骨せんべい道|パリッコの「つつまし酒」#231
呼ばれたというか
突然、開眼してしまったんです。あるおつまみの魅力に。長年酒飲みをやってますが、まだまだあるんですね、こういうこと。
あれはしばらく前のこと、僕は大好きな酒場、新宿の「よしだ海岸」で飲んでいました。そこ、店内の壁一面に無数の短冊メニューが貼られ、卓上のレギュラーメニューもめちゃくちゃ種類豊富で、飲みに行くたび、あれも食べたいこれも食べたいと迷っちゃってどうしようもないんですよね。
ね? すごいでしょ。で、値段もよく見てみてくださいよ。超〜リーズナブルでしょう。料理のジャンルも幅広く、すみからすみまで魅力的で、こんなの誰だって迷っちゃうでしょう。
その日も、まず頼んだホッピーセットをちびちびやりつつ、う〜んう〜んと悩んでいたんですけども、ある瞬間、なぜだかぐぐぐっと、あるメニューの文字だけが、浮き上がって見えてきたんです。ご想像どおり、それが「骨センベー」だったという話なんですけどもね。
お時間のある方は今一度、さっきの卓上メニューを眺めてみてもらえません? そして、できればリアルにこの店に来たことを想像して、自分なら何を頼むかな〜と考えてみてもらえません? 第一候補に上がります? 骨せんべい。っていうか、見つかります? 正解は、左から2列目の上から4行目。とにかく、なぜかその日の僕は、骨せんべいを頼まざるをえなかったんです。骨せんべいに呼ばれたというか。
こんなにいいもんだったっけ!?
で、数分後にやってきたのがこれ。
その日からもう、骨せんべいのとりこですよ。
まず、素直に美味しすぎた。揚げたてのパリさく食感が楽しく、噛めば噛むほど広がる魚の旨味と、香ばしさと、絶妙な塩気のハーモニーが、素晴らしいとしか言えない。骨も当然美味しいけど、そのままカシャっと食べられる頭もうまい。骨よりさらに旨味が濃くて、ほろ苦さもあって。
今までの人生で、そりゃあ何度か食べた記憶はあるけれど、そこまで自分のモードとハマっていなかったんでしょうね。こんなにいいもんだったっけ!? と、いたく感動してしまったんです。
さらに骨せんべいの良さは考えれば考えるほどあって、まず、揚げものとはいえ衣をつけているわけではないから、重くない。さらに、味の満足度は高いのに体積は少ないから、胃の残り容量をあまり圧迫しない。これ、酒のつまみとしてかなり高ポイント。
また、お刺身やその他魚料理を作る際に余った素材なので、たいていはお値段が安い。サービスメニュー。しかもですよ、面倒だからと捨ててしまうお店だって多いだろうに、わざわざ手間をかけて出してくれていることから、お店の方の人柄の良さまでもが伝わってきてしまいます。あとそもそも、骨が出るということは、お店で魚を仕入れて魚をさばいている証拠でもあり、その骨せんべいの仕上がりが美しいということは、料理の腕が確かだという証拠でもある。
つまり、酒場におけるこんな法則すらも見えてきます。
「骨せんべいがある店は、いい店」
実際、そんなに頻繁に出合うメニューではないんですよね。それ以来、お店で食べられたのは、今のところ地元石神井公園の「とおるちゃん」だけだし。
こちらは400円で、でっかいアジの骨が5匹ぶん! あまりに美味しくて、おかわりまでしてしまいました。
そしてまた、とおるちゃんも、魚介類がうまい名店。ほら、さっきの法則がちゃ〜んと当てはまるじゃないですか。
人生に新たなる目標が
こうなってくるともっと気軽に、それこそ晩酌でも骨せんべいをつまみにしたくなってきます。そんなことを考えながらスーパーに寄ったある日、なんとも興味深い商品を発見してしまいました。
なんと、いわし、かわはぎ、きす、舌平目の、ずばり骨せんべいそのもののスナック!
これ、4種類の魚それぞれに食感の違いがかなりあり、味わいにも特徴があり、ものすごくいいおつまみです。300円ちょっとの値段で、量もかなり入っているし(写真は袋の中身のほんの一部をお皿に出しただけ)。
なにより、夕方くらいに仕事が終わって、夜の本晩酌の前に、軽く一杯やっちゃおうかな、なんてとき、すぐに骨せんべいで飲みはじめられるなんて、こんなに嬉しいことはない。なんか体にもよさそうだし。
ただ一点、こういう加工品だからしかたないのでしょうが、みりん干し系のけっこう甘い味がついているんですよね。なので、酒場の塩味骨せんべいとは別もの。今後も買うだろうけれども、あの純粋骨せんべい欲を満たすための商品ではないかなと。
どうしようかな〜。もう思いきって……作るか! 自分で!
スーパーでアジを買ってきました。旬だからか丸々太ってサイズも大きく、しかもお手頃。骨が欲しいので当然丸ごと1匹が必要だったわけですが、きちんとわたは抜いてくれてあるという、もはや骨せんべいのためにあるような商品。さしでがましいようですが、パッケージに、「骨せんべいに!」というシールも貼っておいたほうがいいんじゃないでしょうか? いなげやさん。
では、さっそくこのアジをさばいていきましょう。魚さばき、過去に何度かチャレンジしたものの、けっきょく利便性に負けて加工された商品を買うようになってしまったので、はっきり言ってヘタです。ものすご〜く不恰好になってしまいました。が、なんとかメイン食材の「頭と骨」を切り出すことはできました。
そして、おまけ食材であるほうの「身」は、みそや薬味と叩いて「なめろう」にでもしておきましょう。
ちなみに僕、アジの刺身やたたきがお手頃に売られていたりすると、家でよく作るんです。雑なアジなめろう。これがどう作っても美味しくて、いいつまみになる。
今回は、アジ1匹ぶんなのでものすごい量ができてしまったのと、一応写真を撮るので、盛り付けも意識してみたんですが、だめですね。ちゃんと見本を確認してからにしないと。確かこんな感じだったよな? と整形し、なんとなく中央に線を入れてみたんですが、これじゃあただの、たらこくちびる! こういう場合は、中央のラインから、さらに何本か斜めにラインを入れて、木の葉を模すんだよ。おれよ。
ただ、味はもちろん抜群で、というか、刺身パックで作るよりも圧倒的に美味しく、たまらず晩酌を始めてしまいました。
ちなみに、骨せんべいのレシピを調べてみたところ、まず、塩をして15分くらい置いておき、出てきた水気をキッチンペーパーなどで拭く。それを、少し低めの160〜170℃の油でじっくり10分くらい、たまに上下を返しながら揚げる。最後に高温にして、きつね色になったら完成。という感じ。
下ごしらえの済んだアジの骨をいよいよ揚げていきます。
で、ついに完成したわけですが、アジをさばき終わってからここまでにかかった時間、約30分。さばいたり大量に出る洗いものを洗ったりする時間も含めたら、なんだかんだで4、50分。かなりの労力。それでいて、できた骨せんべいがこちら。
冒頭のお店のものと比べると、悲しくて泣けてくるくらいに貧相な見た目です。あらためて、料理人さんの腕前ってすごいなと。骨せんべいはお店で食べるに限るなと。実感しましたよね。
せっかく用意しておいたビールも、骨を揚げている間になめろうをつまみにうっかり飲みつくしてしまいました。なので、いつもどおりのプレーンチューハイを用意して、なんだか少しテンションが上がらないけど、一応食べてみますか。生まれて初めての自作骨せんべい。
どうなんだろうな〜……焦げ焦げで苦かったりしたらやだな……もしくは、まだガチガチに硬かったりとかしても……。
という心配は、なんと杞憂に終わり! 見た目はこんなですが、味のほうはお店に負けず劣らずの絶品! さっくさくで旨味濃厚。チューハイにももちろん合い、あっという間に食べ終えてしまう量なのが悲しくなるくらい。
と、結果的に大満足だったけど、労力を考えると家で頻繁に作る気になるかは微妙なところ。あ、夕食が焼き魚だったときに、今までは捨ててしまっていた残った骨を揚げるというのはありかもしれないな。
それはそれとして今回、僕の人生に以下の目標が追加されました。
いつか骨せんべいを美しく作れる人間になりたい!