令和の新・お伊勢参り|辛酸なめ子
映えとマウントなしの「本気」参拝へ
日本の神社の最高峰である伊勢神宮。かつてお伊勢参りは日本人の一生の夢でしたが、今は新幹線や近鉄を乗り継いで比較的スムーズに参詣できるようになりました。それでも、乗り換えが面倒とか名古屋からも遠くて行くのが大変、と言っている人がいて現代人は贅沢です。
私はここ数年、何かに呼ばれるように毎年伊勢の神宮に参拝していました。しかし友人知人とのお伊勢様参りは、友人たちが5分おきに延々と映え写真や動画を撮っていて、なかなかお参りに集中できないという難点もありました。また、スピリチュアル好き同士の、神社マウントもあるので穏やかではいられません。御朱印を集めているかどうか、神社でどのくらい神秘的な写真(光の写り込みなど)が撮れたか、神様に歓迎されているサインを得られたか(神社の幕がふわっと風で上がれば歓迎)、など。「見て見て! この写真の緑の光、龍神様じゃない?」などと見せられるとつい自分も神々しい写真を撮らなければ、と張り合いたくなります。せっかくの神域で雑念や比較の心がわいてきて、自分の至らなさを実感するばかりです。
先日、そんなスピマウントとは無関係そうな、まじめな伊勢神宮ツアーがあると、お世話になっている編集者さんに教えてもらいました。神社本庁主催の「伝統文化セミナー」で、「初めての・改めての伊勢神宮——受け継がれる式年遷宮」というタイトル。伊勢神宮広報室次長の音羽悟さんがレクチャーしてくださるというめったにない機会です。申し込んだら人気で既にいっぱいだったのでキャンセル待ちをさせていただき、直前に1人空いたのですぐに入金。参加できることになり、もしかしたら伊勢神宮に呼ばれたのかも? という思いが芽生えました。
神様のS席は2000円
そして迎えたツアーの日。この時、私は仕事のトラブルで板挟みになり、双方に謝罪したりで胃痛に見舞われ、心身ともダウンしている状態でした。ちょうどこのタイミングで伊勢神宮にお参りすれば救ってもらえるかもしれない……という期待もありました。やんごとなき雰囲気の神社本庁の方々、神社に造詣が深い参加者の方々と集合し、新幹線で名古屋に向かいます。近鉄に乗り換えて伊勢市着。不思議とインバウンドの方々が少ないです。一説によると、インバウンドの方がよく利用する乗り放題チケットに近鉄が入っていないから、海外の人が少ないらしいです。おかげで日本人の聖域が静かに保たれています。
1日目は外宮参拝。広報の音羽さんが、外宮と内宮の位置関係などについて説明してくださいました。地形的に外宮は外側、内宮は内側にあるそうです。また、参道は外宮が左側通行、内宮が右側通行になっているのは、それぞれ手水舎がその位置にある動線だからということでした。まちがって反対側を歩いても神罰は下らなさそうです。
外宮には今まで知らなかった名木もありました。清盛楠と名付けられた大楠は、平清盛が参詣したときに着物に枝が触れたとかで「切り落とせ」と命じたという伝説が残っています。さすが驕れる平家です。外宮は楠が多く、樟脳がとれるので重宝されてきました。内宮は杉の森で雰囲気が違うとのことです。外宮には防火用のための池がいくつもあり、今まで景観しか見えていなかったのですが、大切な神社を守るための設備だったようです。
外宮では、垣根の内側に入って正式参拝することができました。御垣内参拝と呼ばれ、2000円からで神様の近くに行けるというのはお得な気がします。アイドルや俳優のファンミでも1万円以上するご時勢です。ただ、服装の規定があるので要チェックです。ここでは自分の願いは思わず、神恩感謝を伝えました。これで少しでも神様の覚えがめでたくなると良いのですが……。
神社通だけが知っている伊勢神宮の秘密
今回はせんぐう館も見学。今まで何度か伊勢神宮を訪れていましたが、この館は初訪問です。見学すると、式年遷宮というプロジェクトが国家の一大行事で、日本中の一流の職人が関わっていることが伝わりました。例えば「鶴斑毛御彫馬」という、神馬を模した彩色木彫像(檜製)を高度な伝統工芸で6~7年かけて作製して収めたり、神宝として特別な刀剣を作って新宮にお祀りしたり、式年遷宮の行列で使う赤紫綾御蓋、菅御笠といった、やんごとなき傘のような道具も新調します。漆塗りの行程を紹介する動画が流れていましたが、職人は真っ白の作務衣で、伊勢神宮の式年遷宮の仕事を身を清めて行っている気合いが感じられました。鹿の骨の粉を塗ると艶が出る、といった気の遠くなるような作業の工程を伺い、自分ももっと仕事に手間をかけなければと思わされました。話を伺うと9年後の式年遷宮には約558億円もの予算がかかる見込みだそうで、お賽銭に5円玉とか入れている場合ではありません。
音羽さんからは、鳥居についての豆知識も伺いました。鳥居の両側の柱は、まっすぐではなく内側に角度が付けられていて、それを「転んでいる」と表現するそうです。水を切るため、といった理由があるようですが、「傾いてますね」ではなく「転んでますね」とドヤ顔で言うと神社通っぽいです。
せんぐう館を見たあと、自然に囲まれた神域を歩いていたら、ストレスによる胃腸の痛みが軽くなっているのを感じました。きっと霊験と自然のパワーの相乗効果です。木々の葉っぱのサーッという音で聴覚も癒され、五感が浄化されていきます。
そのあとは育成会館というストイックな建物の中で音羽さんの特別セミナーを拝聴。地質学の話から、室町時代、インフルエンサーだったお坊さんの力を借りて式年遷宮の費用を集めたといったマニアックな情報などを伺いました。玉砂利は鎌倉時代に雑草防止のためにしかれた話も意外でした。白石は見た目が清浄で、合理的でもあって一石二鳥です。一日かけて一行を案内してくださった上に、大きな声量で講演される音羽さんの体力にも驚嘆。やはり日々聖地でエネルギーを充電しているからでしょうか。
1日目の夜の懇親会では、参加者の女性が今まで2回ほど狐に憑かれたというエピソードなど伺い興味深かったです。自然と体がクネクネして妙にモテるそうですが、不自然さを指摘されて神社やお寺で祓ってもらったそうです。
スタッフの若い女性の話も印象的でした。神社の家の娘さんだそうで、その九州の神社では「悪いことをするとハックンさまにお尻をかじられる」と言い伝えられているとか。河童のようですが、実際にお父様が何か悪いことをしたとき、夢の中でかじられたそうで恐ろしいです。ハックンさまのいわれについて調べようとしても、とくに何も出てこないようです。世の中にはまだまだ知らない神様がいて、まさに八百万の神です。
参拝マナーは「基本の姿勢」が大事
2日目はいよいよ内宮の参拝です。こちらのパワースポットとして有名なのは宇治橋の欄干。音羽さんによると、左側の2本目の擬宝珠に触れる人が多く、テカテカになっているそうで、私もパワースポットだと聞いて触ったことがあります。今回なぜこの擬宝珠だけに霊験があるのか判明。室町時代の宇治橋の鎮守神のお札が内部に収められているそうです。
五十鈴川に立ち寄り、内宮の正式参拝まで時間があったので音羽さんに質問できる機会がありました。このツアーの参加者さんは今までも伝統文化セミナーを受けてきた精鋭の方々で質問のレベルが高く、「行列に参加する神職の位は?」「御神楽の輪っかに使われている榊の種類は?」「正宮の北側の別宮の名前は?」「御饌や神饌についての参考資料は?」といったことを聞かれていて、内心恐れおののいていました。「バワースポット」「御利益」については聞けない雰囲気です。
そんな中、私は「時間がなくて手水舎をスルーしてしまったらバチが当たったりしますか?」と低レベルな質問をしてしまいました。でも懐が深い音羽さんは
とのことで、神罰を必要以上に恐れていた私も安堵しました。神様へのリスペクトの念があれば大丈夫なようです。
「神の使い」にも遭遇
内宮では御垣内参拝と、御神楽の御祈祷を受けました。他に境内で御祈祷を受けている方々について、祝詞で聞こえてきたのですが、伊勢神宮までお参りに来られるくらいなので医師国家試験や司法試験を受ける方など、かなりエリート系でした。意識や品格が高い方々が集っている場の空気にあやかれそうです。
内宮では、神宮のおまつりや歴史などを学べる神宮徴古館と、お供えものや日本の農業についての展示が見られる神宮農業館なども見学。またはじめて訪れるディープな施設です。「天照大神が稲穂を国民の主食として授けられた」という説明に、ありがたさが募ります。稲作を持ち込まれたということは弥生系なのかも気になるところです。
最後は月読宮に参拝し、ありがたいツアーはしめくくられました。2日間、講義を受け、歩き続け、カフェなどにも立ち寄らず、参拝し続けて、もしかしたら中高の修学旅行よりストイックだったかもしれません。浮ついた映え写真を撮る人もおらず、集合写真も一枚だけ。ただ神気や神知識を吸収し、心身が浄化されました。ここまでまじめな気持ちで参加したのを神様が見ていてくださったのでしょうか。伊勢神宮ではタヌキにはじまり、黒アゲハ、猫、ツバメ、神の使いの天然記念物の小国鶏といった、縁起が良さそうな動物たちと遭遇しました。また、あとからデジカメを確認したら虹色のオーブが写り込んでいました。つい特別なメッセージを受け取りたくなってしまいますが、これは神様からの祝福ととらえても良いのでしょうか。
とはいえ、スケールが大きすぎる式年遷宮という大事業について学び、今は自分のご利益よりも、日本のために無事に遷宮が行なわれることを祈ります。神様はこんな敬虔な思いの民衆に好感を抱いてくださるはず……。