【リレーエッセイ】乗り越えた「10歳の壁」。田坂広志さん&山口周さんの登場と、サントリー学芸賞受賞
リーマンショック、東日本大震災、バブル後の経済政策の失敗による「失われた20年」……マクロの視点では日本全体が苦しい時期でしたが、ミクロの視点でも編集部に大きな人の出入りがあり、落ち着かない時期だったように思います。「10歳の壁」でしょうか……?
この時期までにカッキーちゃん(©小松現)こと柿内芳文さん、黒田剛志さん(現・中央公論新社)が転職しました。慣れ親しんだ人がいなくなるのは淋しいものです。入れ替わりではありませんが、しばらく前に古川遊也(現・FLASH編集部)、三野千里(現・ノンフィクション編集部)が加わっています。ですので、編集部の人数はほぼ変わらず運営されていました。
1位は古賀茂明さんの一冊
申し遅れましたが、今回は編集部の三宅が担当します。
まず、この期間の売れ筋をご紹介しましょう。累計刷り部数で2万部超のものです。部数が同じ場合、刊行順に並べています。
・官僚を国民のために働かせる法 古賀茂明
・商店街はなぜ滅びるのか 新雅史
・医師のつくった「頭のよさ」テスト 本田真美
・アホ大学のバカ学生 石渡嶺司 山内太地
・宇宙に外側はあるか 松原隆彦
・円高の正体 安達誠司
・まじめの罠 勝間和代
・[改訂新版]藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義 藤巻健史
・鉄道会社はややこしい 所澤秀樹
・東京は郊外から消えていく! 三浦展
・戦略人事のビジョン 八木洋介 金井壽宏
・弁護士が教える 分かりやすい「民法」の授業 木山泰嗣
・男の一日一作法 小笠原敬承斎
・「当事者」の時代 佐々木俊尚
・官邸から見た原発事故の真実 田坂広志
・上野先生、勝手に死なれちゃ困ります 上野千鶴子 古市憲寿
・検証 財務省の近現代史 倉山満
・プロ野球の職人たち 二宮清純
トップは古賀茂明さんの『官僚を国民のために働かせる法』で8万部。おなじみの実績著者の方、フレッシュな著者の方がバランスよく並んでいます。今も版を重ねるロングセラーや、今もご活躍の方も多数いらっしゃいます。古賀さんや安達さん、田坂さんのご著書は、この時代の空気感をよく表していますね。
ここでは刷り部数2万部以上の書目を挙げていますが、3万部以上に限定すると10点となります。下の記事にあるように、アランちゃん5歳時は3万部以上が16点ありましたので、この間のマクロ・ミクロのいろいろな出来事が影響しているのだろうと思います。
自分の担当書目の振り返り
こちらは刊行順に並べています。全12点中6点が増刷になりました。
・統計・確率思考で世の中のカラクリが分かる 髙橋洋一
・1勝100敗! あるキャリア官僚の転職記 中野雅至
・官邸から見た原発事故の真実 田坂広志
・アホ大学のバカ学生 石渡嶺司 山内太地
・おひとり温泉の愉しみ 山崎まゆみ
・リーダーは弱みを見せろ 鈴木雅則
・天職は寝て待て 山口周
・商店街はなぜ滅びるのか 新雅史
・孫正義 危機克服の極意 ソフトバンクアカデミア特別講義
・日本の難題をかたづけよう 安田洋祐 菅原琢 井出草平 大野更紗 古屋将太 梅本優香里 荻上チキ+SYNODOS編
・沖縄美ら海水族館が日本一になった理由 内田詮三
・もうダマされないための経済学講義 若田部昌澄
個人的なトピックをいくつか挙げていきましょう。
新雅史さんの『商店街はなぜ滅びるのか』がブレイク
本書は、新さんの指導教官である上野千鶴子さんにオビコメントをいただきました。
虚を衝かれた。
古いはずの商店街は実は新しかった。
そして滅びるにはそれだけの理由がある?
再生のための必読の書。
読みたくなる名コピーではないでしょうか? このコピーだけのお陰ではありませんが、本書は5万部超のヒットとなり、大いに話題にもなりました。新書大賞でも7位に入賞しています。
一般的には、デパート、スーパー、コンビニ、郊外型商業施設の台頭が商店街を衰退させたと考えられていましたが、実はデパートを模倣して「横のデパート」として商店街が整備されていったこと、商店街衰退の原因は商店街そのものにあったことなど、これまでほとんど触れられてこなかった要素が、商店街の繁栄と衰退の歴史とともに語られます。
本論も非常に充実しているのですが、白眉といえるのはあとがきです。実は著者の新さんご自身が商店の出身です。長男である自分が家業を継がず研究者の道を歩んでいること、幼い頃サラリーマンの家庭が羨ましかったこと、40歳近い自分はまだ就職もできていないが、商店を営んでいた両親は自分を含め3人の子どもを立派に育て上げてくれたこと。そうしたアンビバレンツな想いが、学術的な本文とは異なるエモーショナルな文体で綴られます。何十年も抑えつけていた情念があふれ出てくるように……。何度読み返しても胸が熱くなる文章です。
当時の営業担当者も山陰の商店の出身でして、新さんのあとがきに感動するあまり、「まずあとがきから読んでください」というある意味失礼なPOPを作成して書店さんに置いてもらったりしたこともあります。商店出身者だとよりグッとくる内容なのでしょう。
そんな新さん自身は、実に飄々としたお人柄でして、あのようなあとがきを書かれる方に見えない(失礼!)というのもポイントです。いわゆるギャップ萌えでしょうか?
田坂広志さん登場
田坂広志さんの『官邸から見た原発事故の真実』は恐ろしい一冊です。福島第一原発事故直後の3月29日から5カ月と5日間、内閣官房参与として原発事故対応にあたった田坂さんが、官邸内部からの視点で原発事故について詳細に語ったもので、事故からほぼ1年後の2012年2月に刊行されています。
事故当時、首都圏から避難した人たちのことを「おおげさだな」と思っていました。現在、当時語られなかった様々な事実が明らかになっており、それを考慮すると避難した人たちが正しく、私は明らかに正常性バイアスに囚われていたことになります。当時の危機的状況についても、生々しく語られています。
本書は、今も続く廃炉の問題にもページを多く割いています。また、コロナ危機の際にも指摘された政府の危機管理の問題点も鋭く指摘しています。今現在も学べることが多い、色褪せない一冊といえるでしょう。
田坂さんとはその後、『知性を磨く』『人間を磨く』『運気を磨く』などの「磨く」シリーズ、『人は、誰もが「多重人格」』『東大生となった君へ』『運気を引き寄せるリーダー 七つの心得』など、多数のご著書でご一緒しています。今も新たな企画を準備中ですので、ぜひご期待ください。
山口周さん登場
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『ニュータイプの時代』『ビジネスの未来』など、ヒット作・話題作を連発し、指折りのビジネス書(思想書?)の書き手となった山口周さん。ご本人名義のご著書は『天職は寝て待て』が最初になるかと思います(2012年4月刊)。
実は2008年6月に『グーグルに勝つ広告モデル』を出していただきましたが、こちらは諸事情あって岡本一郎名義。山口周の名前で出せていれば、もっと早く世の中にお名前が浸透していたかもしれません。
こっそりお教えしますが、なんとこちらで全部読めちゃいます!
『天職は寝て待て』ですが、様々な知やデータを駆使して人びとの思い込みや固定観念を相対化し、新たな考え方や生き方を提示する山口周節がすでに炸裂しています。特に印象に残っているのは、「予測の難しさ」についてや、「成功者のキャリアの8割は偶然によって形成されている」というグランボルツの研究の紹介です。
本書は2019年に改訂版を刊行しています。カラヴァッジョ「聖マタイの召命」のカバーが目印です。
サントリー学芸賞をいただきました
最後のトピックです。輪島裕介さんの『創られた「日本の心」神話』が2011年のサントリー学芸賞を受賞しました。
本書自体は2010年10月刊ですが、受賞が2011年の12月となります。学生時代から目にしてきた数々のサントリー学芸賞受賞作。名著の宝庫といっても過言ではありません。そんな栄誉ある賞を、自分が携わった書籍でいただけるとは……。受賞の一報を聞いたときは、「まさか」という思いでいっぱいでした。光文社新書としても初めての受賞となります。
ちなみにこのタイトルは、やはりサントリー学芸賞受賞作である井上章一さんの名著『つくられた桂離宮神話』からいただいています。井上さんはかなり早いタイミングで本書の素晴らしい書評を書いてくださいました。
ときはアランちゃん9歳時に遡ります。2011年2月発表の新書大賞で、本書は10位入賞を果たします。この年は3位に『街場のメディア論』(内田樹著)、7位に『希望難民ご一行様』(古市憲寿さんのデビュー作)と、ベスト10に光文社新書が3冊も入ったのでした(1位は名著『宇宙は何でできているのか』村山斉著、幻冬舎新書)。
実は本書は、新書大賞入賞の連絡を受けた時点で、まだ増刷になっていませんでした。書評ではよく取り上げていただきましたが、一般的にすごく売れていたわけではなかったのです。しかも、新書大賞は11月刊までが対象ですので、10月刊というのはやや不利です。このような状況で入賞を果たせたのは、多くの方が内容をしっかり評価してくださったお陰です。書籍においては、こうした批評の機能がまだまだしっかり働いているのが心強いなあと思った次第です。
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思い返せば、著者の輪島裕介さんは大阪市立大の増田聡さんにご紹介いただいたのでした。先ほどの新雅史さんも、増田さんから面白い人がいるとうかがったのがきっかけだったと記憶しています。
もう16年経ちますが、そろそろ増田さんご本人の原稿もいただけると嬉しいなあと思っております。
アランちゃん10歳時のもう一冊
内田詮三著『沖縄美ら海水族館が日本一になった理由』
沖縄美ら海水族館の魅力を余すところのなく伝えるとともに、美ら海水族館をつくりあげた、内田元館長のキャラクター、波乱万丈の一生がとても魅力的に描かれた一冊です。映画化希望。コロナが下火になり、再び訪ねることができる日を夢見て。