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「富士そば」朝飲み大満喫コース|パリッコの「つつまし酒」#194

「富士そば」飲みの真髄

 ついに気づいてしまったんです。「富士そば」飲みの真髄は、“朝飲み”にあり、という真実に。
 あ、語りだす前にまずお断りしておきますが、富士そばとは、主に東京都内と関東地方を中心に店舗展開する、ローカル立ち食いそばチェーン。また、今回僕がご紹介する「モーニングサービス」や、アルコール類の提供のないお店もあることでしょう。つまり、この記事を読んですぐにまねしてみようとしても、できないという方のほうが多いであろうということ。じゃあ、時間や交通費をかけてでも遠方から足を運ぶ価値があるかというと……いや、もちろん「ないです!」とは言いませんよ。個人的に、大大大好きな富士そばだもん。だけどあくまでも、いわゆるごく普通の立ち食いそば屋さん。なので、「近くに寄ったついでに」くらいに考えておいたほうが無難かもしれません。むしろ、ご近所でできる、みなさんなりの朝飲み、みなさんなりの富士そばを探してもらったほうがいいかもしれません。
 それでも僕は、はっきりとこう言いたい。富士そば朝飲み最高! と。

徹夜明けの朝

 先日、久々に仕事で徹夜をしてしまいました。正確には徹夜っていうか、翌日の朝までにはなにがなんでも書いてしまわないといけない原稿が数本あり、夜の9時から3時間ほど仮眠をとって、そこから朝までぶっ続けで仕事をしていたという流れ。わかってるんです。睡眠こそ健康の源。もういい歳なんだし、こんな働きかたは絶対に良くない。それはわかってる。けれども、ついついその日やるべきことを翌日に回して、酒を飲んでしまったりすることも多い僕。どうしても数ヶ月に一度くらい、こういう日が出てきてしまうんですよね。
 朝、ぎりっぎりのところでなんとか編集者さんたちに原稿を送信し、娘を保育園へ送る。8時半ごろに、ついにひとまずひと段落となりました。はぁ〜疲れた……。疲れ果てた……。そして、腹減った。あ、そうだ! 今おれ、めっちゃ腹減ってる!
 ふだん朝食はとらない生活を送っているんですが、夜中に原稿書いてる間、そういえばお腹がグーグー鳴りまくっていた。っていうか、起きてからの時間を考えたら、感覚的にはもう夕方とさえ言える。なんか食おう。そんで、ついでに一杯やっちゃおう。朝だけど夕方だし。それでしばし仮眠をとってから、ふたたび真人間としての生活を再開することにしよう。そうしよう。
 さてなにを食べようか。もはや、自分で料理をする気力は残っていません。っていうかあれだ。だしの効いた醤油味のつゆに、油っこいかき揚げがのった、僕の大好物、立ち食いそばのかき揚げそば。今、無性に、あれをこう、ずるずるズズズとすすりたい。思い立ったらどうしても、もうそれしか食べたくない。よし、駅前の富士そばへ行こう!

「名代 富士そば 石神井公園店」
「モーニングサービス」の看板

 到着した富士そばは、ちょうど「モーニングサービス」の時間帯。そういえば、こういう時間に富士そばに来る機会もすっかりなくなっていたけど、会社員時代はよく、この「朝天玉」を朝ごはんに食べてたよなぁ。そばにねぎとわかめがのって、半熟玉子がのって、さらに、ハーフサイズのかき揚げがのっている。このハーフサイズってところが朝にちょうどよくて、しかも105円お得な440円。いいないいな。朝天玉っていいな。久しぶりに食べちゃおっかな〜。と、思いつつも、念のため、これまで一度も頼んだ記憶のない、朝天玉以外のモーニングメニューも眺めてみます。すると、「朝カレーセット」が、なんと175円もお得と書いてある。内容は、ミニそば、ミニカレー、温泉玉子、おひたし。え? そばもカレーも食べられるの!? 想定にはまったくなかったけれど、がぜんカレーも食べたくなってきたぞ。それにそうだ。今はなんていうかこう、朝天玉の「ハーフサイズのかき揚げがちょうどいいんだよな〜」ってモードじゃなくて、カロリーなど一切気にせず、欲望のままにがっつがっつと、好きなものをむさぼり食いたい気分なんだよな。よし、これとビールにしよう!

天啓の正体

 さっそく入店し、券売機で2枚の食券を買います。すると驚きましたね。うしろに並んでいたおじさんが、僕にこう話しかけるんですよ。
「かき揚げ単品も注文なさい」と。
 え? と思ってふり返ってみると、そこにはおじさんなどいない。つまり俗に言う「天啓」というやつだったんです。もちろん天の声に素直に従い、かき揚げの単品も追加。席を確保し、スピーディーに調理されたセット一式を受け取ることができました。

パリッコ流「富士そば朝飲み完璧セット」

 朝カレーセットが450円、ジョッキつきが嬉しい缶ビールが390円、かき揚げの単品が150円。締めて合計990円。こんなにも壮観な景色を目の当たりにできて、1000円でおつりが来てしまう驚異。

朝ビール!

 いざ、このうえない解放感のなかでの富士そば朝飲み、始めさせていただきます。ぐっとジョッキを持ち上げ口もとへ持っていって、ぐびっぐびっぐびっ……っぷはぁ〜! なんだこの、ヒーリングパワーに満ちた液体!
 続いて、まずはかけそば状態のそばを、ズズズとすすってみる。あぁ、これこれ。日本人である自分のDNAの、その溝のすみずみにまで浸透する、安心感しかない味。たまらん。さてカレーはどうだ? おぉ、へ〜、富士そばのカレーってそんなに食べたことなかったけど、甘めの素朴味でいいですね。僕の好きなタイプだ。

シンプルかけそば
シンプルカレーライス

 またね、さも「私は付き添いですから」みたいな顔でちょこんといる、ほうれん草のおひたしの存在感がいいんだ。しっかりと量もあって、かつお節たっぷり。そこに醤油と七味をかければ、単体でもかなり頼りになるおつまみの一品ですよ。

しみじみうまい

 そば、カレー、おひたしをひとしきり堪能したらば、いよいよ後半戦。つまり、先ほど受けた天啓の正体を明らかにする時間帯。
 僕の手は、お皿の上のかき揚げを自然と半分に割っていました。そしてその片方をそばの上へ、もう片方をカレーの上へ。さらに温泉玉子。これも、スプーンで割って半分にし、それぞれの上へ。
 ……もう、おわかりでしょう。
 今、僕の目の前に広がっているのは、奇跡の光景。そう、さっきまで「かけそば」と「カレーライス」でしかなかった料理たちが、それぞれに「天玉そば」と「天玉カレー」に進化しているのです!

天玉そば!
天玉カレー!

 どういうカラクリ? 魔法? 錬金術? いや、正解は、「富士そば」。富士そばの朝カレーセットと、単品かき揚げ。

神々しいまでの光景

 もうね、これ! 今まさに、こういうものが食べたかった! という、その最適解が目の前に並んでるんですよ。
 天玉そばのうまさをご存知の方は多いでしょう。時間の経過とともにもろもろと崩れゆくかき揚げの油がキラキラと輝く、つゆのうまさ。そのつゆと、まだサクサク部分も残るかき揚げと、立ち食いそばならではのちょいボソ麺の絡まるうまさ。それをまったりとしたまろやかさで包みこむ、半熟玉子の母性。
 ところで、天玉カレーがまたいいんですよ。これ、僕はたまにやるんですけど、立ち食いそば屋ならではの組み合わせですよね。しかも、立ち食い系のなかでも、揚げたての天ぷらにこだわりのあるようなお店が出している、超豪華立体的ジューシーかき揚げみたいなやつ、あるじゃないですか。あれって実は、カレーライスに対してはちょっと過剰なんですよ。味がしつこくなりすぎる。そこへいくと富士そばのこの、揚げおきちょいフニャタイプは、素朴なカレーライスにばっちりなんだよな〜! そこに天玉の母性だもん。これ以上うまいものが、この世に他にありますか? ってなもんだ。まったくもう。

ベストマッチ賞

 この2皿を交互に食べては、ぐびっとビールを飲む朝。こりゃあたまらん。まさに、富士そば飲みの真髄を見たり! という気分。
 加えてもう一点。夢中で食べきったあとに気がついたことがあります。このセット、そばもカレーもそれぞれハーフサイズなので、「た、食べすぎた……苦しい……」と後悔するほどではないのがまたいいんですよね。ぴったりちょうど、腹十分目。
 まぁ、こんなことを毎日くり返していると、人間がダメになってしまうであろうことは明白。これからも富士そば朝飲みは、徹夜明けだけのお楽しみにしておこうかな。
(次回は2月3日更新です)


つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方
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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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