見出し画像

『色のコードを読む』|馬場紀衣の読書の森 vol.26

「象の息」「ポテッド・シュリンプ」これ、なんのことか分かるだろうか。じつは、色の名前なのだ。ちなみに「象の息」は温かな灰色で、「ポテッド・シュリンプ(英国の伝統的なエビ料理)」はエビ色。変わった色の名前は他にもある。「デンマークの芝生」「パリの泥」「野ねずみの背中」。このあたりは、なんとなく色のイメージが浮かんでくる。18世紀の中国には「ラクダの肺」「したたり落ちる唾」なんていうのもあった。どんな色なのかさっぱり想像がつかないけれど、あまり美しい色ではなさそうだ。

とはいえ、それもたしかとは言えないな。だって、もし誰かが赤といったとき、それを聞いた人の脳内には、それぞれの赤色が思い描かれるはずだから。そもそも赤色と聞いて、イメージされるモノやコトは人によってちがうはずで、ある人は「愛」かもしれないし、「危険」かもしれないし、「血」かもしれないし、「攻撃」や「暴力」をイメージする人だっているだろう。ちなみに私はリンゴを思い浮かべる。食べもののなかで一番リンゴが好き、というたったそれだけの理由で。

赤い色はセックスのメタファーでもある。赤い口紅が性のシンボルになったのは、はるか昔、古代ギリシアでのことだ。当時の娼婦は、唇を赤く塗らないと罰せられていた、というのにも驚きだけれど、信じられないのはその材料で、たとえば古代ローマの裕福な女性たちは、鉄鉱石や鉛、朱、水銀、フカスと呼ばれる水銀を含んだ植物の材料を混ぜて赤い口紅をこしらえた。もちろん、毒性があった。独特の臭いもあったらしい。では貧しい女性たちは何を材料にしたのかというと、赤ワインから抽出した染料を使っていたという。ご婦人方の真っ赤な口紅とくらべると見劣りするかもしれないが、魅力には欠けても健康にはよかったかもしれない。


ポール・シンプソン『色のコードを読む なぜ「怒り」は赤で「憂鬱」はブルーなのか』、中山ゆかり訳、フィルムアート社、2022年。


これが19世紀から20世紀の西洋美術になると、官能性を意味するのは金色だった。金色の後に、黄色がやってきて、ゴッホ、レンブラント、ターナーなど、ヨーロッパの画家たちのパレットを彩った。フランス語で黄色は jaune 、病を意味する jaundice(黄疸)が語源だ。この単語は17世紀初頭から、「世の中に対する辛辣な見方や冷笑的な見方を表す言葉」として使われるようになる。黄色ほど否定的なイメージがついてまわる色もそうない。黄色は中世の百科事典では悪徳を意味し、猥雑な本の色であり、汚名の色であり、臆病者の色でもあった。

すべての色には意味がある。色彩をまえにして、人は貪欲にならざるを得ない。食べもの、織物、家具、植物、動物の毛、皮膚にいたるまで、色とはつねに具体的な「もの」を表現する形で、社会に存在するからだ。

本書にはその他にも青、オレンジ、紫、緑…と全11色の、色にまつわるエピソードが目まぐるしく展開される。本そのものが色で溢れかえっていて、どのページも目を楽しませてくれる。

ところで、ほとんどの哺乳類の色覚は2色覚で、1万色しか見ることができないらしい。1万色も見えれば充分、と思うかもしれないが、カンガルーなどの有袋類は3色覚だし、鳥類は4色覚の持ち主で、紫外線の色まで見えてしまう。ほかの生きものの視覚を借りるなんてことはこの先もありそうにないけれど、彼らには世界がいったいどのように見えているのか、すごく気になる。



紀衣いおり(文筆家・ライター)

東京生まれ。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。オタゴ大学を経て筑波大学へ。専門は哲学と宗教学。帰国後、雑誌などに寄稿を始める。エッセイ、書評、歴史、アートなどに関する記事を執筆。身体表現を伴うすべてを愛するライターでもある。

これまでに読んできた本はこちら

この記事が参加している募集

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!