素晴らしき「出前」の世界|パリッコの「つつまし酒」#136
3000円熊手の男
今年も無事、地元「石神井大鳥神社」で、来年用の熊手を入手することができました。
二の酉がちょうど土曜日だったので、午前中から家族で出かけていきまして、ここ数年ずっと1000円の熊手で現状キープを続けていたものの、フリーランスも3年目、そろそろもうちょっとこのぐだぐだな人生、ステップアップできないだろうか? とも思うようになってきました。そこで「1000円の次に安いのはいくらですか?」と聞いてみたところ、「3000円です!」とのこと。はっきり言って、5000円ならあきらめようと思ってました。けど、3000円なら背伸びすれば手が届く。「それください!」と、ついに今年から僕、“3000円熊手の男”になってしまったというわけなので、以後お見知り置きください。
コロナ以降、ずいぶんと寂しくなってしまった地元の酉の市
無事に家内安全と商売繁盛の「手締め」もしてもらい、スッキリとした気持ちで神社をあとにして、ちょうどお昼時。さてお昼ごはんはどうしよう。かつては家族でよく行っていたけれど、コロナの影響でずいぶんとご無沙汰になってしまっていた地元の町中華の名店「ラーメンハウスたなか」にでも久々に行ってみようか? なんて話をしていたのですが、4歳の娘はなんだか疲れてしまったのか、テンション低めに「もうかえる……」と言っています。
こうなってしまってはしかたない。親のほうはすっかり中華気分だったけれども、いったん家に帰ることにしました。
自宅で町中華飲みの贅沢
さて、あらためてお昼ごはんはどうしよう? こういうとき、必ず一度は出る案が「たまには出前でもとっちゃう?」です。だけど家に常備してある袋麺ならば一食数十円。ちょっと美味しそうな生タイプのインスタントラーメンを買ってきたって、家族全員で3〜400円程度。「やっぱり贅沢か〜」ということになり、とりやめてしまうのがいつものパターンでした。
が、今日はさっきの流れもあります。この湧き上がる中華欲、市販品では満たせない! そこで、かな〜り久しぶりに「出前決行」の閣議決定がなされました。
頼むのは家にメニューのあった、大泉学園駅前の「たつみ 本店」。妻は「広東メン」、僕は「五目カタヤキソバ」、それと、せっかくの機会だから「ピータン」も頼んじゃえ! と電話をすると、ものの15分ほどで料理が到着。
堂々到着
玄関先にコトンコトンと置かれる料理たち。店名と電話番号の入った器や、ぴちっと張られたラップの感じが懐かしい。それらをいそいそと食卓へ運び、次々ラップを外してゆくと、とたんにいつもの部屋が中華屋の香りに包まれる。いや〜、思ってた以上にテンション上がるなこれは。もちろん冷蔵庫から缶ビールを取り出してきて、いざ、自宅で町中華飲みスタート!
いただきます!
思い切って大きめのTVを買い、家に届いてみたらお店で見たよりもだいぶ巨大に感じる、というあるあるがありますね。それと同じ現象が今、目の前で起きています。というのも、カタヤキソバも広東メンも、こんなに巨大だったっけ!? っていう器に、溢れんばかりの大盛り。これがどちらも850円だってんだから、本当に優良飲食店様の努力にはおそれいります。
極太麺のカタヤキソバ
極太揚げ麺に絡む、しっかり味の餡。そこに海老、野菜、玉子、キクラゲなどなど、豪華具材たちが絡み合い、ひと口ごとにびっくりしちゃうほどの美味しさです。時間の経過とともに徐々にしっとりとしてくる麺の味わいもいいな。それにしてもカタヤキソバって、中華メニューのなかでも群を抜いて優秀な酒のつまみだよな〜。
「広東メン」
広東メンは、こちらも具沢山のとろみ餡がのったラーメンで、妻も、小どんぶりに分けてもらった娘も、美味しい美味しいと食べています。
それらのビジュアルインパクトからすると若干地味で、かつ450円と割高にも思え、「酒のつまみってやっぱり嗜好品だよな〜」と思わされるピータン。が、食べてみると、下に敷かれた玉ねぎに絡む醤油ダレが絶妙な味わいで、それをピータンと一緒に食べるともうたまりません! しかも、半分別皿に残しておいて、晩酌のときにまた食べる、なんて好き勝手も、出前だからこそできる荒技。
ひと口食べたら一瞬で消えた割高感
コロナ禍の影響で、Uber Eatsに代表されるデリバリーサービスが大躍進したのは誰もが知るところです。けれども、昔から脈々と続いてきた、大好きなお店のプロの味が簡単に自宅で味わえて、お店と同じ値段で、しかも送料もかからない。今日のトータルが2150円。お店へ行けば必ずお酒の1、2杯も頼むわけで、圧倒的にリーズナブル。この「出前」ってシステム、あらためて考えるとすごくない!? と、久しぶりに利用して、いたく感動してしまったんですよね。
10年ぶりの「上天丼」の味は……
このことで僕のなかにすっかり「出前ブーム」が到来してしまいまして、その次の妻が仕事休みだった平日のお昼、こんどはこれまた大好きなおそば屋「福田屋」に、出前をお願いすることにしました。
たまに食べに行くお店ではあるんですが、前に一度だけ出前をとったのはもう10年近く前だったはず。その時は確か、大掃除かなんかで疲れ果て、ごほうびにと奮発して、なんと「上天丼」2200円也! をふたりして注文したんだよな。それがすさまじい美味しさだった記憶が強烈に残っている。そうだ、思い切ってあの上天丼と、それからリーズナブルなお店の看板メニュー「ミニえびカツ丼セット」をとり、ふたりでシェアして食べるというのはどうだろう? 妻から「異論なし」の返事をもらい、本日も出前日和!
ジャーン!
ご覧ください、このお盆の上の絶景を。圧巻はやはり上天丼。「一体これ、なに海老なの?」っていう、見たこともないような巨大な海老天がどーんと3尾ものっています! 手首にズシリとした重さを感じながら箸で持ち上げ、パクりとひと口。荒々しく歯を押し返すようなブリンブリン食感と衣のサクサク感が口のなかで弾けまくり、濃いぃ〜海老と揚げ油の旨味、そして甘辛いタレの味が広がる。すかさずタレの染みた白メシをほおばれば、あの時のままの、いやそれ以上の、天にも昇る美味しさだ!
これで950円の「ミニえびカツ丼セット」
とはいえ、「ミニえびカツ丼セット」だって負けてませんよ。ぷりぷり食感を残したエビのすり身のカツを、熟練の技で玉子とじにし、ごはんの上へ。僕、このそば屋特有の、混ぜすぎていない、そして固まりすぎていない玉子の感じ、めちゃくちゃ好きなんだよな〜。セットのたぬきそばの汁っけも、今日の布陣になくてはならない存在感。
はぁ〜、出前って、なんて素晴らしいんでしょうか。
というわけで、今さらすっかり出前の魅力にハマってしまった僕。近隣の飲食店の方々は覚悟しておいてくださいね? 次はあなたの店から出前をとるかもしれません!
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco