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別れの季節|パリッコの「つつまし酒」#199

これからどこで刺身を買えば

 ある朝目を覚まし、ふとんのなかでぼーっとスマホを眺めていたら、立て続けにふたつ、悲しいしらせを目にしてしまいました。
 それは、「カズン」と「越中屋豆腐店」、地元の大好きな店が、どちらも3月いっぱいで閉店してしまうというもの。
 カズンは、大泉学園にあるローカルスーパー。特に魚の品揃えがおもしろく、品質も良く、今夜は刺身で晩酌だな、なんて気分の日にはよく利用していました。もちろんその他にも、常に大山鶏の肉が安く買えたり、おでんには必ずと言っていいほど、だしとして入れる鶏皮もいつでも置いてくれていたし、オリジナルの加工肉食品も豊富。たとえば先日は、パックを開ければそのまま食べられる「国産塩センマイ」なんてのが売られていて、新鮮な風味とシャキシャキ食感がビールのつまみにばっちり。これが、量もたっぷり入って、税込価格たったの338円! と、日々通うのがとっても楽しいスーパーだったんですよね。

「カズン」
なかなか他のスーパーでは見かけない品があるのが楽しい
センマイ祭り
モウカの星が練馬区のスーパーで買えるとは

 ちなみにずっと前から、たとえば「ファミリーマート」なら言わんとしたいことがわかるけど、「カズン」って「いとこ」って意味だよね。なんでいとこ? けど、その控えめな距離感がいいなぁ。なんて勝手に思っていたんです。ところが本来の意味が「Customer Satisfaction Natural」、略して「CSN」で、カズンだと知ったのは、わりと最近のこと。あぁ、真の意味を知ってからも、もっと通いたかった……というわけで、ここ数日は毎日のようにカズンを訪れています。けど、日に日に品薄になってゆく棚を見たり、店員さんに「寂しいわねぇ」と話しかけている常連さんの姿を見るほどに、僕も寂しさが募っちゃうんだよなぁ。
 ちなみに、昨夜もカズンでお刺身を買ってきたんですが、ラストスパートということで奮発しちゃいましたよね。いつもなら1パックのところ、まぐろぶつ、めばる、金目鯛の湯引きと、贅沢に3パックも買ってしまいました。

最後になるかもしれないし
盛り合わせにして

 あらためて、まぐろも、めばるも、値段からは考えられない、うっとりな味。さらに、普段ならなかなか手が出ない高級品である金目鯛の、上品な美味しさといったら……。

街の宝がまたひとつ……

 越中屋豆腐店は、住宅街のなかにぽつんとある昔ながらのお豆腐屋さん。ものすごく感じのいい老夫婦とその息子さんで、長年美味しい豆腐を作り続けてくれていた地元の宝。ここら界隈の人は、美味しい豆腐を食べたければ越中屋へ、というのが常識なのでした。
 が、時代の流れもあり、経営を続けてゆくのが難しくなってしまったようで。ていねいな仕事と良心的な価格を守り抜いてきた個人店という、本当に貴重なお店ゆえ、ただただ残念としか言いようがありません。

「越中屋豆腐店」
手作りの豆腐類が、この良心価格

 こちらも、閉店直前に最後の買い物へ行き、「綿豆腐」と「絹豆腐」をひとつずつ購入。僕の前に並んでいた常連さんが女将さんに「これからどこで豆腐を買ったらいいんだろうねぇ」なんて言っているシーンが、なんとも印象的でした。

「綿豆腐」と「絹豆腐」

 その夜、絹豆腐の半丁ぶんをさらにふたつにカットして、それぞれに醤油&かつお節、オリーブオイル&塩をかけて酒のつまみに。絹ならではのなめらかさでありながら、しっかりと力強い食感もある。そしてもちろん、大豆の味が濃い。あらためて、こんなに美味しい豆腐がもう食べられなくなってしまうなんて、なんと悲しいことだろうか。
 ちなみに残りの半丁ぶんは、妻子用に、チャンプルー風の炒めものに入れてみたのですが、ふたりとも美味しいと食べてくれて嬉しかったですね。特に娘は、食わず嫌いをしていた豆腐を食べられるようになったのがつい最近なので、一度でも越中屋さんの豆腐を食べさせてあげられて良かったなと。

2種の冷奴
こんなにうまい豆腐が、もう食べられないのか……

移転もまた寂しい

 さらに今月は、それだけでは終わりませんでした。悲しいしらせ。
 先日、娘が保育園でいちばん仲のいい女の子と一緒に公園に行きたいというので、それぞれに父親がついて、連れていってあげたんです。子供たちは元気に3時間も遊びまくり、その様子を視界に入れつつ、父親ふたりは世間話。そこで友達のお父さんが、「僕と妻、焼鳥が大好きなんですよ。このあたりでどこか、焼鳥のテイクアウトができるお店ってありますかね?」と言うんですね。地元歴はうちのほうがだいぶ長いので、いくつかの候補をあげ、そのうちのひとつが、「まいど」でした。
 まいどは、西武新宿線の上井草駅目の前にある、テイクアウトの焼鳥店で、店内には立ち飲みスペースもあるという夢のような店。お酒もつまみも激安で、焼鳥の塩加減、焼き加減も絶妙なんだよな〜。最近はちょっと足が遠のいてしまっていたものの、娘が生まれる前は、夫婦で月に2、3回は、その立ち飲みスペースに通っていたほど。

「まいど」
改札口の目の前
テイクアウトの焼鳥が基本1本95円で
火曜日はなんと全品75円!

 僕らの住むエリアからは、バスや自転車であれば気軽に買いに行ける距離ということもあり、その夜、お父さんは、まいどへ行ってみたらしいんです。で、翌日にわざわざ、LINEで「大満足でした! 教えてくれてありがとうございました」という連絡をくれまして。と同時に、とてもショッキングなことに、「それとびっくりなんですが、まいど、今月で閉店してしまうそうです……」との情報が。
 一体この3月31日に、どれだけの好きな店が閉店してしまうんだと。もちろんすぐに、焼鳥を買いに向かいましたよね。

その夜は家族で焼鳥パーティー
たれも
塩も、やっぱりうまい
「もつ煮込み」もいいんだ

 なんの遠慮もせずに焼鳥を13本も買って、さらに量たっぷり、豆腐入りが嬉しいもうひとつの名物「もつ煮込み」も買って、合計1725円だもんな。あらためてすごい。せめて最後に店員さんにご挨拶ができ、そしてまいどの味を堪能できてよかった。けれども、やっぱり寂しい、あぁ悲しい……。
 最後にもうひとつ、こちらは閉店ではなく、再開発による移転なんですが、大好きな「一国」というもつ焼き屋も、今の場所での営業は今月いっぱいまでとのこと。その“今の場所”というのが、あまりにも最高なシチュエーションなんですよ。というわけで数日前、僕に一国の良さを教えてくれた友達含む数名で、これまた行ってきました。
 一国があるのは、西武新宿線田無駅の、どちらかというと静かな南口駅前。1軒の雑居ビルの1階部分がアーケードになっていて、かつてはそこに、複数の飲み屋さんが軒を並べていました。現在は一国以外のお店は退去済みで、なんとも怪しげな雰囲気。ただしその先を覗きこむと、なんだかぼわっと明るくて、人々がうごめいているようだぞ。

田無駅南口前
ん? あの光は
酒場だー!

 店内はカウンター席を中心に、アーケードのほうにもテーブル席がずらり。もうね、見てのとおり、奇跡の空間ですよ。
 でまた、かの名店「秋元屋」の流れをくんでいるだけあって、名物のもつ焼きがうますぎる。その他の料理ももちろんうまい。ホッピーはもちろん、「バイス」や「ホイス」なんかの大衆サワーもひととおり揃っていてなんとも楽しい。この日もあまりに楽しくて、そして最後にこの空気感を味わうのに忙しくて、あまりメモだのなんだのは残していなかったので、撮ってきた写真でその良さだけでもお伝えできればと。

カウンター席より
「生ビール」がもう、絶対うまいやつ
メニューはどれもリーズナブル
妙にうまい秘密が知りたい「ポテトサラダ」
季節を感じる「菜の花のおひたし」
目の前で焼かれてすぐに届くもつ焼きたち
「豚バラおろしポン酢串」
秋元屋系といえばみそだれ! の「カシラミソ串」
「レバースタミナ串」
「しいたけ」に「あぶら」
あぁ、楽しい〜!

 いやいや、ライター業の放棄じゃないですよ……。だってもうさ、写真を見れば一目瞭然でしょう? 一国の素晴らしさが。
 この奇跡の空間で飲めなくなってしまうのはとても寂しいけれど、あくまで閉店ではなく、近所に移転しての再開が決まっているとのことで、今後もそちらへ通えるのは嬉しい限り。ちなみに移転先は、同じく南口のドラッグストア「ウエルシア」の2階で、4月中旬のオープンを予定しているとか!
 それにしても、こうも大好きなお店や場所とのお別れが重なると、どうしたってセンチメンタルな気分になってしまいますよねぇ。さぁ、そろそろ一杯やりはじめて、その気分をまぎらわすことにするかな……。

一国の大将と奥様、これからも応援してます!


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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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