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残業1時間に減らしても子どもと夕食は取れない|〈共働き・共育て〉があたりまえの社会を実現するために【後編】

この記事は、3月の新刊『〈共働き・共育て〉世代の本音』に収録されている解説文の後編です。本解説は、人的資源管理論、ダイバーシティ経営研究の第一人者であられる東京大学名誉教授・佐藤博樹先生にご執筆いただいたものです。本書の発売を記念し、期間限定で全文公開します。

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〈共働き・共育て〉が当たり前の社会を実現するために|佐藤博樹【後編】


4 結婚した女性が正社員として就業することの難しさ

第1は、正社員として就業している既婚女性では、配偶者の転勤を理由に離職し、無業になったり、配偶者の転勤先の地域でパート勤務など有期契約社員として再就業したりする者が少なくないことがある。配偶者が正社員として勤務している場合は、男性の側も勤務先での転勤への対応が難しくなるが、現状では女性が退職する事例が多い。この背景には、正社員女性では、男性に比較して勤務先における将来のキャリアが明るくないと感じている者が多いこともあろう。

ただし、女性の活躍の場の拡大を真剣に考えている企業では、自社の女性正社員の職域拡大や人材育成のために、これまでの転勤管理の在り方の見直しに着手したり、リモートワークを導入することで異動なき転勤を実現したりする企業も出てきている3

たとえば、Indeed Japan 株式会社の調査4によると、転勤経験者で直近の転勤先が引っ越しを必要とする地域にあった者(717人)のうち、リモートワーク等の利用で居住地変更(転勤)をしなかったのが19%と、2割ほどを占める。転勤問題解決の新しい動きである。ただし、こうした企業は現状で少数であり、正社員として働く共働き夫婦にとって、それぞれの勤務先の転勤の在り方は、就業継続やキャリア形成の在り方を左右する課題となっている。

第2は、共働き夫婦の女性社員は、出産・子育てのライフイベントがあっても産休や育休を取得して就業継続できるようになったものの、その後の就業継続やキャリア形成の課題は、フルタイム勤務に戻ると仕事と子育ての両立が難しく、短時間勤務を長期間にわたり利用せざるを得ないことにある。仕事と子育ての両立のための短時間勤務制度は、法定は子が3歳になるまでであるが、法定を上回る期間利用できる制度を導入している企業、とりわけ大企業が少なくない。

厚生労働省「雇用均等基本調査」で2022年における育児のための短時間勤務がある事業所における最長利用可能期間をみると、法定の「3歳未満」が最多で56%であるが、法定を上回る制度を導入している事業所も多く、その中でも「小学校入学以降も対象」を合計すると26%を占める(事業所規模500人以上では64%)。

短時間勤務の利用可能期間を企業が延長してきた背景には、フルタイム勤務に戻ると、残業することを期待される職場状況があることや、パートナーが家事・子育てをほとんど担わないため、女性が一人でも仕事と子育ての両立ができる働き方が不可欠で、短時間勤務の利用期間の延長を希望する者が多かったことがある。短時間勤務の利用可能期間を法定以上に延長することは、仕事と子育ての両立に貢献するものであるが、女性のキャリア形成、とりわけ仕事経験による能力伸長(OJT)にはマイナスの影響を及ぼすものでもあった。

例えば、6時間勤務の短時間勤務では、8時間勤務のフルタイム勤務と比較すると、仕事の経験量は8分の6となり、短時間勤務の8年間は、フルタイム勤務の6年間の仕事の経験量となる。それだけでなく、短時間勤務者に関してはその保有能力に見合った仕事を割り振ることに難しさを感じている管理職も多く、とりわけ短時間勤務の利用期間が長くなると、制度利用者に対して定型的な業務を割り振りがちとなる状況が確認されている。同時に、短時間勤務の利用期間が長くなると、短時間勤務者も次第に自身のキャリアよりも子供の成長に関心を置きがちになる事態が生じることになることも指摘されている5

第3に、第2で指摘した課題の背景には、子どもがいる世帯の男性が子育てや家事に参画せず、そのため女性が一人で子育てや家事を担う〈ワンオペ育児〉の存在がある。本書で言及している通り、6歳未満の子供のいる世帯における男性の子育て・家事参加の時間に関して、妻が専業主婦である場合と就業している場合を比較すると、両者の差はほとんどない。

つまり、就業している子育て中の妻は、仕事に加えて、子育てと家事を一人で担うことになり、仕事と子育ての両立のためには短時間勤務を長期に利用することになったり、2人目以降の子どもを希望する場合では、仕事と子育ての両立を諦めて離職を選択したりすることにもなるのである。

男性の子育て・家事参加が極めて低調なのは、勤務先の長時間労働の存在がある。例えば、図6‐2は、「就業構造基本調査」(2022年)で年間200日以上就業する30歳代と40歳代の正社員に関して、男女別に週労働時間を表示したものである。週49時間以上の就業は、毎日2時間程度以上の残業をしていることになり、そうした働き方は男性正社員では3割程度を占める。

こうした長時間労働の職場では、男性の子育て参画が難しいでだけでなく、そうした職場で働く子育て中の女性は、残業があるフルタイム勤務に戻ると仕事と子育ての両立が難しくなるため、短時間勤務を長期に利用することになりがちとなるのである。さらに、女性に関しては仕事と子育ての両立に理解のある職場が増えてきているが、男性の部下に関しては、いまだに仕事優先の働き方を期待する管理職が少なくないことがある。

第4に、第3にも関係するが、男性の育児休業取得率が低いことがある。本書で言及しているように、男性の育休取得率が漸増しているものの、2022年度では17.13%と2割を下回る。男性は育休取得率が低いことに加えて、育休の取得期間が短く、「雇用均等基本調査」によると2021年度では、女性の8割以上が10か月以上の取得期間であるのに対して、男性の取得期間は5日未満が25.0%、5日から2週間未満が26.5%、2週間から1か月未満が13.2%と、半数が2週間未満となる。

男性の育休取得率が低い要因に関してメアリー・C・ブリントンは、男性は仕事中心で、妻は家事・育児を担うという「男性稼ぎ手モデル」を前提とした固定的な働き方や職場風土があることが、男性の育休取得を難しくしているとする6

また、齋藤早苗は、日本で男性の育休取得が難しいのは、性別役割分業意識の存在のみでなく、〈仕事優先〉の時間意識の影響が大きく、それが仕事優先の働き方を要請し、男性には仕事、女性には家事・育児を選択するように迫る現状を指摘する7

つまり、男性の育休取得が一般化するためには、「男性稼ぎ手モデル」を前提とした固定的な働き方や〈仕事優先〉の時間意識を改革し、仕事だけでなく、家事・育児を含めて仕事以外の生活への男性の参画による「共働き・共育てモデル」への転換が求められることがわかる。

5 〈共働き・共育て〉が普通の社会のために

最後に、〈デュアルキャリア・カップル〉が普通の社会となるために必要となる取り組み課題を検討しよう。

第1に、学校を卒業して最初に勤務した企業における初期キャリアの段階から、つまり結婚や出産というライフイベントを経験する前の段階において、仕事やキャリアに関して適職意識や自己効力感を獲得できることが重要になる。この点は、男性も同じであるが、女性の場合では、キャリア継続にとってとりわけ重要となる。結婚や出産などのライフイベントを経て、仕事と家庭生活や子育ての両立を実現するためには、パートナーの参画がない状況では、女性の側に負荷がかかることが多いことによる。

適職意識や自己効力感を欠いた状態では、仕事と家庭生活や子育てとの両立に困難を感じた場合に離職を選択したり、就業継続する場合でも短時間勤務を長期に利用することになりかねないのである。短時間勤務などを含めて仕事と子育ての両立しやすい仕事や働き方でも、能力に見合った仕事が担当できなかったり、キャリア展望を持てない、いわゆる〈マミートラック〉に置かれていても、そこから抜け出す努力をしなかったり、その状況に甘んじることにもなる。

男女ともに仕事やキャリアに関して適職意識や自己効力感を獲得できることが重要になるが、男女で経験できる仕事や能力開発機会に差があり、女性が不利な状態にあることが知られている。例えば、大企業8社に新卒で採用され、勤続年数が5年から15年未満の総合職(例えば転勤の可能性有)の大卒以上の正社員(男性1462人、女性529人)に職場での仕事経験などに関して男女で有利・不利があるかどうかを尋ねた結果によると、次のようになる。なお、同調査は2014年に実施されたため、対象となった勤続年数から判断すると調査対象者の入社年は1999年から2009年頃で、本書の分析対象者と重なる。

設問は、「現在の会社でのこれまでのご自身に対する会社や上司の期待、仕事の与えられ方、研修参加機会などの面で、同年代の男性総合職と女性総合職を比べて、有利・不利を感じたことがありますか」である。調査結果によると、それぞれの選択肢に関して「有利・不利はない」との回答が男女ともに多いものの、「上司や先輩から厳しく指導される機会」や「担当する仕事の内容」さらに「出張の機会」では、「男性が有利」の割合が男女ともにかなりの比率を占める。

また、女性では「職場や会社に関する情報入手の機会」や「上司や先輩から声をかけてもらう機会」は「男性有利」が20%弱となる。こうした仕事経験や上司などの指導における男女差が、女性の能力向上機会にマイナスの影響をもたらしている可能性が高いと判断できる。

女性の採用や初任配属、さらに職場外での研修機会などにおける男女の機会均等化は、企業の人事セクションによる取り組みが可能となるが、配属先職場における仕事経験や上司などによる指導機会における男女の均等化は、当該職場の管理職のマネジメントによる部分が大きい。そのため女性を含めて多様な部下をマネジメントできる管理職の育成や登用が重要な課題となる8

第2に、管理職を含めた全社員の働き方改革である。正社員として働く子育て中の女性が、短時間勤務など両立支援制度を利用しないと仕事と子育ての両立が難しい背景には、残業を前提としたフルタイム勤務の働き方と、パートナーが家事や子育てを担うことが極めて少ないということを指摘した。前者の課題の解決には、子育て中の社員だけでなく、管理職 を含めた全社員の働き方の改革が不可欠となる。

「働き方改革関連法」施行以降、働き方改革に取り組む企業が増えているが、その取り組みの内容は、残業時間の削減が主であり(狭義の働き方改革)、「残業を前提とした働き方」の解消(広義の働き方改革)に取り組む企業は少ない。ちなみに「働き方改革関連法」の目的の一つは、残業前提のフルタイム勤務の働き方を改革し、多様な人材が活躍できるようにすることにある(図6‐39

この目的を実現するためには、過度な長時間労働の解消は不可欠であるが、残業を削減すればこの目的が実現できるわけではない。例えば、東京圏居住で通勤時間約1時間、小学校1年生の子どものいる男性正社員が勤務する企業で働き方改革が行われ、毎日2時間の残業が1時間に半減したとしよう。

午前9時から18時までの勤務(昼1時間休憩)で残業1時間だと、退社時刻が19時になっても、帰宅時刻は20時以降となる。20時以降の帰宅では、小学校1年生の子どもと夕食をともにすることは難しい。平日に親子で食卓を囲むためには、遅くとも19時までの帰宅が必要で、毎日1時間の残業ではそれが困難となる。

さらなる残業削減が難しい場合では、出退時間を自己管理できる働き方への移行が鍵となる。週5時間の残業がそのままでも、残業ゼロで定時退社する日とまとめて残業する日を選択したり、フレックスタイムで出退時刻を調整したりすることができるようになると、少なくとも週2日程度は、家族で食卓を囲むことができる。つまり、働き方改革では、残業時間の削減だけでなく、残業する日や出退勤時刻を社員それぞれが自己管理できるようにすることや、在宅勤務を選択できる柔軟な働き方の定着が大事になるのである。

フルタイム勤務で働くカップルが、それぞれ週2日や週3日を定時退社にすることができ、かつカップルで家事や育児を分担できれば、正社員女性が、短時間勤務からフルタイム勤務に早期に復帰することが可能となろう。ちなみにコロナ禍で在宅勤務が急拡大した際、短時間勤務を利用していた正社員女性が、在宅勤務であればフルタイム勤務が可能となるため、短時間勤務からフルタイム勤務に戻った事例が少なくなかった。

第3に、カップルでの子育てに貢献する取り組みの一つは、男性の育休取得の一般化である。その際、男性の育休取得の目的は、カップルでの子育ての実現にあるとすれば、男性の育休取得が、その後の長い子育てにおける男性の子育て参画に貢献するようにすることが大事になる。中里英樹は、そうした変化を引き起こすためには、短期の育休取得や妻の産休中の育休取得などではなく、ある程度の長期でかつ「父親の単独育休の取得」が不可欠だとする。

「単独育休」とは、「特に妻が職場に復帰し、ある程度長期に単独で休業を取得することで子育ての完全な担い手となること」であり、その経験は「母親でなければできないと考えられてきたことがらを、その思い込みを解き放つことに」つながり、さらには「社会全体での働き方の仕組みの転換への鍵となる可能性」を持つと提起している10

第4に、カップルがパートナーのキャリア希望を尊重して、お互いのキャリアの実現をサポートし合い、かつ子育てや家事などをともに担っていくためには、お互いが希望するキャリアなどに関して結婚前や結婚後におけるコミュニケーションを行うことが鍵となる。そうしたコミュニケーションのために、ぜひカップルで、本書を読まれることをお勧めしたい。

最後に、正社員の中でも女性がさらにいわゆる総合職に進出し、かつ結婚や出産、さらに子育てなどのライフイベントの課題に直面しても、多様な職場で活躍できるようになるためには、管理職を含めた全社員の働き方改革(残業を前提とした働き方の解消)と柔軟な働き方の導入、多様な部下をマネジメントできる管理職の育成・登用、男性の子育て参画によるカップルでの子育ての実現が鍵となる。

3
詳しくはワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト(2016)「ダイバーシティ経営推進のために求められる転勤政策の検討の方向性に関する提言」を参照されたい。http://wlb.r.chuo-u.ac.jp/survey_results_j.htmlから入手できる。以下同じ。

4
Indeed Japan 株式会社(2023)「転勤に関する調査詳細データ集」(転勤に対するイメージに関する調査)。20歳から50歳代の男女正社員4480人に対して実施。「労働力調査」における「正規の職員・従業員」の構成比で補正している。

5
詳しくはワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト(2013)「短時間勤務制度利用者の円滑なキャリア形成に関する提言~短時間勤務制度の運用に関する実態調査」を参照されたい。

6
メアリー・C・ブリントン(2022)『縛られる日本人:人口減少をもたらす「規範」を打ち破れるか』中公新書。

7
齋藤早苗(2020)『男性育休の困難:取得を阻む「職場の雰囲気」』青弓社。

8
ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト「提言 女性部下の育成を担う管理職に関して企業に求められる対応」(2018)は、管理職の部下マネジメントにおける部下の性別による「育成行動」の違い、さらにフルタイム勤務と子育て中の女性が利用することが多い短時間勤務という部下の勤務形態の違いによる「育成行動」の違いを明らかにしている。

9
働き方改革に関しては、佐藤博樹・松浦民恵・高見具広(2020)『働き方改革の基本』中央経済社を参照されたい。

10
中里英樹(2023)『男性育休の社会学』さいはて社。

本記事の著者

佐藤博樹(さとうひろき)
東京大学名誉教授、中央大学ビジネススクール・フェロー。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。法政大学経営学部教授、東京大学社会科学研究所教授、中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授などを経て現職。内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、経産省・新ダイバーシティ企業100選運営委員会委員長、経産省・なでしこ銘柄選定基準選定基準等検討委員会委員長などを歴任。民間企業29社との共同研究である「ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト」共同代表。著書多数。

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