【第61回】日本語を豊潤にする方言の魅力とは何か?
方言がおもしろい
国立国語研究所は、2010年から2015年にかけて、日本全国各地に在住する方言研究者100名の協力によって「方言の形成過程解明のための全国方言分布調査」を実施した。この調査は全国554地点において、原則として70歳以上で長期にわたる移動がない「土地の生え抜きの高年層の男性話者」に直接面接する方法で実施された。その調査結果は、学術・教育においては自由に利用可能である。ぜひ国立国語研究所のサイトを有効活用したいものである。
ここで「全国方言分布調査」の膨大なデータを覗いてみよう。たとえば、家庭内で「ありがとう」と言う状況で、実際にはどのように発話されているか?
ドーモ(北海道礼文町)、ドーモネー(北海道登別市)、ドーモアリガド(青森県青森市)、ハイドーモ(岩手県遠野市)、アリガドサン(秋田県五城目町)、ナントモナントモ(秋田県本荘市)、オショーシナ(山形県米沢市)、アリガドナエ(福島県福島市)、ハエドーモ(福島県郡山市)、ワリーネ(茨城県土浦市)、ウーン(栃木県氏家町)、ドーモドーモ(千葉県銚子市)、オカゲサマ(東京都八丈町)、モーシワケネッケノー(新潟県松之山町)、ヨーシタイ(石川県白峰村)、オショッサマ(長野県茅野市)、オーキンナー(愛知県南知多町)、オーキニ(京都府京都市)、スンマセン(兵庫県朝来町)、オーキニヨ(和歌山県串本町)、ダンダン(島根県宍道町)、コレワコレワ(長崎県諫早市)、オーキン(宮崎県串間市)、アイガトナー(鹿児島県根占町)……。
「ありがとう」のように基礎的な概念に対する特徴的な発話だけを挙げてみてもキリがない。さらに他の言葉の方言を眺めると、もはや外国語としか思えない。つまり多くの日本人は、方言と標準語のバイリンガルなのである!
本書の著者・篠崎晃一氏は、1957年生まれ。千葉大学文学部卒業後、東京都立大学大学院人文科学研究科修了。東京都立大学助教授などを経て、現在は東京女子大学現代教養学部教授。専門は方言学・社会言語学。著書に『方言大辞典』(あかね書房)や『出身地がわかる方言』(幻冬舎文庫)などがある。
さて、実は「方言がおもしろい」というエッセイで紹介したことがあるが、篠崎氏は延べ1000万人の回答データに基づく「方言チャート」を作成している。このWEBサービスでは、発話についての選択問題に答えていくと、回答者が3~4歳から13~14歳に生活していた「出身地」を鑑定できるという。
本書は、篠崎氏が『読売新聞』(金曜日夕刊)に2013年4月から連載中のコラム「方言探偵団」の中から新書1ページで読み切りの小話約200編をまとめたものだ。限りなく豊潤な方言の醍醐味を楽しく味わうことができる。
「ちんちん、くろなった」(だんだん、暗くなってきた)と言う鹿児島県出身者、「いきなり、しゃけぇ」(とても、冷たい)と宣伝する仙台市の自動販売機、「おんまく」(思いっきり)と名付けられた愛媛県今治市の夏祭り……。湯船につかった新潟県人の発話「あー、じょんのびじょんのび」(何とも言えぬ解放感に浸った感覚)のように、標準語に翻訳不可能な独自の方言もある。
本書で最も驚かされたのは、「先生、だいてくれるんですか」と、レストランで甘えた声でおねだりしたという女子大生の話である。実は「だいてくれる」とは「(お金を)出してくれる」が変化した富山県の方言で、「おごってくれる」の意味だという。方言が思わぬ誤解を生むこともあるわけだ(笑)!