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第8回 大塚英志がよみがえらせた江藤淳の現在性|三宅香帆

批評家が「人」について語る?

本書は、批評家・大塚英志おおつかえいじが、文芸批評家・江藤淳えとうじゅんと、江藤淳と同じ系譜に連なる日本の文芸作品について評論した一冊となっている。

論じられた江藤淳とは、戦後活躍した文芸批評家である。一方、論じた大塚英志は彼より30歳ほど年下のサブカルチャー批評家。政治から漫画、文芸批評に至るまで、さまざまな分野の批評をおこなっている。

そんな大塚英志が、江藤淳のことを批評した本。――なんだかこれだけ聞くと、「批評家が批評家を評するって、そんなもの読んで面白いのかなあ?」と言われそうだ。

しかし実際これが面白いのである。

ふつう、批評家とは「作品」そのものを批評する職業だとイメージされやすいのではないか。たとえば映画批評家なら映画のこと、文芸批評家なら文芸のことについて書く。そんなイメージがあるかもしれない。

しかし、実は批評家が本当に面白さを発揮するのは、「人」について書いた時なのではないか、と私は昔から思っている。

批評家が、心底惚れ込んだ作家その人自身について書く時、作品単体についての批評では見られない、人と人とのスリリングな関係性が見え隠れする。

批評家といえば、作品について上から目線で語る人がなるもの、と世間には思われているかもしれないが、私は(これはあくまで「私は」なのだが)、作品以上に作り手の人間に興味がないとできない仕事だと思っている。

そういう意味で、大塚英志も、江藤淳も、ものすごく人間に興味のあるタイプの批評家だ。そしてその人間への興味が、批評家としての鋭さに繋がるタイプ。――そんなふたりが、一冊の本『江藤淳と少女フェミニズム的戦後』で出会う。江藤淳が生きている間、大塚英志は話をしたことがなかったらしいが、本書のなかで、しっかりと出会っている。その瞬間を読者として目撃できるのは、このうえなく面白いことだと私は思う。

大塚英志と江藤淳

『江藤淳と少女フェミニズム的戦後』の面白さの紹介をする前に、少し前提知識をお伝えしておきたい。

大塚英志は、創作と批評、どちらもする書き手である。

彼は創作者としては『多重人格探偵サイコ』等の漫画の原作者として知られている。スタジオジブリのプロデューサーとして知られる鈴木敏夫が当時副編集長をしていた『アニメージュ』編集部にいたこともあり、漫画の編集に携わっていた彼は、自分でも漫画原作を担当していたのである。

一方で批評家としては、『少女民俗学――世紀末の神話をつむぐ「巫女の末裔」』や『人身御供論――供犠と通過儀礼の物語』といった、多岐に渡るジャンルについて語ってきた。大学時代の専門分野である民俗学をベースにした物語批評もあれば、創作者としてのキャリアを活かした漫画やアニメの作品論もある。さらにフィクションのみならず、憲法や天皇制といった現実の政治状況の是非について論ずる著作も存在する。とにかく扱う分野が多ジャンルにわたるのが彼の批評家としての特色のひとつである

そんな彼が、なぜ「江藤淳」について語るのか。

江藤淳とは、戦後昭和の文学批評を牽引した批評家のひとりだ。

彼は23歳で批評家デビューし(夏目漱石についての評論だった)、それ以来ずっと批評家として第一線で活躍していた。もしかすると、江藤淳といえば「文芸の人」というよりも「保守の人」としての印象が強い読者もいるかもしれない。しかし彼のなかでは、文芸も天皇制もそして家庭すらもひとつの線で結びついていたらしい。

大塚英志いわく、江藤は「母」という概念に強いこだわりを持っていた。

江藤淳の思想のなかでも重要な概念のひとつである「母」のこだわり。その背後には、彼の「近代」への複雑な葛藤が存在していたらしい。

近代空間のなかで「母」になった女性は崩壊してしまう――そう思い込んでいた江藤は、女性が母にならずに少女でい続けられる空間を思い描き、それを文学にも求めていた。

大塚英志はそう整理し、江藤の思想とフェミニズムが実は近いものだと述べたのである(それがタイトル『江藤淳と少女フェミニズム』の意味である)。

目次を読むと、江藤淳と上野千鶴子の名前が並んでいる。そのふたりの共通点は、「女性が少女でいられるままの空間」を追い求めた点にあるのではないか、と大塚英志は述べる。おお、江藤淳がフェミニズムにつながるなんて! と読者は驚きをもって読み進められるだろう。

そんなふうに『江藤淳と少女フェミニズム』の面白さは、江藤淳という批評家が、実はとても現代的だったことを、いきいきと批評している点にあるのだ。

なぜ最近、江藤淳が人気なのか?

「最近、江藤淳に注目する若手の批評家がわりと多いんだよね。なんでなんだろう」

私は、あるイベントで、雑談中にふと尋ねられたことがある。

多いと言われているほど若手の批評家という存在が日本にいるのか、という別のところにツッコミを入れたくなったけれど、それはそれとして彼の言いたいことはちょっと分かる。

たしかに、文芸誌に掲載されている同世代――現在20~30代くらい――の批評家が書いた論考を読むと、たまに江藤淳の名前が登場することがある。たとえば、2021年春号『文藝 』(河出書房新社)に掲載された水上文の「成熟と喪失、あるいは背骨と綿棒について」の論考。あるいは2021年のすばるクリティーク賞を受賞した西村紗知にしむらさちの『椎名林檎における母性の問題』の論考においても、江藤淳が引用されている。また伏見瞬ふしみしゅん *1(2021)は西村へのインタビューのなかで「2021年の『すばるクリティーク』の最終選考に残った論考は、西村さん含め5本中3本が江藤淳を参照している」と若年の書き手への江藤淳の影響力の強さを指摘している。

そして私もまた、江藤淳に注目している若年の書き手のひとりだ。

私は、大学時代に彼の著作『成熟と喪失』を読んで、「こ、こんなこと書いてくれている人が昭和の男性にいたんだ」と感動したひとりだった。『成熟と喪失』は戦後の作家たちを論じた文芸批評なのだが、その内容は「母の崩壊」というテーマで小説を読み解いた本である。

まだフェミニズムという学問分野すら台頭していなかった時代に書かれた文芸批評。その時代の本のなかで、彼は、日本の母と息子が依存し合っていること、しかし今後はそのままでいられないであろうことを綴っていた。

『成熟と喪失』の文庫解説は若き頃の上野千鶴子が担当しているのだが、それは江藤淳の指名で、上野自身も指名されたことに驚いていたらしい。

2022年現在になって、若手の間で本当に江藤淳再評価の機運があるのだとすれば。それは、江藤淳が上野千鶴子を自分の文庫解説者に指名したように、後の時代のフェミニズム思想に通じるものが、彼の著作の中にあるからではないか。だからこそフェミニズムが盛り上がってる今、江藤淳が流行っているのでは? 私も含めて――そんなふうに思っていた。

今回扱う、大塚英志の『江藤淳と少女フェミニズム的戦後』を読むまでは。

ネオリベ社会を予言した批評家

なぜ今、江藤淳が再評価されているのか。

そんな謎を解くには、大塚による江藤解釈を一冊にまとめた本書『江藤淳と少女フェミニズム的戦後』を読むのがいちばん早いのでははないか。

たとえば以下のような部分。江藤淳は、若い頃に妻とともにアメリカへ留学していた。しかしそこで妻は病気にかかってしまう。その際、江藤はアメリカで相当苦労したらしい。が、その経験が、江藤をとある思想に導く。

そのときのことを大塚は本書の中で、以下のようにまとめる。

 江藤の社会化への過剰ともいえる欲望は『アメリカと私』において浮上した「適者」という概念に強く現れている印象がある。アメリカに着くや妻が病に倒れ、江藤は住居さえ定まらぬ前に病院との交渉、留学資金を負担するロックフェラー財団への医療費の請求といった交渉事と直面し、それをやり遂げる。その時、江藤の頭の中に浮かんだ「社会化」(「成熟」と言い換えてもいい)の具体像が「適者」なのである。
 〈私は昨夜以来一睡もしていなかった。しかし、妙に冴えた頭のなかに、アメリカ合衆国の社会を現実に支えているひとつの単純な、しかしその故に強力な論理が浮かび上がって来た。それはもちろん適者生存の論理である。合衆国はおそらく今日まで依然としてソーシャル・ダーウィニズムが暗黙の日常倫理になっている唯一の国である。(中略)
 病人は不適者であり、不適者であることは「悪」である。「悪」は当然「善」であるところの適者に敗れなければならない。ところで、自分が、適者であることを証明するのもまた自分以外になく、この国では他人の好意というものを前提にしていたら、話ははじまらない。自分のことは黙って自分で処理するほかないのである。〉

(『江藤淳と少女フェミニズム的戦後』ちくま文庫、p.29-30)

これだけ読むと、「適者? ダーウィン?」とはてなマークが頭に浮かんで終わるかもしれない。

江藤は、とにかく社会のなかで「適者」になりたがった。そして戦後の日本を見渡した時、これからの日本(江藤の言葉でいうと「近代」の日本)は、個人で自分の食い扶持を確保し、家族に頼らず、他人に頼らず、社会に適応していくことで、自由を得るような場所になる――そんなふうに語っている、と大塚は解釈する。

「成熟」とか「近代」とか「適者」とかそういう言葉を使うから、何を言っているのかわからなくなるけれど、大塚英志の江藤淳解釈を読んでいると、「あっ、これってつまり新自由主義的な社会がやってくることを江藤淳は予言していたのか」と分かる。

だって先ほど引用した「合衆国はおそらく今日まで依然としてソーシャル・ダーウィズムが暗黙の日常倫理になっている唯一の国である」という江藤淳の言葉は、つまりは、「社会についていけない人は置いていかれるべき」という自己責任論を予言した言葉だ。

まだネオリベなんて言葉もなかった頃だから、今と使っている言葉は違うけれど。でもこれってつまりは、ネオリベ的社会の到来の予測だったのかと私は大塚英志の江藤淳評を読んではじめて理解した。

さきほど私は「なぜ最近になってやたら江藤淳が注目されているんだろう」という疑問を投げかけられた……という話をしたけれど、それはたぶん、若い頃にアメリカに留学した昭和の知識人であった江藤淳が、フェミニズムも、ネオリベも、まだその言葉もないうちから肌感覚でそれらの思想を捉えて文芸批評に落とし込んでいたからではないか。

令和になってやっとそれらの思想が大いに取り上げられるようになってきたけれど、実は昭和の時代に、その思想が日本社会にとって当たり前になる日がやってくると、予言していた人がいたのだ。だから私たちは、江藤淳を再評価しているのではないだろうか。

文芸批評家で、今のような、自己責任論が吹き荒れる世の中を、文学の解釈に持ち込んだ人は、実は江藤淳くらいだったのではないだろうか。

だからむしろ「今」、江藤淳が流行しかけているのではないか。私は本書を読んで、しみじみそう思うようになった。

戦後日本を解釈した批評家たち

大塚は、江藤が「血縁」から切断された「家族」を作ろうとしていたことに注目し、「来歴否認」という言葉で近代知識人についての論を展開していく。

本書で大塚英志がどのように江藤淳を評価し、そして、解釈したのか。その内容についてこの原稿について詳細をすべて語ることはできない。しかし素晴らしい本なのでできればぜひ読んでみてほしい。大塚英志なりの江藤淳の解釈が、そして戦後の日本文学についての解釈が、ぎゅっと密度濃く論じられているから。

批評家が「人」について書く時、その人のすべてを描写することはできない。描写するのは自伝や小説に任せておいたらいい。そうではなくて、批評はその人のいちばんおいしい部分を取り出して、私たちに手渡してくれる。だからこそ私は批評を読みたくなる。「ああ、この人はこの部分を一番おいしく感じているのか」という嗜好を知りたくて。

大塚英志という批評家は江藤淳という批評家のどこをいちばんおいしく感じたのか? それは大塚英志という批評家を理解することにも、江藤淳という批評家を理解することにも、繋がるはずだ。

そしてその理解は、きっと、戦後日本の文化を理解するのにも役立つはずなのだ。


*1 伏見瞬「椎名林檎を論じて見えてきた現代の大衆と文化「2021すばるクリティーク賞」受賞者、西村紗知さんインタビュー」(集英社新書プラス掲載、2021年4月22日掲載、2022年10月30日閲覧、https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/interview/sachi-nishimura/13905

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著者プロフィール

三宅香帆

みやけかほ/1994年、高知県生まれ。書評家。京都大学文学部卒業、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。2017年、『人生を狂わす名著50』でデビュー。おもな著書に、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)、『妄想とツッコミでよむ万葉集』(だいわ文庫)、『女の子の謎を解く』(笠間書院)、ほか多数。最新刊は、自伝的なエッセイ集『それを読むたび思い出す』(青土社)。新著に『妄想古文』(河出書房新社)。

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