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【第87回】アメリカの「メタ・ソフトパワー」とは何か?

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プーチンを褒め称えるトランプ

2022年2月21日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、ウクライナ東部の領土を「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」という2国家として承認し、ロシア軍をその地域に派遣すると発表した。プーチンは、この軍隊派遣は親ロシア派住民を守るための「平和維持活動」だと宣言した。
 
その翌日22日、プーチンの発表を知ったアメリカ合衆国前大統領のドナルド・トランプは、「これは天才だ(This is genius)」と叫び、プーチンがその地域の「独立」を承認したことを「実にすばらしい(Oh, that’s wonderful)」「なんて頭がいいんだ(How smart is that?)」と賞賛、「彼は平和維持者であり続ける(he’s gonna go in and be a peacekeeper)」とプーチンを褒め称えた。
 
プーチンは「ウクライナの領土を占領する計画はない」と演説で明確に述べたにもかかわらず、2月24日午前4時にはウクライナの東部・北部・南部から一斉にロシア軍の戦闘機と戦車による侵攻を開始し、ウクライナ国境警備隊・ウクライナ軍と戦闘状態になった。この戦闘は、世界の大方の予想を覆して一年以上が過ぎた今も継続し、市民に数多くの悲惨な犠牲者が出ている。
 
アメリカ合衆国現大統領ジョー・バイデンのスポークスマンを務めるアンドリュー・ベイツは、プーチンとトランプのことを最大限の侮辱を込めて「2匹のおぞましく恐ろしいブタ(Two nauseating, fearful pigs)」と表現している。
 
ベイツによれば、この「2匹のブタ」の行動は「彼ら自身の弱さと不安に支配」され、彼らはアメリカ合衆国が基盤とする「民主主義」を忌み嫌う。さらにベイツは、この「2匹」は「ブタの鼻を一緒に擦り合わせながら、罪のない人々が命を失うことを祝っている」とまで、徹底的な非難を浴びせている。
 
本書の著者・渡辺靖氏は1967年生まれ。上智大学外国語学部卒業後、ハーバード大学大学院社会人類学研究科修了。ケンブリッジ大学・オックスフォード大学研究員、慶應義塾大学助教授などを経て、現在は慶應義塾大学教授。専門は現代アメリカ研究・公共政策論。著書に『アメリカン・デモクラシーの逆説』(岩波新書)や『アメリカのジレンマ』(NHK出版)などがある。
 
さて、アメリカは人類史上初めて誕生した市民が統治する「大国の共和国」であり、「実験国家」と呼ばれることもある。歴史的には古代のローマや中世のベネチアのような共和政も存在するが、アメリカほどの大国ではなかった。
 
独立戦争と南北戦争の苦難を経て、アメリカは中央に権力を集中させないように「三権分立」を成立させた。行政は「大統領府」、立法は「連邦議会」、司法は「連邦裁判所」が担い、相互に監視し抑制する。さらに50州は、独自の州法を定め、州の軍隊・警察を有し、州税を制定する強い権限を有する。
 
「旧世界」の国家がヒエラルキーに基づく「ピラミッド型」であったのに対して、「新世界」のアメリカは「自立・分散・協調」を重視する「ネットワーク型」統治である。本書によれば「画期的」で「理念の共和国」なのである。
 
本書で最も驚かされたのは、ハーバード大学の政治学者ジョセフ・ナイが名付けた「メタ・ソフトパワー」つまり「民主主義の自己批判力」が「権威主義に対して最も優位な資質」だという渡辺氏の分析である。それこそが結果的にトランプを引きずり下ろした「アメリカの懐の深さ」なのかもしれない。

本書のハイライト

権威主義国家が台頭する世界の中、米国はメタ・ソフトパワーを維持できるか。中長期的な米国の社会統合の行方を考える際、これがおそらく最も根源的な問いであろう。何故なら、それは米国という近代啓蒙思想の上に立脚する「理念の共和国」の根幹に直にかかわるものだからだ。(pp. 199-200)

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著者プロフィール


高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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