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利用者は面倒なことはしない――『Web3とは何か』by岡嶋裕史 第1章 ブロックチェーン⑨

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第1章 ブロックチェーン⑨――書き込み専用・改ざん困難のデメリット

3つ目の、書き込み専用・改ざん困難であることも考えてみよう。

これのデメリットは容易に想像がつくと思う。これまでに説明したようなやり方でブロックの連鎖を編み上げていくので、データの変更はきかない。過去のデータを上書きして更新したい用途には使えない。

だから、すべてのシステムがブロックチェーンに取って代わられるような主張には気をつけたほうがいい。原理的に無理である。ブロックチェーンは用途にあわせて普及はしていくだろうけれど、既存システムとのつぎはぎの形になる。

お弁当を配るためにブロックチェーンに載っけましょうと言ってもできない。実体があるのだから。お弁当の管理情報をブロックチェーンに紐づけるといった使い方は、必ず実物としてのお弁当とその管理情報の間に接点が必要になり、接点の部分を世界中のみんなが監視するような作りにはできないため、誰かが管理者になり、その管理者は望むと望まざるとにかかわらず権限を持つ。不正をするかもしれないし、事故が起こるかもしれない。

秘密の情報をブロックチェーンに載せておくのも気が進まない。

たとえば、将来のよみがえりを信じて遺伝情報を未来に残したい人がいたとする。どの会社と契約してもつぶれてしまっては意味がないから、永続性の観点でブロックチェーンを選ぶ。

でも、ブロックチェーンの場合、遺伝情報を世界中に公開するのと同じだ。暗号化しておきます、は意味がない。解読するための複合鍵は秘密の場所に保管しなければならないから、その秘密の場所が焼け落ちるかもしれないし、ハッキングされるかもしれない。そもそもブロックチェーンの永続性が怪しいのはここまでに説明した通りだ。

ビットコインの将来

いま一番成功しているビットコインだって、先のことはわからない。

ビットコインを駆動させている最大の要因はマイニング成功時に配布されるビットコインだ。野放図にコインを発行してしまえばインフレが起きてコインがくずになる。だから、ビットコインはブロックが21万個増えるごとに報酬を半減させる。最初は50ビットコインだったが、いまマイニングを成功させても6.25ビットコインしかもらえない。上限発行量も20,999,999,9769と決まっている。いつか、マイナーにとってビットコインは魅力的な採掘場ではなくなってしまうかもしれない。

そのために、マイニング報酬以外に手数料収入がある。完全にマイニングの報酬が0になっても、手数料収入目当てのマイナーがマイニングを継続してくれる。楽観的な人はそう説明する。それが事実かどうかはまだわからないが、マイナーが減るのは間違いないと思う。そして、送金手数料は高騰するだろう。実際にイーサリアムではガス代の高騰が問題になっている。

上の図はイーサリアムのガス代を大量消費した事業者トップ5である。

1位のOpenSeaはシェアトップを誇るNFT市場だ。NFTが注目され取引が活発になっているので、イーサリアムのトラフィックは逼迫している。ブロックの中に入れてもらえないトランザクションが増え、取引を行おうとするものはマイナーの目につきやすいように高額なガス代を提示する。

勃興期に盛んに言われていたような、管理コストがかからない、低廉な送金システムではすでになくなっている。むしろ、その限界が見えてきたからこそ、「民主的なシステム」であることを強調し始めたともいえる。

だから事故もなくならない。

誰が頭を下げているのか?

仮想通貨が流出して責任者が頭を下げる映像を目にした経験がある人は多いと思う。なぜ非中央集権で管理者や責任者がいないのに、頭を下げている人がいるのか。

あれは取引所の人である。

ドルや円はブロックチェーン外にあり、ドルや円と仮想通貨を交換しようと思えば、ブロックチェーンとそれ以外のシステムの結節点が必ず必要になる。自前でやれる人はいいが、ほとんどの人はそうではないので、取引所に頼んで交換をしてもらうことになる。

このとき、資金力でも技術力でも規模でも知識でも、取引所と個人は対等ではない。手数料の体系だって取引所が決める。取引所が大きな力をもち、得をするだろう。Web3的な個人の力が最大化した状態とは言えない。

そして、ブロックチェーンが安全だと仮定しても、それ以外のシステムを内に抱える取引所はその安全の環の外にある。事故は起こる。

ブロックチェーンの安全性にしても、ただブロックチェーンを使えばよいわけではなく、いくつもの条件をクリアする必要があることはすでに説明した。

パブリックチェーンだって51%攻撃があり得るし、参加者が減ってくれば、そのチェーンのなかでの圧倒的な計算量を確保し、密かに育てた長い不正チェーンをいきなり放流して(複数のチェーンがあるときは、長いものが正しいとされる)認めさせる荒業も使えるようになる。

この状況を打開するためには、すべての人がブロックチェーンへの直接の参加者になる必要がある。もともとブロックチェーンはそのように設計されたものだ。

だが、そのためには多くのコンピュータ資源とネットワーク資源が必要で、要求される知識量も多い。個人にできることが多いことの裏返しとして、個人に求められることもまた多い。失敗しても自己責任だ。間違った送金をしたり、秘密鍵を失ったりすればそれが億単位だろうが兆単位だろうが資金にアクセスできなくなる。

個人にそこまでの覚悟はない。Web3をいいと思う人たちは、この点を軽視している印象がある。自分たちは技術に詳しいし、資源も持っている。何より、高い理想と、一山当てたときのリターンがあるので、つい他の人もいいと思ってくれる、みんなが使ってくれると考えがちなのである。

利用者は面倒なことはしない

2010年代の代替エネルギーバブルを思い出す。化石燃料の有害性が取り上げられ、こぞって代替エネルギー企業が立ち上がった。彼らは一様に薔薇色の夢を語り、数年後には多くが解散した。

シェールガスの急速な普及など外部要因はあったとしても、利用者の態度を読み違えたのが最大の失敗だと思う。代替エネルギーを推進していた人たちは、自分たちが高い理想をもっているために、そして世論もSDGsなどに高い関心を寄せていたために、化石燃料よりも高額でめんどくさくても代替エネルギーに需要があると読んだ。でも、なかった。

利用者のほとんどは、意識の高い人たちの予想を超えてレイジーである。少しでも手間がかかったり、価格が高くなると乗り換えない。むしろ、同じ値段でも乗り換えない。わずらわしいからだ。

技術者でも細心の注意を払って取り扱う生ブロックチェーンに、大挙して一般利用者が押し寄せる未来は、相当先の話である。私はテレビのスマホ講座を担当していたが、そのようなビジネスがまだ十分に成立するのである。スマホに触れること、検索エンジンにアクセスすることをおっかなびっくりやっている利用者はまだまだ多い。

だから、仮にブロックチェーンを使うとしても、そのモデルは取引所を介したものになる。ビットコインに残高管理機能はないけれど、取引所はそれを用意してくれる。秘密鍵を失ったらすべてがぱあだけれど、取引所なら預かってくれる。

秘密鍵を取引所に預けるのは、昔のお年寄りが銀行の営業さんに通帳と印鑑を預けていたようなものだが、それがリスキーだと思えばマルチシグネチャのようなしくみも作ってくれる。複数の鍵を作って、そのうち数本が揃わないと資金を動かせないようなしくみだ。これを取引所と利用者が持ち合うのである。すべて、もともとのブロックチェーンにはない、取引所固有のしくみである。

すると、また話がここに戻ってくる。個人が権力から解き放たれたモデルではない。相変わらず取引所が大きな力と権限を持っている。世界は個人が1人で乗り出すには危険すぎて、多くの人は力ある者の庇護を求めている。支配や管理という名の庇護から解放されたら、困る人は多い。

そして、ブロックチェーンが信用できることと、システム全体が信用できることは別である。世界のすべてをブロックチェーン化できないことが明らかである以上、どんなモデルを採用しようが、この取引所の例のようにブロックチェーンとそれ以外のシステムの接点ができる。私が攻撃者なら、攻略が難しいブロックチェーンではなく、接点を狙うだろう。異なるしくみの接点は常に脆弱性を抱えている。(続く)

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