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【第86回】なぜ過酷な環境に生きる「高山植物」が美しいのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

研究人生を「高山植物」に捧げた植物学者

高校時代の夏休み、京都大学熊野寮の先輩の部屋に何度か泊めてもらった。同室の学生が帰省している間、空いたベッドを使わせてもらったわけである。当時の寮は、玄関から入るとすぐに管理人室があったが、この京大職員の管理人は朝から夜まで寮生たちと将棋を指していて、部外者の出入りをまったく見ていなかった。A棟・B棟・C棟と分かれていて、どれかの棟は「中核派の巣」だから近寄るなと注意された記憶がある。実に長閑な時代だった(笑)。
 
その先輩たちと一緒に、長野県中央アルプスの駒ケ岳に登ったことがある。登ったと言っても、バスで標高1,662mの「しらび平駅」まで行き、そこから駒ケ岳ロープウエイで標高2,612mの「千畳敷駅」に向かった。このロープウエイは、日本一の標高差950mを7分30秒で登る超優秀なシステムである。
 
「千畳敷」とは、今から約2万年前の氷河期に氷河の流れが浸食した「カール」と呼ばれる半円形の窪地で、広さが畳1,000枚分あることから「千畳敷カール」と名付けられた。所々に雪の残る頂上からは、富士山をはじめ、御嶽山や乗鞍岳のアルプス連峰が一望できる。そこに一面のお花畑があった!
 
咲き乱れているのは、見たこともない高山植物である。植物に詳しい京大生が、「ウサギギク」という黄色い花の名前を教えてくれた。花弁を中心に円形に生えている長い葉の先がウサギの耳に似ているからだという。幸福を招くという白い可憐な「ハクサンイチゲ」、濃い青色で存在感のある有毒な「サクライウズ」、背が高く群生する白色の「コバイケイソウ」……。嬉々として説明する彼に、先輩が「植物学者になれば?」と言うと、「そうしたいけど駄目なんや」と無念そうに答えた。彼は、父親の会社を継ぐことに決まっていた。
 
本書の著者・工藤岳氏は1962年生まれ。東京農工大学農学部卒業後、北海道大学大学院環境科学研究科修了。同大学助手などを経て、現在は、同大学大学院地球環境科学研究院准教授。専門は植物生態学・気候変動生態学。主要著書に『高山植物の自然史』(北海道大学図書刊行会)や『大雪山のお花畑が語ること』(京都大学学術出版会)などがある。
 
さて、工藤氏が「初めて高山植物に出会った」のは、中学生の頃に北アルプスの白馬岳に登り、稜線に「いきなり鮮やかな花々が咲き乱れるお花畑」が現れたときだった。大学時代には日本中の山を歩き回り、大雪山の「圧倒的なスケールの高山帯」に魅せられて、北大の大学院に進学する。今でも夏は大雪山のベースキャンプに陣取って調査を続けている。彼こそが研究人生を「高山植物」に捧げた植物学者である。私の個人的読後感は、無念そうだった京大生に比べて、なんと幸福な人生を歩んでいるのかということ(笑)!

標高が100メートル増すごとに気温は0.55度低くなる。したがって、標高3,000mの高山では気温は平地よりも約16度低くなる。その過酷な環境に生きる高山植物は、空に向かって幹が伸びて枝が分かれて葉が茂る平地の植物と根本的に異なり、幹は地表を這うように生育し、花も可憐な小さめになる。

本書で最も驚かされたのは、零下196度の超低温でも細胞が破壊されない高山植物の脅威の「耐寒性」である。それでは、なぜ高山植物は美しいのか? この疑問に魅せられた工藤氏の詳細な解答は、ぜひ本書を参照してほしい!


本書のハイライト

高山植物たちはなぜ過酷な山の上に生きているのだろう? 厳しい自然環境の中でどのように生き延びて、子孫を残しているのだろう? なぜあんなにも鮮やかな花を咲かせる必要があるのだろう? 四十数年前に出会った高嶺の花に対して漠然と抱いていた素朴な疑問を、どれだけ解き明かすことができただろうか。もちろん、これまでの研究で見えてきたことも多い。……そんなもろもろのことを自分なりにまとめてみたのが本書である(p. 7)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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