ハイパーきのこ鍋|パリッコの「つつまし酒」#241
ラズウェル細木先生発案の
「スーパーきのこ鍋」をごぞんじでしょうか?
なにやらすごい名前だなと。きっと庶民には一生手の届かないような高級料理なんだろうなと。思ってしまうかもしれませんが、さにあらず。
これ、酒飲みのバイブル的漫画『酒のほそ道』の作者、ラズウェル細木先生が提唱した、スーパーで売られている数種類のきのこを使った、きのこが主役の鍋のこと。しめじ、まいたけ、えのき、エリンギ、なめこ、しいたけなどの定番はもちろん、近年は、ひらたけとか、あわびたけとか、はなびらたけとか、大黒本しめじとか、さまざまなきのこが気軽に手に入るようになりましたよね。それらを欲望のおもむくままに買ってきて、だし昆布を敷いた鍋にほうりこむ。あとは、きのこが煮えたそばからぽん酢醤油につけて食べる。七味や柚子胡椒、青ねぎなどの薬味があればなお良しで、ラズ先生のおすすめは大根おろし。あくまできのこが主役なので、水炊きのように具材を増やすことは推奨されておらず、それでもきのこだけだと寂しいならば、少々の野菜や、鶏肉、タラなどの白身魚を加えるくらい。といったところが基本の、各種のきのこから出る複雑な旨味の融合がたまらない、まぁ、気軽な鍋なんです。
とか言っておいて、すみません。実はまだ僕、それを実際に作ったことがなくて……。いや、美味しそうだなとは思うんですが、ラズ先生が提唱する酒のつまみに良さそうなメニューが多すぎて、作るのが追いつかないんですよね。今年の冬こそ、やってみようと思っている次第で。
きのこ天国、秋田
話は変わって先日、生まれて初めて秋田県を訪れる機会がありました。縁あって参加させてもらった2泊3日のツアー旅行だったのですが、自由時間もところどころにあり。
そのなかで、マタギの里としても知られる、北秋田市の阿仁合駅周辺で、しばらくの空きタイミングがあったんですね。近隣には各種資料館などの文化施設もいくつかあったのですが、僕が興味があるのは、やっぱり地元の方々が暮らす街の雰囲気。そこで、少々寂しくはありつつも、ちらほらと個人商店のある、駅周辺の商店街を散策してみることにしました。すると、1軒の気になるお店を発見。
こちら、店主のおばあさまがやっている、いわゆるオールドスクールコンビニエンスストアー的なお店。ただし、実はそこに秋田を代表する名物のひとつがあって、それが店主さんが作る、馬肉、馬ホルモン、馬スジ肉の煮つけ。僕も1パック600円(税込)のスジ肉をひとつ、宿で飲むとき用のおつまみに買ってみたんですが、これがぷりぷり、とろとろ、むちむち食感と深い旨味の絶品で……。
ところで、その平山商店の棚で見た、未知のきのこがありました。それを何気なく写真に撮らせてもらっていたんです。
名称の欄には「ねずみきのこ(銀茸)」とあり、1パックが、なんと馬スジ煮の倍の1200円。へー、こういうものもあるんだなー、なんて思いつつ、スルーしてしまったんですよね。ところが宿に帰ってふと気になり、名前を検索してみると、これが「シモフリシメジ」とも呼ばれる、ものすごく希少な、基本的に一般流通のないきのこらしい。一説によれば、松茸よりうまいという人もいるらしい。
わー! 食べてみたい! 今すぐ戻って買いにいきたいけど、行程が決まっているツアーなので戻れない。なんであの時、もっとセンサーをはりめぐらし、買っておくという判断ができなかったんだろうか。この経験は、僕の秋田道中に多大なる影響を残したのでした。
ところで、ツアー旅行といえば定番の立ち寄りスポットが物産館。今回の旅でも数カ所に寄ったのですが、最終日の帰り道に訪れた「道の駅たかのす 大太鼓の里 ぶっさん館」で、僕のテンションがぶち上がる出会いがあったんです。それがそう、きのこ。残念ながらねずみきのこはなかったものの、いくつかの、どう見ても野趣あふれる、いまだかつて名前を聞いたことのないきのこが販売されていたんですよね。そりゃあ買うでしょう。買いまくるでしょう。ねずみきのこ事件のリバウンドですよ。しかも、それぞれがめちゃくちゃ安い。ラインナップは以下の3種類でした。
・赤もだし(300円)
・ムキタケ(300円)
・紫しめじ(450円)
正直言って、なにがなんだかわからない。が、どれも“山からとってきました”感丸出しで美味しそう。ひとまず家に持ち帰って冷蔵庫にしまい、翌朝、ひとつひとつをWEBで検索してみます。すると、それぞれこんな特徴があるよう。
栗の木によく生え、また傘が栗色なので、栗茸とも呼ばれる。しゃきしゃきとした食感で良いだしが出、さまざまな料理におすすめ。里山の雑木林で出会えるので、きのこ狩りでも人気。
秋田のブナやミズナラ林でよくとれる、山間地方を代表するきのこ。表皮の下がゼラチン質になっていて、皮がつるりと簡単にむけることがその名の由来。
桜の木のある雑木林などの落ち葉の上に、きれいな円(菌輪)を描くように群生するきのこ。日本ではなじみがないものの、欧州ではポピュラーで、このきのこが生えている様子を、妖精たちが輪になって踊った跡にたとえ「フェアリーリング」と呼ぶのだとか。
どれも晩秋にとれ、激レアというわけではないけれど、とはいえ一般流通をするものではなく、実際に土地を訪れたからこそゲットできたきのこたち。それぞれがどんな味なのか、ものすご〜く気になる!
もうおわかりですね? 今回は、スーパーきのこ鍋すらも作ったことのない僕が、生意気にも、これら秋田産の地きのこたちをぜんぶ使った、いわば“ハイパーきのこ鍋”を作って味わってしまおうというわけです。
その味わいは想像をはるかに超えて
と、その前に、3種のきのこたちのシンプルな味わいが気になりますよね。それぞれを少しずつ、クセのない米油と控えめの醤油でソテーにし、味見してみましょう。
いや〜、道の駅でお手頃なきのこを買ってきて焼いただけなんですが、こんなにもぜいたくな家庭料理も珍しい。さっそくいただきます!
まずは、赤もだし。なるほど、ぷりぷりでジューシーで、おなじみしめじの味や食感をう〜んと濃くした感じでしょうか? なぜかほのかに、海老などの甲殻類っぽいような旨味を感じる気もします。
続いてムキタケ。柔らかくもあり、しかししゃきっとした歯ごたえもあって、味わいは、高貴なしいたけ、という感じかな? 普段食べているきのこには感じたことのないほんのりとした苦味があり、それもいいアクセント。
最後は紫しめじ。焼く前は、きのこ特有の良い香りとともに、不思議と柚子胡椒っぽいような香りがしたのですが、焼いたらそれはなくなりましたね。火を通した紫しめじの特徴はなにより、肉厚なのにとろりととろけるその食感。ほのかな土っぽさがありつつ、力強い旨味があって、個人的には3種類のなかでいちばん好きかもしれない。
では! いよいよ作っていきましょう。ハイパーきのこ鍋。といっても作りかたはいたって簡単。今回は、昆布ときのこたちに加え、僕の大好きな鍋食材である長ねぎと豆腐も加えていきたいと思います。
ぐつぐつと煮えたら、もう完成。
驚いたのは、きのこ意外に色の出る食材なんて入れていないのに、早々に全体が、ものすご〜く濃い黄金色のスープになったこと。それをひと口すすってみると、塩気を足す前からもう旨味のバーゲンセールって感じで、ちょっと衝撃体験すぎます。
では、3種のきのこをぽん酢にとって、ひとつずつ味わっていきましょう。うわ〜、さっきのソテーも良かったけど、やっぱりぜんぶ入れの鍋。その相乗効果が、すごすぎます……。あつあつとろとろしゃきしゃききのこたちが、それぞれに度を超えたうまさ。また、その旨味を吸った豆腐やねぎがこれまたもう……。
で、ですよ。僕は無類の豚ばら肉好きであります。これから、この究極ハイパーな味わいのきのこ鍋で、豚しゃぶをしてしまおうと思います。えぇ、自分でもわかっています。相当に罰当たりなことをしようとしていることは。
するとこれがもー!!! すると、これが、もーーー!!!
あんまりこざかしい感想を述べても安っぽくなるだけだと思うので、その時僕が走り書きしていた感想メモから一部を抜粋しますと、「このために1年仕事をがんばりたい」「ちょっといい店だったら1万円で出してる」「どっか山奥の宿で食べたら一生語りつぐレベル」「もはや漫画『トリコ』の世界」「ごめんなさい」と、伝わるようで伝わらないようでやっぱり伝わる、語彙力崩壊気味の文字列が並んでいました。つまり、最っっっ強にうまかった! ってこと。
きのこがたっぷりなので、この日はシメまでたどり着かずに大満足。あ〜幸せな晩酌だった。秋田の大自然よありがとう。必ずまた行きます!
ところで翌日。3種のきのこのだしが出たスープは、捨てるなんてもってのほかのお宝です。冷蔵保存しておいて、ふたたび鍋に戻し、ハイパーきのこ鍋のシメをつまみに、もう一度飲んでやりましょうよ。
そこで思いつきました。通常、きのこ鍋のシメというと、おじやかうどんあたりが定番でしょう。が、この強烈な旨味が飽和した汁。がつんとした中華麺こそが合うんじゃないだろうか? と。
しかも、ラズ先生の教えを守るのも昨日まで。今日はここに、冷蔵庫に余っていた鶏の手羽元や牡蠣醤油などを加え、さらに旨味爆増計画。ラストだし、やりたい放題やってしまいましょうよ。
というわけで完成した「ハイパーきのこ鍋ラーメン」。
ここまでくると、感想など述べるほうが野暮だとは思いますが、シンプルにひと言だけ。
とってもとっても、と〜っても美味しかったです!