見出し画像

漆黒! おでんとすき焼きの境界線|パリッコの「つつまし酒」#134

すき焼きの懐は深かった

 すき焼きに、キャベツを入れても別にいいーー。
 気がついてしまったんです。そんな衝撃の事実に。
 いえね、この間のことなんですが、「今日の晩ごはんは何にしようかな〜?」と冷蔵庫を覗くと、賞味期限がその日までの豚ばら肉がたっぷりと残ってたんですよ。また、しばらく前に買ったすき焼き用の割り下がボトルに半分ほど残っていた。となればそうだ、今日は豚肉を使ったすき焼きにしよう! と思いついたわけです。
 ただ、初めからそう決めてたんじゃないから、すき焼きの定番食材がひととおり揃っているわけではない。具体的には、長ねぎ、白滝はある。焼豆腐はないけど木綿豆腐ならある。そしてそして、大好きな白菜がない。ただ、キャベツならある。すき焼きにキャベツを入れるってあんまり聞いたことないけど、どうなんだろう? 合わないのかな? 白菜には及ばない? でも実際、白菜はないわけだしな〜……。え〜い、入れちゃえ! ついでにあんまり聞いたことないけど、ちょっと残ってるししとうも入れちゃえ入れちゃえ! って流れで完成したのが、一見すき焼きなんだけど、よ〜く見るとどこか違和感がある不思議な鍋料理。

画像1

はくさ……キャベツ!?

 ところがおそるおそる食べてみると、これがぜんぜん美味しいすき焼きなんです! キャベツも違和感がないというか、むしろシャキシャキとして甘く、白菜と甲乙つけがたい美味しさ。興がのってきて、キャベツを食べ終えたスペースにこんどはレタスも入れてみると、これまたうまい。というか個人的にはレタスの“とろしゃき”感がいちばん好きかもしれない。
 今までの人生で一度も疑ったことのなかった、すき焼きの定番食材たち。だけど、な〜んだ、こんなにも自由でよかったんじゃん! と、すき焼きの懐の深さを思い知りました。
 そのことは先日、デイリーポータルZというサイトでも詳しく書かせてもらったのですが、そうなると僕の悪いクセというか、じゃあどこまで攻められるかを試したくなっちゃうんですよね。すき焼きの味は、どのくらいの食材までなら受け止め、それをすき焼きたらしめられるのか。
 たとえば、もう定番食材はひとつも入れず、鍋のなかをおでんだね一色にしてしまったら一体どうなる? おでんとすき焼きの境界線、どこにある!?

想像を超えた漆黒の世界が……

 ふだん、我が家のおでんは、たっぷりの鶏皮をゆでたスープに、ミツカンの「プロが使う味 白だし 地鶏昆布」を加えて味を整えたものがベースになります。そこにマストで加えるのが、定番の大根に玉子。僕の好物の豆腐、ちくわぶ、鶏手羽。娘の好物のはんぺん。プラス、妻は練りもの全般が好きなので、おでんだねのセットか、もしくは気分で練りものをいくつか選んで入れる、ということが多いです。おのずと、全体的に白っぽくなりがち。

画像2

これがじんわりとうまいんだ

 ところが今日は違いますよ。だってそれらの具材を、あの真っ黒な割り下で煮込んでいくんだから。
 具は、おでんの定番、大根、玉子、ちくわ、さつまあげ、結び昆布と、僕の好物の豆腐、ちくわぶ、鶏手羽。そこに容赦なく割り下を注ぎ、しばらくぐつぐつ煮込んだら、味と色を染み込ませるため、ひと晩寝かしておきましょう。
 そして翌日、もう一度煮立たせた鍋のフタを開けてみると、そこには想像を超えた漆黒の世界が広がっていたのでした。

画像3

く、黒い……!

 ほとんどの食材が同じような色に染まってしまい、一見なにがなんだかわかりません。比較的つゆの色が濃い「しぞーかおでん」ともまた違う、ちょっと異様なビジュアルだ。が、それがまたうまそうでもある。いざ、おでんとすき焼きの境界線へ、ダイブ!

調査報告

画像4

あらためて、鍋の全容はこんな感じ

 まずはそうだな〜、うん。定番の大根、玉子、ちくわあたりからいってみっか! と、色の黒さをよく観察できるように白い皿にとり、1品ずつ食べていきます。

画像5

大根が特にすごくて

画像6

断面までしっかりと黒い

 真っ黒な大根を箸で持ち上げ、さぁお前は一体どっちなんだ! すき焼きなのか! おでんなのか! と食べてみる。舌を押し当てただけでじゅわっととろける食感がほぼ液体。そこにものすご〜く濃くて甘いタレが満ち満ちている。もぐもぐもぐ……これは、すき焼き? おでん? いや、どっちでもないぞ。強いて言えば、どて煮! 名古屋名物のどて煮に入ってる大根の味に近い気がする。みそは使ってないのになんで?
 これはおでんだねをすき焼きにぶちこむと、どて煮になっちゃうという新発見かな? と思いつつ、次に玉子を食べてみます。もぐもぐもぐ……これは、すき焼き? おでん? いや〜、どっちでもないぞ。強いて言えば、美味しい煮玉子! なんなんだ……。
 続いてちくわはどうだろう? と食べてみると、これはなんだか、おでんなんですよ。練りものってこんなふうに調理しても、頑固におでんとしての矜持きょうじを守り抜くもんなんだな〜。
 で、けっきょくこの料理がなんなのかと聞かれたら、混乱しすぎてなんとも答えられません。ただただ、不思議な不思議な鍋。

画像7

豆腐&鶏手羽

 とにかくどんどん食べ進め、なんとなく体系化することだけはできたので、最後にその調査報告を。

どて煮っぽかったもの
・大根

みそおでんっぽかったもの
・こんにゃく

おでんっぽかったもの
・ちくわ
・さつま揚げ
・結び昆布

すき焼きっぽかったもの
・豆腐

てり煮っぽかったもの
・鶏手羽
・玉子

 と、このようにひとつの鍋のなかがかなりとっちらかった印象。
 こんにゃくも、みそは使ってないのに、濃厚な甘辛味がみそおでんの記憶と結びつきました。練りもの、それから、基本的におでんでしかお目にかからない結び昆布は、やっぱりおでんらしさを保っている。豆腐だけはまぁ、まるっきりすき焼きですよね。鶏手羽と玉子はてり煮っぽくなった印象で、このふたつの食材だけをたっぷりとすき焼きの割り下で煮るのもよさそう。
 それから最後にちくわぶなんですが、子供のころによく、焼いたモチに砂糖醤油をつけて食べていたことを数十年ぶりに思い出す味でした。

画像8

砂糖醤油モチっぽかったもの

 すき焼きの懐は思っていたよりも深かった。けれども、あんまりやりすぎると「もうつきあってらんないよ」と投げ出されてしまうこともわかった。
 ただ、どの食材も過剰に甘じょっぱく、酒のつまみとしてはオツな味で、横に用意しておいたチューハイのおかわりがぐいぐい進んでしまったことも、合わせてご報告しておきます。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

バックナンバーはこちら


この記事が参加している募集

最近の学び

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!