
豆腐を黒く煮たい|パリッコの「つつまし酒」#239
八丁味噌か
僕が「肉豆腐」という料理を愛していることは、この連載で何度も書いてきました。「肉」と「豆腐」というふたつの食材さえ使ってあれば、その種類も、他に加える食材も、味つけも自由。この世には、家庭や店ごとに無限とも言える肉豆腐のバリエーションが存在する。そんな自由な料理が、肉豆腐なのです。
ところで先日、古い友達で、人気Tシャツブランド「ハードコアチョコレート」の代表、MUNEさんと飲んでいる時にも、肉豆腐の話になりました。そのなかで、「たまに煮込まれて豆腐が真っ黒になっているお店ってありますよね。あれ、大好きなんですよ」なんて、僕が何気なく言ったんです。

実はMUNEさんは、かつて板前の仕事をされていたという経歴があります。また、今も「バレンタイン」というバーを経営されていて、現役の料理人でもある。そんなMUNEさんが「あ〜、いいよね。きっと八丁味噌を使うとああいう色が出るんだろうね」と言ったもんだから、思わずスマホにメモしてしまったんですよ。
なるほど、考えてみたこともなかったけど、もしかして自宅でも、八丁味噌を使えばあんなに真っ黒な肉豆腐が作れる? ならばさっそく試してみたい! と。

さっそく買ってきました。八丁味噌。
ちなみに八丁味噌は、愛知県岡崎市八丁町発祥。米麹や麦麹を使わずに、大豆と塩のみを原料に作られたみそ。ゆえに、大豆の旨味が凝縮された味わいが特徴。通常、みそは煮立ててしまうと風味が飛んでしまうと言われていますが、八丁味噌の旨味やコクは煮込むほどに増し、特有の苦味は薄まるため、煮込み料理に向いているのだそう。名古屋の名物料理のひとつで、真っ黒な煮込み料理「どて煮」などには、欠かせない食材です。
ではさっそく、このみそを使って肉豆腐を作っていきましょう。個人的に定番の肉豆腐レシピもあるんですが、今回はとにかく“豆腐を黒く煮たい”というのが最大の目的。食材の分量などはその場のフィーリングでいきましょう。というわけで、肉はやけに美味しそうだった黒毛和牛のすじ肉を買ってきてみました。

それと豆腐を、酒、醤油、砂糖、みりんなどを目分量で加えた水で煮込んでいきます。

弱火でぐつぐつと、2時間ほど煮込んでみてできあがったのがこちらの肉豆腐。

ごらんのとおり、豆腐、真っ黒とは程遠いですね。普通にめちゃくちゃ美味しいは美味しい、単なる牛すじ肉豆腐ができてしまいました。豆腐を黒く煮るの、そう簡単じゃないな。さらなる工夫が必要だぞ。
赤ワインもか
よく考えてみれば、名古屋のどて煮にしたって、もっとどろっどろに濃い汁で煮込まれていますよね。さっきのは、八丁味噌が足りなすぎたのかもしれない。
そこで、みそを酒でのばして砂糖を足した、かなり濃厚なたれを作り、しかもいったん、そこに豆腐を漬け込んでしまってみましょう。


結果、豆腐の八丁味噌漬けという別の料理が生み出されてしまい、ちょっぴり味見をしてみるとめちゃくちゃ酒がすすみそうな味わいだったんですが、ここからこいつをさらに煮込んでいこうと思います。




はい。これまた最高にうまい。そして豆腐も、第1弾よりはぐっと黒い。けれども、まだまだたまにお店で出会う漆黒肉豆腐レベルには達していないですね。
さてどうしよう。ということで、ここでやっとインターネットの力を借りてみることにします。「豆腐 真っ黒 煮る」などのワードであれこれ検索。すると、八丁味噌を使う以外に、以下のような技があるらしいとの情報が見つかりました。
・煮る前に豆腐を水切りしておく
・たまり醤油を使う
・赤ワインを使う
豆腐の水切りは、味や煮汁の色が染み込みやすくなるため。たまり醤油は、一般的な醤油よりも水分量が少なく、味も色も濃厚なため。それから赤ワイン。そういえば確かに、かつて別の企画で「鶏肉をいろいろな酒で酒蒸しにする」ということをやってみた際、赤ワインで蒸した鶏肉の仕上がりが真っ黒だったことを思い出しました。


そうか、そりゃあ仕上がりの味は変わるだろうけれども、日本酒の代わりに赤ワインを使うことによって、見た目の黒さは格段に増すに違いないです。
今僕が目指しているのは、味よりもひたすらに、豆腐を黒く煮ること。それらすべての技を複合し、もう一度肉豆腐を作ってみることにしましょう!
大成功!
さっそく、祈りをこめて、鍋に安ワイン1本をすべて注ぎ、煮たたせます。

そして、近所のスーパーでは見つからなかったので、通販サイトでわざわざ買ったたまり醤油。1.8Lという量をどのくらいで使いきれるのかは謎ですが、これも加えていきましょう。

さらに、八丁味噌をたっぷりと、砂糖やみりんを味を見つつ加え、どちらが黒く染まりやすいかの検証のため、水切りした、絹および木綿豆腐の2種類を入れます。

すると、すでに勝利の予感が。というのも、豆腐を入れてすぐの段階で、もうなんか黒い。今までとは雰囲気が違う。これ、煮れちゃうんじゃないの〜? 真っ黒に。
ちなみに今回の肉は、煮込んだら絶対に美味しいだろうなという、豚ばら軟骨をチョイス。

豚軟骨は、骨まで柔らかく食べられるようにするために、最低2時間くらいは煮込んだほうがいいでしょう。弱火でぐつぐつと。
そしていよいよ2時間後、鍋のふたを開けた瞬間、思わずひとりでガッツポーズをしてしまいましたよ。見るからに、すべての具材が、完全に漆黒に染まっている!

試しに豆腐を取り出してみると、もはやどれが木綿か絹かがわからないくらい、すっかり真っ黒に。
ひとつスプーンで割ってみたら、あ、断面が滑らかなので、こいつは絹かな。中心に近い部分まで煮汁の色が染み込んでいます。


というわけでお皿に盛って、お酒とともにいただきます。
いやぁ、まずもって、その黒さを見ているだけで酒がすすむ。ここまでになってくれるとは思っていなかった。
で、気になる味はというと、さすがに赤ワインの主張は強めです。具体的に言うと、酸味がある。けれども、八丁味噌や砂糖、みりんの味とあいまって、ぜんぜん嫌じゃない。また、骨までとろとろになった豚ばら軟骨がこれまた良くて、その旨味までもが豆腐に染み込んじゃってるもんだから、自画自賛ですが、はっきり言って絶品です。
それにしても、嬉しいなぁ。今回の経験により、今後は家で確実に、漆黒肉豆腐を作ることができるんだもん。

以上、今回の検証によって判明した内容から、豆腐を黒く煮るポイントをおさらいしておきましょう。まず、みそは八丁、醤油はたまり推奨。そして欠かせないのが、赤ワイン。初回ということで1本全てを使いましたが、感覚としては、水とワイン半々くらいでもじゅうぶんそうな予感。で、豆腐の水切りに関してはぶっちゃけ、してもしなくてもよさそう。というのも、豆腐がもっとあってもいいかなとあとから足した際、水切りをしていないものを使ったのですが、仕上がりの色がどれも変わらなかったので。
今後もまだまだ試行錯誤して楽しみたいので、各食材の細かい分量などは記さないでおきますが、以上をふまえれば、豆腐が漆黒に近づく確率はかなり増すことでしょう。ご興味あればお試しあれ。
あ、最後に気になっていた方がいるかもしれないので補足情報を。冒頭の、お店の真っ黒肉豆腐の写真ですが、大門駅近くにある「ときそば」というお店のものです。超〜いい店なので、お近くにお寄りの際はぜひ!

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco