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心を自分一人で治すのはとても難しい―僕という心理実験31 妹尾武治

トップの写真:ビッグバン直後に誕生した最初の分子「水素化ヘリウムイオン」が発見された惑星状星雲NCG 7027 © Hubble/NASA/ESA/Judy Schmid

妹尾武治
作家。
1979年生まれ。千葉県出身、現在は福岡市在住。
2002年、東京大学文学部卒業。
こころについての作品に従事。
2021年3月『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。~心理学的決定論〜』を刊行。
他の著書に『おどろきの心理学』『売れる広告7つの法則』『漫画 人間とは何か? What is Man』(コラム執筆)など。

過去の連載はこちら。

第3章 愛について⑤――「反応の仕方」が「その人らしさ」


人間には自分の言葉を駆使しても説明しきれない、意志とは呼べない無意識的な反応に導かれた「行動」がある。例えば目の前にズタボロの子犬が転がっていたとして、それを踏み付けて先に進む人間と、理由は言えずとも咄嗟に家に連れ帰ってしまう人間がいる。その「反応の仕方」こそが、おそらく「その人らしさ」と言われるものだろう。

世界から刺激を受けて、それに対して無意識的にオートマチックに決められた反応を人は示すのだが、そこが決定論的に一つに定まっているとしても、それがその人の優しさであったり、人格であったりするということだ。
 
決定論と人格や優しさは、決して乖離したものではない。あなたはあなた自身の優しさに支配されている。自分の優しさから目を背けないで欲しい。どんなに悪ぶってみても、あなたには必ず優しさがある。愛されうる自分を肯定して欲しい。「ごめんね」ではなく「ありがとう」があなたの口から自然に溢れ出る日を望んでいる。
 
世界は決まっているとして、自分の青い意志でその決まった世界(つまり神)と闘うことを選ぶ。それは、人の幸せのために生き始めるということ。その時、人間には「自由意志」が得られる。ただそれさえも決められていたことなのだとやがて気がつく。そして上位の神との闘いを始める。そうやって、何度でも一つ上の自由意志を目指し、さらにその上の決定論(神)にはねつけられることを繰り返せば良いと思う。それ以外に「頑張る」という生き方はあり得ないのだろう。
 
究極の意識高い系は神(菩薩)を目指すことで、この考えは新しいものではない。西暦700年ごろのインドの書物『入菩薩行論』に記載されていることだ(私にはオリジナルな意見など一つもない。ただ過去の愛情を現世に再興しているだけだ)。尚、菩薩行は僕には到底出来ず、一層目の決定論の前に屈している。

「脳を騙す」なんて出来ない

「脳を騙す」、馬鹿げた表現だ。脳を含めた「心」というブラックボックスは人間よりも大きい。どんな言葉、絵、音楽を用いても、11次元あるとされる心の世界は表現出来ず、記述不足を生じさせる。心理学は、ブラックボックスの判断を人間に理解できるように狭めた後付けの解釈に過ぎない。例えば吊橋効果があるとして、それはその時生じた恋心に対して、ただの言葉遊びに過ぎないと思う。それでも現時点での人間には、それぞれの仕事(学者、ビジネスマン、福祉・医療など)で少しでも「頑張る」こと、つまり心を理解することが求められているのだと思う。

Лишь только так можно мир спасти
「世界を救うにはこれしかない」

Origa『攻殻機動隊』”rise”より

あなたにもカウンセリングを受けて欲しい

私には信頼するカウンセラーの先生が居る。多くの視点・考え方を提供してくれた人だ。ネガティブになりがちな思考に対して、別の考え方がありうることを教えてくれた。キャリアの中で、たくさんの経験を経てそのスキルを一歩一歩積み重ねたのだろう。何より私の心の改善を喜んでくれた。だから治したいと思えた。その人が笑ってくれると、とびきり嬉しい。
 
今悩んでいる読者の方で「カウンセリングなんて言葉遊びでしょ。まやかしでしょ?」のように思っている人が居るなら、それは間違いだ。表層に現れるやりとりは言葉遊びに見える時があっても、それ以前の層で本当のことが交わされることがある。本気で向き合ってくれる誇り高いカウンセラーの先生に出会うことが出来たなら、あなたの心には改善が起こる。
 
心を自分一人で治すのはとても難しい。なぜなら治す対象が治す主体だからだ。肩を自分で揉むより、揉んでもらった方が断然気持ちが良いだろう。手助けしてくれる人を見つけ、頼ってみてほしい。症状が強く、収入が心許ない人には国のサポートが受けられる場合がある。その相談も病院で出来るはずだ。
 
同時に、心理学が好きでカウンセラーになることを目指している人に言いたい。その仕事には強い覚悟が必要だ。並大抵の努力では成立しない。しかしだからこそ、一生涯取り組める誇らしい“仕事”になるはずだ。
 
だが、カウンセラーには高い報酬が払われないという現実がある。現代社会では、頭が良いこと(つまり学歴)にお金が払われる。私も大学で誰の心にも響かないペテンな言葉を吐いて高収入を得ている。
 
太古の昔から、狩りの能力が高い個体、つまり「身体能力」の高さが人の憧れの中心だった。その後、知的能力(情報処理能力と記憶力)が高い人間が集団の上に立ち、多くの報酬を得る時代が続いている。
 
お金には初め、塩や金という物理的実体があった。やがてそれは政府や国への信用に代わり、仮想通貨にいたり今その本質は人の間の「信頼」であることが明確になった。お金は人類の成長に合わせ、人をモノから心へ、より大事なものへ導こうとしている。
 
おそらく農耕の開始がきっかけで、お金は身体的優位性から知的優位性へとその集合場所を変えた。そしてこれからの時代、それは「優しさ」に集まる。お金の本質が「信頼」だからだ。
 
福祉、介護、カウンセラーなど“人の気持ちに寄り添える人”、心を理解するために努力する人に、お金が払われる社会にきっとなる。そうせねばならない。

心で体を進化させる

心が体を変えることがある。この50年、男女平等の理念は上野千鶴子や田嶋陽子達の先駆者のおかげで大きく向上した。これに合わせて、子育てに参加する男性の男性ホルモン(テストステロン)の値は低下し、社会・経済的役割の大きい仕事をする女性のそれは向上した。その双方が妊娠しづらい身体を手に入れるに至った。これは今、科学業界で「中性化」と呼ばれている現象だ。50年間の理念・思いによって、身体に変化がもたらされた、そう考えることも出来る。
 
かつて鯨やイルカの祖先は、海に戻りたいと思った。その思いは、自己の足を尾びれへと進化させた(退化では決してない)。生物は心で体を進化させることが出来る。人は変われる。明治維新の精神的支柱、吉田松陰はその原動力を「志」と呼んだ。そして「志」は若者の専売特許ではない。古い社会システムで縛ろうとしても、僕たちの身体は止まらない。志を持て。 社会は変えられる。希望はあちこちに転がっている。やる気!元気!井脇!
 
安易な単一の解に飛びつかないこと。決定論も自由意志も、あくまでも思考の引き出しの一つだ。出したりしまったりして、自分なりの最適解を持てば良い。そしてそれは人生の段階ごとに柔軟に変えて良い。ビートルズはそれを “Let it be” と歌った。街を歩けばいい、愛する人の手のはかなさを感じながら。
 
最後に現代に蘇った、六眼を隠す吉田松陰の言葉を記す。

「だから僕は教育を選んだんだ  強く聡い仲間を育てることを」

五条 悟(『呪術廻戦』より)

(続く)


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