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チャールズ・ブコウスキー『郵便局』(都甲幸治 訳)|馬場紀衣の読書の森 vol.4

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少女、と呼ばれるような年齢のころにチャールズ・ブコウスキーに出合っていなくて、ほんとうに良かったと思う。アメリカ文学を読みだしてから、わたしが『郵便局』に出合うまでにはかなりの時間があった。でも、こういう力強い文章の小説は、いっぺんに読んではいけないな、と思う。なぜなら、作者が結末まで読者を離してくれないから。少しずつにしないと、最後のページをめくり終えたあとにやってくる、どっとした疲労感に後悔することになる。

現代アメリカを代表するチャールズ・ブコウスキーは酒とタバコを愛した男である。そして、実際に正規の郵便局員でもあったらしい。放浪生活に明け暮れ、郵便局に勤めるかたわら、詩集を出版したり、アングラ新聞にコラムを連載したり、小説を書いたりした。生涯に60冊以上もの本を出した、多作のパンク作家だ。

郵便局での仕事はかなり厳しく、そして、目まぐるしい。郵便局に勤める主人公の労働の現実が描かれる『郵便局』には、延々と続く単調な作業場面なんてものは出てこない。主人公にとって重要なのは、日々の生活を生き抜くことであり、困難に打ち勝ち、敵を倒すことだ。もちろん、現実はそんな英雄物語のようにはできていないのだけれど。

「十二時間夜勤して、寝て、食べて、風呂に入って、職場まで往復して、洗濯して、ガソリン代や家賃を払って、タイヤを交換して、やらなきゃならない小さなことを全部こなして、それでも区域なんて憶えられるもんですかね?」

そう訓練室の教官に尋ねる主人公の皮肉のきいた台詞が読んでいて楽しい。だが、仕事のせいで職員たちは皆死にそうな状況だ。主人公もまた多くの困難に見舞われ、日を追うごとに心がすり減っていく。そのうち、体も悲鳴をあげだした。職員たちの末路は「溶けちまうか、太って巨大化」することだ。

「おれはますます目眩がするようになった。目眩がやって来るのがわかった。仕分け箱が回り始める。目眩は一分間続いた。どうしてこうなるのかわからなかった。手紙は一通ごとに重くなっていった。職員たちは死人のように青白く見えた。」

官僚的な職場で働くことの不可解な苦しみと理不尽が、しかし本書ではユーモアたっぷりに描かれる。主人公の直面している問題は現実的だが、その語り口はコメディのような軽さで、笑いに満ちている。ちょっと待って、落ちついて、と言わずにはいられない。あるいは、笑いを交えて語らなくてはならないほど、仕事が辛すぎたのだろうか。状況はかなり最悪。でも、『郵便局』の主人公はやられっぱなしではない。誰にとっても強烈な読書体験になるブコウスキー作品の入り口に、ぴったりの一冊だと思う。

チャールズ・ブコウスキー『郵便局』、都甲幸治訳、光文社古典新訳文庫、2022年。




紀衣いおり(文筆家・ライター)

東京生まれ。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。オタゴ大学を経て筑波大学へ。専門は哲学と宗教学。帰国後、雑誌などに寄稿を始める。エッセイ、書評、歴史、アートなどに関する記事を執筆。身体表現を伴うすべてを愛するライターでもある。

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