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安楽亭「ちょい飲みセット」の方程式|パリッコの「つつまし酒」#183

ひとり焼肉にあこがれて

 焼鳥屋やもつ焼き屋に比べて、「焼肉屋」に行く機会がかなり少ないです。
 なぜかってそりゃあ、焼鳥やもつ焼きのほうが圧倒的に“気楽”だからですよ。注文の量の調整にしても、お財布への負担にしても。なのでもちろん大好きではあるものの、ふだんはまぁ、今日は……スーパーでお肉を買って家でやろうか。となってしまいがち。
 とはいえもちろん、専門店がこだわりを持って仕入れた肉を、専用の設備で、もうもうと出る煙のことなど一切気にせずに焼いて食らうあの美味しさが、家焼肉とは次元が違うことも知っています。
 特に、ひとり焼肉。あれ、妙にかっこいいですよね。実はけっこうあこがれてたんです。そこでしばらく前、初心者なのでなるべく敷居の低いチェーン店のランチで、ひとり焼肉に挑戦してみました。行ったのは「安楽亭」。頼んだのはお得なランチセットだったんですが、それでもお肉はもちろん、名物の「ユッケジャンスープ」なんかもすごく美味しくて、これが非常に良くてですね。
 で! こっからが今日の本題。その時に、大手飲食チェーン店ではけっこう実施している「ちょい飲みセット」が、安楽亭にもあることを発見したのです。メニューを見ると、これがなかなかに魅力的。

安楽亭の「ちょい飲みセット」

 内容は、それぞれに値段の違う、A、B、C、Dの4コース。ドリンク、おつまみ、肉皿、それぞれのジャンルのなかに選べるメニューが豊富にあり、好きに組み合わせることができます。

【Aコース】ドリンク2杯+おつまみ1品+肉皿1皿(1300円)
【Bコース】ドリンク2杯+おつまみ1品+肉皿2皿(1600円)
【Cコース】ドリンク2杯+肉皿1皿(1000円)
【Dコース】ドリンク3杯+おつまみ2品(1000円)
※すべて税込み

 具体的にはこんな感じ。ね? そそるでしょう。ちなみに最安のC、Dコースは、生ビールは1杯までのしばりあり。また、制限時間は1時間で、プラス200円で飲み放題に変更可能(安い!)。提供時間は、平日の15〜18時の間の注文限定。
 平日の午後のみという部分が若干浮世離れしていますが、幸いなことに僕はここ数年、浮世とは一定の距離を保った生活を送らせてもらっています。つまり、いつでも行ける!
 というわけで数日前、このちょい飲みセットで一杯やってきたというわけなんですが……。

安楽亭からの挑戦状

 お店に到着し、あらためてメニューをじっくりと眺めます。
 まず、Dコースは肉皿がない。つまり、焼肉屋に来た意味がない。じゃあ同じ最安のCコースはというと、いくらお手頃とはいえ、おつまみが肉1皿というのもストイックすぎるか。AかBだな。どちらもドリンクが2杯とおつまみが1品なことは同じで、肉が1皿か2皿かの違い。う〜む、ここは1300円で肉は1皿の、Aコースがちょうどいいか。選ぶ肉を、好物であり、かつ量がダントツで多い「ホルモンMIX」にすれば物足りないということもないでしょう。
 よし、決めた! と店員さんに注文したところ、なんと残念ながら、事情により、現在どの店舗でも、ホルモンMIXの提供を中止しているとのこと。となると……ハラミかなぁ。と、「牛ハラミ&旨ハラミ(豚)」をチョイス。もう1品のおつまみのほうは、僕が絶対に好きに決まってる「ネギ塩冷奴」。で、飲み放題。なにも制限時間の間に、無理して5杯も6杯も飲む気はありません。けれども、たった200円。1杯の値段としても安いし、保険感覚でつけておきましょうかね。最悪、追加が飲めなくたって痛くない。もはやチップだ。

牛&豚ハラミと、ネギ塩冷奴

 さっそくやってきた冷奴をつまみにぐいっと生をやりつつ、肉を焼く。焼けたそばからほおばってはビール。あ〜、これだよこれ。焼肉屋ならではの幸せがきっちりと味わえる。さらには、お酒が飲み放題。結果、ビール、チューハイ、チューハイと3杯飲みました。1時間だとそれでちょうどいい感じでしたね。お肉も奴も本当に美味しかった。合計税込みたったの1500円で、これはかなりの幸せだぞ! と、その日は大満足して帰宅したのでした。

あ〜美味しかった

 が、その夜、ふとんに潜りこむと、むくむくとある思いが湧いてきます。今日のひとり焼肉はとても良かった。けれども、はたしてベストの選択ができたと言えるだろうか? 他にもっと、自分的満足度を高められる選択はなかっただろうか?
 考えだすと止まらなくなっちゃうんですよね。いや、わかってるんです。そもそもがリーズナブルなチェーン店。自分の言ってることが、貧乏くさすぎるってことは。ケチケチせずに好きなもの頼めばいいじゃんって。
 けれどもしかしだ。「ちょい飲みセット」なんて名前のメニューが、4パターンも用意されている。酒飲みとしては、そこになんというか「挑まれてる」感を受けとってしまうじゃないですか。「さぁ、君ならどう飲む?」って。
 そこであらためて考えてみたんです。先述の4パターンのセット。よりシンプルに考えるため、数式に置き換えてみましょうか。ドリンクを「D」、おつまみを「O」、肉皿を「N」とし、内容を整理すると、このようになりますよね。

A = 2D+O+N =1300
B = 2D+O+2N =1600
C = 2D+N =1000
D = 3D+2O=1000

 この数式を、ただひたすらにじっくりじっくりと眺める。するとなんということでしょう。前回は真っ先に落選した「D」のお得さが、見れば見るほどに存在感を増してくるんです。
 ポイントはやはり「3D」の部分。だって前回、「1時間だとドリンクは3杯がちょうどいい」という学びがあったじゃないですか。ということは、その他のコースを頼めば、自動的に飲み放題の+200円が加算されることになる。さっきはかっこつけて「チップ」なんて言ったけど、払わなくていいというなら、それはやぶさかではない。というかよくよく考えると、お酒3杯につまみ2品で1000円って、設定ぶっ壊れてないすか? そうか、Dだったんだ! 安楽亭のちょい飲みセットで選ぶべきは!
 この時点で僕の頭のなかには、あるもうひとつの計画が動きはじめていました。それは「Dに単品で好きなものを1品追加するのが最強なのでは?」というもの。
 そこでグランドメニューを見ると、肉皿はもちろん、それ以外にも魅惑の品がいくらでも見つかります。海鮮コーナーの「イイダコくるりん焼き」(429円)、野菜コーナーの「焼き野菜盛合せ」(539円)、牛以外のコーナーの「ソーセージ」(308円)、主食系の「石焼ビビンバ」(869円)、「カルビクッパ」(869円)、「ユッケジャンラーメン」(759円)などなど。数えあげればきりがないんですが、とにかくこういうものをひとつ頼んだって、プラス1000円でお酒3杯とおつまみおつまみ2品までついてくるのがDコースのすごいところなんですよ! つまり数式に代入するとこうなります(学校で数学を習ったのが昔すぎて、すべて薄い記憶のイメージだけで語っていますが)。

D’ = 3D+2O+T= ∞

 ちなみにこの場合、Tは(追加、単品)を指し、∞は価格ではなく(可能性)を指しています。

証明! D+T= ∞

 と、話がだんだんよくわからないモードに突入しはじめましたが、とにかく僕には、この数式が正しいかどうかを証明する義務がある。もう一度、安楽亭へ行かねばなるまいて……。

来ました

 はい。来ました。すぐに来ました。すでにおなじみとなったちょい飲みメニューをあらためてくまなく眺める。
 まずコースは、迷いなくD。ドリンクの1杯目は、迷いなく生。そしてつまみは……検討に検討を重ねた結果、「コク旨!ネギキムチ」と「ぶっかけ海苔ごはん」だな。

Dセット到着

 なにはともあれ、まずは生ビールでのどを潤しましょう。ごくごくごくっ……あ〜! 焼肉屋の生ビールって、なんだか妙にうまいですよね。別にまだ焼肉食ってもいないうちから。

神々しい

 そしたら始めていきましょう。実は、どういうものかよくわかっていなかった、ぶっかけ海苔ごはん。ですが、ふつうの白メシではなくて、海苔でなんらかのアレンジが加えられたものであることは想像に難くありません。はたしてそのとおり。お茶碗に盛られたごはんにごま油がかかり、ちぎられた韓国海苔がたっぷりとのった一品でした。
 よし、狙いどおり! つまりどういうことか。おつまみのラインナップのなかでも、なるべくちびちびとつまめて長持ちするものを選びたかった僕は、この海苔ごはんそのものをつまみにしてやろうと考えたわけですね。ネギキムチを選んだ理由も同様。この2皿だけで、1時間余裕でいける! よし、いけるいける! 

卓上調味料の「ヤンニム」や「コチュジャン」を加えると、もはや小粋なおつまみ

 そしてそして! ここで今日の僕の「T」、つまり単品追加メニューを大発表したいと思います。それが、安楽亭の看板メニューであり超王道の「ファミリーカルビ」! ファミリーの部分の意味はわからないのですが、とにかくリーズナブルで量もたっぷりで、脂もたっぷりのわんぱくなお肉。

「ファミリーカルビ」(539円)

 つまりこれにより、Dコースの「焼肉屋なのに肉がない」問題をクリアしたというわけですね。あとはもう、都合3杯頼めるお酒と、海苔ごはん、ネギキムチ、カルビを堪能するのみだ!

ジューッ!

 カルビを網にのせたとたん、景気よく燃えあがる炎。これなんだよな〜、家とは違う焼肉屋の魅力。直火でガンガンに炙られた香ばしい焦げ目と、煙の香りのアクセント。あっという間に焼けた熱々の肉をジュッと焼肉のたれにつけ、ぱくりとほおばる。瞬時に口いっぱいにあふれだすジューシーな脂! 牛肉の旨味! よ〜く味わったのちにそれを洗い流す、生ビールのうまさ! 最高〜!

なんなんだろうね、焼肉ってのはしかし

 もちろん、上部の1/3ほどをつまみにしてしまい、ほんのりとごま油風味のただのごはんになった、元海苔ごはん。彼には、“肉の伴侶”としての第2の人生、いや米生を送ってもらいます。いや〜、カルビ焼肉と白米の相性ってさ、ぶっちゃけ、カレーとライスの相性にすら肉薄してますよね? ……もはやテンション上がりすぎて、なに言ってるかわかんなかったらすみません。

ノーベル美味しいで賞

 ファミリーカルビは大ぶりの肉が5枚。加えて、ちびちびとつまめるネギキムチもある。前回の訪問にも増して、心に余裕のある飲みになっている気がする。やっぱりあの数式は間違っていなかったんだ!
 というわけで、2杯目はハイボールを注文し、刻みねぎがたっぷりのったお宝肉をじっくりと焼いたりしながら、じんわりと、ひとり焼肉飲みの、そして、自分の提唱した数式が間違っていなかったことの喜びを噛みしめます。

「ハイボール」
ねぎたっぷりのお宝カルビ

 そしたらいよいよ大フィナーレ。残り1/3ほどになったほんのりごま油風味のごはんに、残ったネギキムチ、カルビ1枚、自家製ラー油っぽい調味料であるヤンニムをどさどさとのせてゆき、それを一気にかき混ぜちゃう!

残ったメンバーを一致団結させて
よ〜くかき混ぜれば

 これが! あなた、ちょっと聞いてくださいよ。あ、ここまで長々と話につきあってくれてる時点で、聞いてるか。とにかく、あのですね、これがあなた、もうね、専門店の絶品ビビンバそのものの味なんですよ! 「ちょっとひと工夫で、それっぽい〜」みたいな話じゃない。超〜絶品の、ビビンバそのもの!(と、断言することで自分にも言い聞かせています)
 最終的に誕生してしまったこいつをスプーンでちみちみつまみつつ、残り1杯のお酒として頼んだチューハイをぐびりぐびり。今、僕の心を満たしているのは心地よい満腹感と、満足感。そして、それ以上の、達成感。顔も知らない安楽亭の社長さんの、「パリッコさん、よく、そこまでたどり着きましたね……」という声が、脳内に直接聞こえてきます。

チューハイごしの炎が美しい

 ……なんだか今回、ずいぶんと熱くなってしまいましたが、以上が僕なりの、安楽亭ちょい飲みセット体験記。
 ふり返ってみればあら不思議。Aセット(2ドリンク+おつまみ1品+肉1皿)に飲み放題をつけた1500円とほぼ同じ価格、正確には税込み1539円で、お酒3杯と、キムチと、海苔ごはんと、焼肉と、シメのビビンバまでをも堪能できてしまったというわけで。
 最後に念のため、僕が今回提唱、証明した数式をもっともシンプルな形で記しておきますね。

D+T= ∞(Dセットに単品を追加で無限の可能性)

 あくまで安楽亭でしか使えない数式ですが、こんどの試験に出ますので、メモを忘れないようにしてくださいね。
 あ、あと、さっきお会計が1539円だったと言いましたが、安楽亭さん、行くたびに割引券をくれるので、実際払った金額はもっとリーズナブルだったこともお伝えしておきます。

1500円以上で10%割引というちょうど良さ


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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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