“不時着女優”のもう一つの代表作は女の自立全力応援ドラマ【前編】
こんにちは。光文社新書の永林です。ジャーナリスト・治部れんげさんの連載「ジェンダーで見るヒットドラマ」第4回は、愛の不時着でヒロインを演じたソン・イェジン主演の「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」。韓国では「2018年最も話題になった韓国ドラマ」1位、「2018大韓民国コンテンツ大賞」大統領表彰受賞など、大ヒットを記録した作品です。未だにNetflixのベスト3にランクインしている「愛の不時着」ですが、これは治部さんが”不時着ロス”の時に見てハマったという作品なのです。また、韓国ドラマと思えないくらい(?)演技も演出も映像もナチュラルで、”ありえない設定”や”過剰に見える演技”が苦手な私でも、違和感なく見られました!
愛の不時着についての記事はこちらから
今回もちょっと長いので、2回に分けてお届けします。以下、治部れんげさんの記事はネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。
"年下男子との純愛ストーリー”の顔をした女の自立応援ドラマ「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」
「愛の不時着」でヒロイン、ユン・セリを演じたソン・イェジン主演のドラマです。韓国での公開はこちらが1年早く「2018年最も話題になったドラマ」第1位に選ばれました。
ユン・セリと「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」(長いので以下「よくおご」)のユン・ジナは生育環境も性格も全く異なります。財閥令嬢、かつファッション企業を創業し上場までした敏腕経営者のセリと、サラリーマン家庭に生まれコーヒーチェーンの本部で働くジナは、対照的と言えるでしょう。セリは強気で楽しいキャラクターでしたが、ジナは優柔不断です。仕事、昔の恋人、度を越した毒母。いずれもさっさと捨てればいいものを捨てきれないことが多く、見ていてイライラします。一方で、決断できない普通の人のリアルをよく描いているとも言えます。
この記事を読んでくださっている方は「愛の不時着」を見ているかもしれません。不時着ファンが「よくおご」を好きになるか否かは「ユン・セリではないソン・イェジン」をどう捉えるか、にかかってくるはずです。「ソン・イェジンがセレブではない普通の女性を演じるのはもったいない」と思うと、没頭できないでしょう。その気持ちも分かります。
けれど、私はこれを素晴らしいドラマだと思いました。「不時着」が現代版のおとぎ話だとしたら「よくおご」は現代のリアルな問題に正面から向き合ったドラマと言えるでしょう。
◆ラブストーリーに乗せて描く男尊女卑や毒母問題
ところで、ドラマにしても映画にしても、コンテンツのマーケティングには、ある種のステレオタイプを利用することが多いです。「このドラマはどんなジャンルか?」「見どころは何か?」「人気俳優は出演しているか?」等を伝えるメインビジュアルと短文を組み合わせた広告を使い、潜在的視聴者の気を惹こうとします。
この型にのっとって100文字以内でドラマ紹介をするなら「よくおご」は、こんな感じでしょう。「ソン・イェジン&チョン・へイン主演の純愛ラブストーリー。年上女性が幼なじみの年下男性と恋に落ちる。お互いの家族には内緒のまま愛を深める一方、職場や家族の問題が立ちはだかる」。
20数年前、エンタメ雑誌の記者として社会人生活をスタートした私は、こうした短文のドラマ紹介を3年半で200本くらい書きました。文字数は限られているし、マス市場に訴えるには「純愛」とか「ときめき」といったキラーワードを使うとよい――。
当時はそう思っていましたが、今の私はこれでは全く心惹かれません。20代30代の美男美女の恋愛模様は目の保養になりますが「現実はそんなに甘くない」「恋の寿命はわずか数年、その後の人生のほうがよっぽど長い」と思ってしまうからです。
このように考えるのは私の年齢(40代半ば)に加えて、ジェンダーやフェミニズムを知ったためです。異性愛の男女が身を焦がすような恋をして、結婚しセックスして子どもをつくり一生添い遂げるのが至上の幸福――という考え方を「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」と呼びます。恋愛ドラマの多くは、この枠を無邪気になぞっているため、多少ジェンダーの知識を獲得した後は「あー、またか」と批判的に見てしまうのです。恋愛ものを全く受け付けないわけではありませんが「そこに美男美女がいたから」という必然性のない展開だと、つまらなくて見るのをやめてしまいます。
ただし、この後、解説するように「よくおご」は単なるロマンチック・ラブのお話ではありません。「若い人の恋愛は自分には関係ない」と思っている年長世代やライフステージの視聴者も見たくなる要素が入っています。
そこで「自分が見たくなるような紹介文」を考えてみました。「ソン・イェジン&チョン・へイン主演のラブストーリー。幼なじみが恋愛関係に発展する様子を柱に、職場の男尊女卑文化やセクハラ告発、家柄や学歴で人を切り捨てる“毒母問題”を描く」。ネタバレが入りますが、このくらい内容に踏み込んだ方が見たくなりませんか。
他の多くの韓国ドラマと同様に「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」もまた、マス市場に受ける「恋愛」「胸キュン」をメインストーリーに据えながら、現代の社会問題を扱う骨太な作品です。取り上げる問題は、職場のセクハラであり、告発した被害者が受ける二次被害、つまり#MeToo運動の現場を描き、時事問題を扱っています。
もうひとつの社会課題は「毒母」。ヒロインの母が年下男性との交際を徹底的に邪魔するのです。階級差のある恋愛に母親が介入して暴れるのは韓国ドラマの典型ですが、今回は一般家庭の主婦がすさまじい毒母ぶりを発揮するところが特徴です。その言動はあまりに極端で、息子に「うちは財閥じゃないんだぞ」とたしなめられるほどでした。
それでは、ラブストーリーと#MeToo、そして毒母がいかに関連しつつ物語が発展していくのか、読み解いていきましょう。ここから先は「ネタバレ」になるので「見てから読む」ことをお勧めします。
◆見ているだけで腹が立つ職場の#MeToo
「愛の不時着」ロス→主演俳優の出演作品を見てみよう、というルートで「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」を見た私は「普通の働く女性を演じるソン・イェジン」に、最初は戸惑いを覚えましたが、確かな演技力を見ているうちに「セレブじゃない役もいいかも」と思うようになりました。
見始めて早々に嬉しかったのは『不時着』で北朝鮮の盗聴者マンボクの妻を演じたチャン・ソヨンが、ヒロインのジナの親友役として登場したことです。『不時着』では気が弱い田舎の主婦を演じていましたが『よくおご』では、しっかり者のカフェ・オーナーを演じています。
『不時着』とは、舞台、キャラクター設定、人間関係が全く違う作品を見事に演じるソン・イェジンとチャン・ソヨンを見ているうちに『よくおご』の世界に自然と入ることができました。舞台は現代のソウルで、マンションの室内やオフィスの感じなど日本の視聴者にとっても近しい感じがして、外国ドラマを見ている気がしません。
話をソン・イェジンが演じる主人公ユン・ジナに戻します。彼女は仕事も私生活も、うまくいかない35歳の働く女性です。コーヒーチェーンの本部勤務で店舗のスーパーバイザー。職場の描写は日本と課題が共通しており、リアルです。社風はさりげなく、でも確実に男尊女卑です。
例えば、頻繁に開催される職場の「食事会」ではセクハラが横行しています。男性管理職が、遠くの席にいる女性社員をわざわざ呼んでお酌をさせたり、「次長」が、カラオケで歌いながら酔ってよろけたふりをしてジナに抱きつこうとしたり。「恋人と別れたのか」など、私生活に踏み込んだことを言われるのも日常茶飯事。ジナは内心、嫌だと思いながらも、こうした要求を拒否できず、カラオケではタンバリンを叩いて調子を合わせるため、取引先の接待要員としても駆り出され、便利に使われてしまっています。
こうした問題の背景には、職場における男女の力関係があります。ジナの肩書は「(課長)代理」で、職場には女性の「代理」がたくさんいます。ドラマで描かれる女性の最高位は「部長」。この人は冷静に状況を見極め、可能な時には上司から部下へのセクハラを止めたり、自分の失敗を部下のせいにしようとする男性管理職をさりげなく諫めたりします。
一方、男性は「理事」「代表」「課長」など高い役職付きの人が多数、登場します。物語の後半でジナが社内の正式ルートで自らのセクハラ被害を告発した時、それまでバラバラだった男性管理職や役員が結託して加害者を守るようになるのです。こうした権力構造の中で女性社員は分断され、ジナはひとりで#MeToo運動をする格好になっていきます。
◆リアル過ぎてつらくなるセクハラ&もみ消しの描写
職場のセクハラともみ消し文化の描写は非常にリアルで、見ているうちに、私自身が、かつて見聞きした事例を思い出しました。
ある企業では、正社員の男性が業務委託で働いている複数の女性を飲みに誘い、帰りのタクシーで抱きつこうとしたり、ホテルに誘ったりしていました。この男性のセクハラを知っていたある女性スタッフが、彼の誘いを断ったところ、仕事の発注を数年間も止められてしまいました。他の女性スタッフも「言ったら自分たちが仕事を失うだけ」と、ひたすら我慢していたそうです。
ある時、私は、女性たちのひとりから「●●さんとは飲みに行きたくないんです」と打ち明けられました。すぐに加害者のもとに駆け付けて怒鳴ってやりたかったのですが、それでは被害者が仕返しをされてしまいます。
そこで、加害者の上司にあたる人に事実関係を伝え「あなたは管理職として、このセクハラを止める義務がある。アメリカならあなた自身も訴えられますよ!」とキレ気味に伝えました。その結果、加害者は被害女性たちと接する業務から外されました。今、思い出しても腹が立ちます。
【後編につづく】↓
◆「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」(2018年、韓国)
脚本:キム・ウン。全16話。出演・ソン・イェジン、チョン・へイン、チャン・ソヨン ネットフリックス他で配信中。
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