春巻きという小宇宙|パリッコの「つつまし酒」#172
あれ? もしかして……
春巻きが食べたくなったんです。唐突に。
さてどうしよう? 地元の中華屋のテイクアウトでも、スーパーでも、セブンイレブンでも、美味しい春巻きは手に入る。が、なんだか今日の気分はそうじゃない。もう、キッチンであっつあつの揚げたてを、できたそばからほおばって、間髪入れずに冷めた〜いビールをごっくんごっくん飲みたい!
でもな〜、春巻きって作るの面倒そうだしな〜。……あれ? 実際どうなの? 面倒なの? 春巻き作るのって。
そこで、今までに食べた春巻きの記憶を掘り起こしてみます。そもそも春巻きって、天ぷらやフライと違い、基本的に、なかの具に最初から火が通っているものですよね。しかもその具も、お店ごとに内容が違って、厳密な決まりはなかったような気がする。で、皮は市販のものがある。つまりですよ? 細かめに刻んだ肉やら野菜やらをてきとうに炒めて味をつけて、皮で包んで、揚げればいいだけなんじゃないだろうか? いや待てよ、そもそも律儀にきっちり揚げる必要すらないんじゃないだろうか? だって、中身への火の通り具合を気にする必要がないんだもの。多めの油で皮がパリッとするくらいまで焼いてやればいいだけなんじゃないの? そりゃあもちろん、お店の本格春巻きのようなパリッパリの仕上がりにはならないかもしれないけれど、思い立ったその日に家で作る“お手軽春巻き”としては、それでもじゅうぶんなんじゃないの?
そんなことを思い、あえてレシピなどは調べずに、作ってみることにしたんです。そしたらまぁ、なんだかうまくいってしまって。春巻きってこんなにお手軽な料理だったの!? と驚いた。しかもそれだけでなく、もしかして春巻きって、この上なく自由な、それはもう「小宇宙」といってもいいくらいにいろいろな可能性のある料理なんじゃないの!? とも気づいたというわけで。
メンマがポイント
いきなり話の規模を大きくしすぎましたが、まずはいったん、そうやって僕がたどりついた、あくまでパリッコ流の春巻きの作りかたについてお話させてください。
基本の具材となるのが、もやしとひき肉。まずはもやしひと袋を、袋のままぎゅぎゅっと揉んでいきます。すると袋のなかでもやしがパキパキと気持ちよく折れ、包丁を使わなくても、ざっくりと刻んだような状態になってくれるので。
そしたらフライパンに油をひいて炒めていきます。さっきのもやしと、ひき肉を目分量で加え(あくまで野菜がメインなので、そんなに量はなくてもいいでしょう)、さらに、にんじんでも、しいたけでも、春雨でも、ニラでも、なんでも好きな具材を加えてしまいましょう。この時、チーズでも、カレー粉でも、ハバネロソースでも、パイナップルでも、既成概念にとらわれない発想で好きなものを加えてしまってもいいかもしれません。だって想像してみてください。最終的に皮で包みあげて食べるだけなんだから、なにを入れたって、まずくなるとは思えないじゃないですか。いや、パイナップルは知らんけど。
つまりそういう意味で言ったんです、さっき。「春巻きとは、どんな食材をも内包することのできる、もはや小宇宙である」と。
あ! ただここでひとつだけ、僕だけのこだわりポイント。個人的に春巻きに欠かせないのって、細切りたけのこのシャキシャキ感だと思っているんです。けれども、それを用意するのはちょっとだけハードルが高い。そこで思いついたのが、「メンマで代用する」というアイデア。えぇ、市販のメンマを好きな量、ざっくりと刻んで加えるだけです。これがですね、なかなかいい塩梅にたけのこの代打になってくれるばかりか、メンマ自体の幽玄な風味が加わって、むしろ酒のつまみにばっちりというわけなんですよ!
あとは本当、難しいことない。最後にお好みで、水溶き片栗粉を加えてとろみをつけてもいいでしょう。その炒まった具材を春巻きの皮に包み、多めの油で揚げ焼き、いやもう、揚げ焼きまでもいかなくてもいいな、揚げ“気味”焼きにすればOK。
どうです? 想像以上に簡単だったでしょう。そりゃあ単なる肉野菜炒めを作るのと比べたら、包んでもう1回焼くという工程が加わるぶんの面倒さはありますが、それで「春巻き」ができちゃうんだもん。やるだけの価値はあるってもんですよ。
思い出の「海老の長春巻き」を再現
で、ここからは余談なんですけれども、ちょっと興味本位で、「春巻きがどこまで小宇宙か?」の検証実験をしていってみたいと思います。
つまり、これまでの前提からすると、「火の通った具材を包んで焼けばなんでも春巻き」という仮説が成り立ちますよね? そこで、スーパーで目について買ってきた「包みやすそうなお惣菜3種」を、そのまま春巻きの皮に包んで、「おつまみ春巻き」にしてみるのはどうかなと。
そこで今回選んできたのが、「ポテサラ」「麻婆豆腐」「生春巻き」。最後の1品に関しては、春巻きと生春巻き、両者に対する冒涜であると糾弾されても釈明の余地はありませんが、でも気になるじゃないですか? 生春巻きを春巻きの皮で包んで焼いて、“生”でなくしてしまったらどうなるのか?
これがまた、簡単でおもしろかったんだよな〜。サクサクの皮ととろとろの中身の対比が楽しい麻婆豆腐。生春巻き味なのに温かい、蒸し野菜っぽいあっさりとした味わいが新鮮な生春巻き。そしてそして、ポテトサラダは、潰したじゃがいも×衣ということで、ほんのりとコロッケ風味。ソースをかけるとお酒のつまみにばっちりでした! いや〜、まだまだ無限の可能性がありますね、春巻き。
ところで最後に、もうひとつだけ試してみたいことがあります。
あれは大学を卒業してすぐに入った会社での思い出だから、もう20年も前の話になるのか。そこは完全なブラック企業で、ほぼ毎日残業をし、疲れ果てては同僚と夜の街へくりだし、無益な会社の愚痴をつまみにお酒を飲む日々を送っていました。その当時の定番が、大久保の職安通り沿いの「ドン・キホーテ」入り口横にかつてあった、点心などの中華料理をつまみに飲める屋台。
そこの「海老の長春巻き」が大好きで、「マグナムドライ」という発泡酒の缶と合わせてちょうど500円だった。それを「1セット」と呼んで、もう毎日のように食べていたんです。あぁ、若き日の思い出の味……。
その屋台もなくなってしまい、もう二度と食べることはできないんだなぁ……と切なく思い返すばかりなんですが、せめてあの味を再現してみようというわけ。
その春巻きは、細長くて、カリッと香ばしく揚がっていて、そしてあんまり余計な具は入っておらず、ただただ海老のぷりぷり感だけが際立っていた。
というわけで、背ワタをとって殻をむいた生の海老を荒めに刻み、粉末の鶏がらスープの素と、酒、片栗粉少々を揉みこんだら、春巻きの皮でくるくると巻いていきます。
これまでのパターンと違い、具材の海老が生ですが、まぁ外側がカリッとするくらいまで焼けば火が通ることでしょう。
と、これまたあっという間に完成。おお〜っ、見た目はまずまずなんじゃないだろうか? これを、マグナムドライは残念ながら現在手に入らないようなので、贅沢に「スーパードライ」と合わせて食べてみましょうか。
細めに巻いたことで多層になった皮をサクッと噛むと、弾ける海老のぷりぷり感! なんだけど、はっきり言って、当時食べた長春巻きよりもむしろ海老の味わいや食感が際立っているかも。あそこの屋台の長春巻きは、むしろもうちょっとジャンクでチープな味わいだった気がする。近づけるためには、海老を冷凍のものにするとか、もうちょっとつなぎを加えてみるとか? ともあれ、簡単で美味しいことには違いなかったし、今後も研究を続ける楽しみが増えました。
結論、やっぱり春巻きって、なにもかもを柔軟に包み込んでくれる「小宇宙」だな〜。