスキマにある「軽度」の障害児

 我が家の三男ヨウは自閉症※1である。若干の発達(知能)の遅れもある。2023年現在、中学3年生(14歳半)で、自宅の近くの公立中学校の特別支援級に通っている。

 ヨウには自閉症の症状っぽい、ちょっとしたこだわりや動き、コミュニケーションの悪さがある。ただ、家族や先生との会話はできる。お笑い、マンガ、ゲームなんかの自分の好きなことについては饒舌になる。ヨウの状態は、障害者として(学校での特別支援教育以外には)公的なサービスが受けられるほどではない。しかし、勉強だけでなく、学校生活で他の子に合わせて行動することは難しい。けれども、周囲には「勉強には苦労するものの、日常生活はそれほど問題ない」とみなされる。そのため、能力的には明らかに厳しいけれども、いわゆる健常者と同じ土俵で競うことになる。

 本書の筆者であるヨウの父は、大学に勤務する発達心理学の研究者である。母は乳幼児の発達や障害を中心とした臨床の現場で心理の仕事をしている。そしてヨウは、障害者とは扱ってもらえないけれども、周囲のいろいろな配慮や支援がないと、他の子とは同じようにやっていけない「軽い発達障害」である。本書は、そんなヨウが成長の途上で経験するさまざまなできごとについて、発達や障害の専門家である両親が、親としての視点と専門家としての視点を行き来しながら綴った物語だ。なお、本書は、まず父が当時のメモなどをまとめ、母が事実の修正、追記などをする形で書いた、ヨウの両親による共著である。

ヨウの父

 ヨウの父は大学教員(研究者)で、心理学を専門としている。心理学というとカウンセリングを思い浮かべる人が多いかもしれないが、ちょっと違う。心理学は、まず、心の働きや仕組みを研究している基礎研究がある。その応用として、心理的な問題を抱える人への心理療法や発達障害の子どもへの支援などがある。医学が、人間の体の仕組みや病気のメカニズムについての(基礎)研究と、病気の治療にあたる医療とで成り立っているのと同じである。そして、医学というと大半の人が医者を思い浮かべるように、心理学が専門というとカウンセラーや心理療法家を思い浮かべるのは自然である。が、父がやっているのは基礎研究のほうである。特に幼児の社会性の発達なんかを研究テーマにしている。

 父の性格には、ちょっとエキセントリックなところがあり、原理原則に固執するところがある。よって、ヨウの自閉症は父由来かもしれない※2。とは言え、父には生活や仕事で困るほどの固執行動はない。人見知り傾向はあるものの、コミュニケーション能力に問題があると指摘されたことは(たぶん)ない。エキセントリックな言動や主張の激しさは、次男オトに受け継がれたかもしれない。

 また、本書では子どもたちのプライベートな部分を詳らかにする必要があったため、子どもたちのプライバシー保護の目的で父の本名や所属大学名を伏せ、ペンネームで執筆した。研究者としてペンネームを使うのは初めてであるが、どうかご了承いただきたい。

ヨウの母

 母は、大学と大学院で、相談者(クライアント)の相談にのる、いわゆるカウンセリングや、発達障害の子と遊ぶことで心理的支援を行う遊戯療法といったものを学んだ。その後、乳幼児健診や発達障害の子どもの療育の仕事をする中で、母の臨床家としての路線は、発達(検査)、行動療法、(応用)行動分析学と呼ばれる訓練的な色彩を帯びた方向に移っていった。

 母は外向的というほどではないが、対人的なコミュニケーションは不得意ではない。実際、仕事では発達障害の子の保護者の相談にのっているわけだし、人との会話ができないようでは仕事にならない。学生時代には、喫茶店でフロア(接客)のアルバイトをするなど、客商売も苦手ではない。抜群に得意な分野があるわけではないが、どんなことでもかなり上手にできるという点は、長男に受け継がれたのかもしれない。

学校や先生に期待できること

 現在、ヨウは地域の公立中学校の特別支援級に通っている。特別支援級は発達障害の子どもたち5~8人程度の少人数学級で、担任の先生を中心に、いろいろな支援や補助をしてもらっている。ヨウの発達の遅れがもっと大きければ(知的障害が重ければ)、知的障害と公的に認められ、療育手帳というものを交付してもらって、さまざまな公的サービスを受けることができる。しかし、ヨウくらいの発達の遅れだと、療育手帳を交付してもらえる基準に達しない。高校も特別支援学校の高等部は受験できず、普通に高校入試を受けなければならない。高校に進学できた場合も、高校には特別支援級はないので、やっていけるかはわからない。

 ヨウは、勉強だけでなく生活面でも、他の子と同じように行動することは難しい。現状では、ヨウの特徴や困難について配慮してもらえて、生徒数の少ない特別支援級以外の選択肢はない。特別支援級では一人一人に寄り添った対応をしてもらえるし、担任の先生の力量の範囲内で、授業の工夫や勉強の手助けもしてもらえる。ただし、「先生の力量の範囲内」というところに注意が必要である。

 これまでの学校システムは「標準的」な子どもたちを念頭に作り上げられてきた。「標準的」ではない子どもたちを対象とした特別支援教育については、未だにシステムとしてきちんと整備されているとは言い難い。特別支援教育は、現場、すなわち個々の先生に丸投げされているのが実態である。そして、特別支援教育がシステムとして未整備であるために、現場の先生たちの発達障害への対応に関する教育や訓練は不十分なままである。

 学校(教育)の問題は特別支援教育に限らない。近頃、教師の長時間労働をはじめとして、学校現場のさまざまな問題がニュースになっている。これは、これまでの学校の「標準的な」教育システムが、現状にそぐわなくなっているためである。「教育改革」が叫ばれるが、その多くは現場に負担をかける割には効果をあげていない。そして、現場は疲弊している。

 学校は「標準的」な子たちにすら、学力をつけることが難しくなっているようである。そんな疲弊した学校に、「標準」についていけない発達障害の子どもの教育や対応について、期待し過ぎてはいけない。

 しかし、だからといって、発達障害の子の保護者は手をこまねいているわけにもいかない。組織としての学校(や教育委員会)には期待しない方がいいが、個々の先生は保護者からの要望や相談に応じてくれることも多い。ただし、学校の先生は発達障害や特別支援教育の専門家として、十分な知識や技術を持たないという前提で、要望や相談をする必要がある。そうなると、保護者がある程度の知識を持っていたり、発達障害を持つ自分の子どもに(特に学校で)どんなことが起こるのかを想定できる方が良いだろう。

 本書は、公的な障害の認定や支援措置は受けられないが、普通学級では何の支援もなしにはやっていけないというくらいの発達障害(自閉症)の子どもの成長過程を追った。同じようなお子さんをお持ちの親御さんや、そうした子どもにかかわる人たちの参考にしていただくとともに、少しばかり「普通」からズレた子どもを持つ親が直面する、子育てや学校教育の現状について、多くの方に知っていただければ幸いである。

※1 現在の自閉症の正式名称は自閉スペクトラム症(ASD:Autism Spectrum Disorder)である(American Psychiatric Association〈著〉,日本精神神経学会〈日本語版用語監修〉,高橋三郎・大野裕〈監訳〉 2014『DSM―5精神疾患の分類と診断の手引』医学書院)。ただ、これまで自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などいろいろな呼び方がされてきており、自閉スペクトラム症(ASD)という呼び方も、まだ、一般には定着していない。そこで、本書では自閉症と書いてあることが多い(なお、その他の呼び方をしている箇所もある)。

※2 自閉症(ASD)には、一定程度遺伝の可能性があることが指摘されている。ただし、自閉症は単一の遺伝子によって起こる遺伝病というわけではなく、複数の遺伝子や様々な要因(例えば、両親の年齢、妊娠中の母体感染症など)が複合的かつ複雑に絡み合って生じると考えられている(S・フレッチャー=ワトソン,S・ハッペ,F〈著〉 石坂好樹・宮城崇史・中西祐斗・稲葉啓通〈訳〉2023『自閉症―心理学理論と最近の研究成果』星和書店)。

発達障害児の保護者のみなさま、また、”うちの子、発達グレーかも?”と悩まれている方々、さらにそうしたお子さんに関わる方々に広く読んでいただきたく、本書の一部を連載の形で公開していきます。是非お読みください!

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