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声が通らない問題|辛酸なめ子

ヒカキンはすごい

 何のまちがいか、たまに講演を依頼されることがあります。「話が下手で……」とか「長時間話し続けるのが難しいです」などと答えても、先方は謙遜だと受け取ってくださっているようなのですが、実際講演が行われると、私が言ったことは本当だったと、微妙な空気に包まれます。

 ちょっと前も、「女子校が女性をエンパワーメントする」というテーマで講演させていただくことがありました。用意した資料を参照しながら話したのですが、ときどき間が空くと頭が真っ白になってしまい、しばらく話が途切れてさらに緊張し、何を話しているのかわからなくなる、という負のループにはまっていました。少し話せたのは質疑応答のパートくらいです。やはりひとり語りは難しいです。講演後、何日か経って参加者のアンケートが送られてきて、読むのが怖かったのですが、やはり厳しめの意見も散見されました。「なめ子さんは、講演には向いていないと思った」という率直な感想が心に刺さりました。

 加齢によって喉が衰えているのか、長時間話しているとだんだん声が出なくなって、つぶれた声になっていくのも気になります。先日、ボイストレーナーの友人、Minnie P. さんに、声の出し方を教わりました。

「手を前に出すと大きい声が出ます。口を縦に大きく開くのもポイント。顔の筋肉をいっぱい動かすようにしましょう」とアドバイスをいただきました。効果がありそうですが、普段の自分のテンションから急に変わると、聞いている人が戸惑いそうで、なかなか難しそうです。また「家を出る前に10回くらいジャンプすると、血液の循環が良くなります。首を回すのも良いですよ」というさり気ないテクニックを教えていただきました。

 Minnie P. さんいわく、動画などで話す場合、最近の人は飽きっぽいので「表情を3秒ごとに変える」ことで動画を長時間視聴してもらえるそうです。「声、表情、視線に変化をつけましょう」とのことで、表情が次々変わるヒカキンが人気の理由がわかりました。表情が暗かったり、トーンが一定だったりすると、人は動画を見てくれないとのこと。実際、先日一定の暗いトーンで都市伝説を語る動画を公開したのですが、再生数が全然伸びません。

 明るい表情で声色を変える、というのは動画だけでなく講演やトークショーでも共通していると思われます。売れている怪談師の方の話術に触れる機会があったのですが、抑揚や間の取り方が巧みでした。「日本最大の忌み地……とされる場所が、ありますよね? ……◯◯町です!!」といった調子で、しめやかな口調と沈黙と叫びを織り交ぜていて、さすが場数を踏んでいるだけあります。まだそこまでのレベルには到達できませんが、普通に話して間が持つようになりたいです。

声量よりも大事なこと

 先日、友人が、メンタルボイストレーナーの椎名りゅうじん先生のセミナーがあると誘ってくれました。歌や、人前での話し方を教える先生だそうです。同行したのは友人のRさんと、彼女が敬愛するスピリチュアル系の秘教研究の神尾学先生という濃いメンバーでした。

 まず、椎名先生から声についてのお話がありました。

「大事なのは声量じゃない。波長を変えないといけないんです。声の音色で何を言っているか相手に伝わります。音色をたくさん持ってないと、論理的に話しても相手は理解できません。会場で、空間のどこに飛ばすか意識すると音色が変わります」

とのこと。具体的には、例えば100人のお客さんがいる場合、その100人を意識して、ひとりひとりに伝えるように話すのがポイントだとか。緊張したらお客さんをカボチャと思え、という有名な人生訓がありますが、逆に独りよがりになってしまいそうです。

「意識が100人を捉えていたら、マイクにのった振動も100人分になります。ターゲットに目線を合わせると、自動的に100人用の筋肉を使えます。意識だけで筋肉は変わってくれます」と、先生。

 お客さんが並んでいると、満足してもらえないかも、とか、つまらないと思われているかも、という不安で直視できなかったのですが、それが失敗の一因だったのかもしれません。せっかく話を聞きに来てくださった方々に、ちゃんと意識を向けなければ、と思いました。これはオンラインの場合でも同じなのでしょうか?

「オンラインでも大勢を意識して話す方が、ひとりひとりちゃんと聞いてくれます。1人用の声で話すと相手は飽きてしまいます。まわりに意識を広げて話しましょう」

 人前で話すことが多い神尾先生も、昔から同じようなことを意識していたそうです。

「若いときから意識の研究をしていたのですが、あるとき急に人前で1時間話すように言われました。講演前に会場の会議室に入り、前に立って席にひとりひとり座ってるのを想定し、一本一本動線を作るイメージをしました。呼吸法をやってリラックスして気持ちを落ち着けて、なんとか切り抜けられました」と、誰に教わることもなく、自然と人前で話すテクニックを実践していたようです。事前のシミュレーションも大事だということがわかりました。

明るい性格は明るい声から

 また、声には感情が入るので。言葉は嘘をつけても音色は操作できないそうです。

「政治家は本心が読めない人が多いですね。でもトランプにはわかりやすい素直さがあります。神尾さんはどう思いますか?」と椎名先生が話を振ると「トランプは替え玉がいっぱいいますから……」と、事情通の神尾先生。「今出ているのは偽物だと聞きました。本物は宇宙軍が守っている。社会が安定したら出てくるそうです」という話題につい引き込まれます。「トランプの声は嘘を言っているようには思えません。DS(ディープ・ステート。闇の政府)から人類を守るために戦っていると思っているんですが……」と、トランプの評価が高いです。椎名先生は、替え玉も本人の声色や習慣を身につけているのでは、と推察していました。

「替え玉候補は、大学のディベート部のエースがピックアップされて、英才教育を受けて仕立てられるんですよ」と、さらにディープな情報を出してくる神尾先生。あの見た目と髪型の男性を何人も作れるとは、アメリカの替え玉技術はすごいです。

 声に関しては、比較的に簡単に変えられるそうです。

「性格変えるのは難しいですが、声はすぐ変えられます。明るい声を出して、自分で聞いて明るい気持ちになれるので、音から自己催眠できます」と、椎名先生。

顔のどこで音を鳴らすか

 続いて、横向きの顔を四つにわけて「タイプ別 音の鳴らす場所」と書かれた図を見せてくださいました。

 音が鳴る場所で、頭を4つにわけたうちの、上の前面(目のある部分)から声が出ている場合は「前向き、スピード感」、前面で顔の下半分(鼻と口)から声が出ている場合は「落ち着き、積極的」、後頭部の上半分は「解放感、明るさ」、後頭部の下半分は「ゆったり、協調性」と、いった印象を与えます。

 それぞれどこで声を出しているかチェックしてみました。私はどうやら顔の前面の下だけ使って話したり返事をしていました。落ち着いた声ですが、喉が閉じ気味なので通る声ではありません。先生に「明るさ」を表す後頭部から声を出すことを意識した方が良い、とアドバイスいただきました。人は笑う時も後頭部から出るそうです。テンション低めの人は後頭部から声を出す感じで話すと、伝わりやすいとのこと。

 日本人は顔の下半分で話す傾向があるとか、リーダー気質の人は顔の前面の上から声を出す、とか、顔の前面の下半分から声を出す人はテンションが一定でリアクションが薄い、好きなことについて話す時は後頭部の上半分からの声、いやらしいことを考えている人は頭頂部から声が出る、などの興味深い傾向も伺いました。

 また、人とのコミュニケーションでも、相手がどこから声を出しているか意識して、同じ声の出し方をすれば、良い関係が築けるそうでした。逆に、苦手な相手やストーカーっぽい相手だったら、相手と全然違う声を出したほうが良いようです。

 先生は、声と言葉を使いわけることができるそうで、何か断りたい時もそのまま言うと角がたつので、声では相手に同調せずにノーを伝えて、言葉でははっきりノーとは言わないとのこと。そうすると衝突が減るそうです。京都人級の話術です。

 また、長時間話していて声が出なくなって喉がつぶれ気味になる現象については、「声の筋肉の使い方がいつもと違って、使い慣れない筋肉を使っているからかもしれませんね」と、椎名先生。声がよく出るようになる顔技についても教えてもらいました。

「目の下を抑えて、下唇を前に出してみてください。そのあと自然と明るい声が出るようになります」

 自分で変顔になってリラックスする効果もありそうです。レストランなどで店員さんに気付いてもらえないときはどこから声を出せば良いのか椎名先生に伺うと

「頭の上半分から声を出せば大丈夫です」とのこと。ガヤガヤしているお店では明るい声じゃないと届きません。他にも、後頭部から声を出せばモテて恋愛上手になれる、など気になる情報も。とりあえず私はテンションの低さをカバーするため、意識して後頭部から声を出したいです。

 今回の講座を受けた直後に、ちょうど講演の仕事がありました。テーマは江戸時代の川柳についてや、自分が最近取材で体験した話など。教えていただいたように、100人くらいのお客さん、一人一人とのつながりを意識。話し方はとくに上達していませんが、相手に向かって語りかけるのを心がけました。そして、顔の下半分で声を出しがちなところ、後頭部から声を出す感じで講演。すると、あとで参加者の若い女性から「もっと聞いていたかったです」というありがたい感想をいただきました。そんなことを言ってもらえたのははじめてです。とりとめのない話だったので、講演の内容は忘れられても声の印象はしばらく残りそうです。相手の心に届く声で話せば、内容は二の次で良いと思うと、人前で気楽に話せる気がしてきました。

今回の言葉

人前で話す時は、観客はカボチャなどとは思わず、一人一人に話しかけるように意識すれば好印象が残ります

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