田中ひかる『月経と犯罪』|馬場紀衣の読書の森 vol.16
昨今のジェンダー平等やセクシャリティをめぐる議論は、それに対して好意的であれ否定的であれ、無視できないものとなった。ここ数年、生理ムーブメントとでも呼べるような状況が注目を集めているのも変化のひとつだろう。実際、生理中の、あの「イライラ」は月経(生理)についてほとんど知らない男性でさえ知っているのだ。この期間に、落ちこんだり、涙もろくなったり、甘いものが食べたくなったりすることは、もうずっと女性たちの共通認識だった。とはいえ、歴史のうえで生理がどのように語られ、扱われてきたかを知る人はそういないのではないだろうか。
「犯罪における月経要因説」というのがある。たとえ万引きで捕まっても、月経中であることを申告すれば(初犯に限り)注意のみで帰宅を許されるスーパーマーケットもあるらしい。ずいぶんとお手軽な「免罪符」だ。でも、それがどのような意味をもつのか。女性に関するテーマを中心に活動する著者は、綿密なリサーチに基づいて月経と犯罪の関連性を解き明かす。
信じられないような話だけれど、日本の月経禁忌は少なくとも1970年代までは残っていた。当時、月経中の女性は敷居に腰をかけて食事をし、月経が終わると水や湯で身体を清めたという。ケガレを理由に母親に塩をふりかけられ、洗濯をする場所を指定された女性もいる。今日でも、女性を穢れた存在として扱う一部の宗教や伝統文化はある。
月経禁忌の歴史は古い。『旧約聖書』や『クルアーン』には、月経が終わるまでは彼女に触れてはならない、との記述がすでにある。20世紀半ばの文化人類学者マーガレット・ミードは、ポリネシアでは月経期間中の女性はすくなくとも3日間、人目を避けて身を隠さなくてはならないと報告している。
1950年代に入ると、ホルモンを根拠に月経と犯罪を関連づける研究が相次いで発表された。戦後の犯罪論のほとんどは、ホルモンの影響から月経要因説を説明している。これは、犯罪や事故など、反社会的行動を起こした人には、月経前期や月経期であった割合が多いというもので、特筆すべきは、こうした研究で語られる女性犯罪者像が、女性をヒステリックや魔女、毒婦などの単純化した古典的イメージに結ばれ がちなことだろう。一方で、月経が犯罪衝動を引き起こすと信じられていた時代に、それは迷信であり、古代からの心理的傾向による罪悪感や卑屈観こそが女性犯罪に影響を与えるのだと、当時にしては珍しい女性犯罪論を説いた人物がいたことも留意しておきたい。
生理中の女性は皆、イライラしているというのはもはや社会の「常識」だ。とはいえ、こうした偏った月経観は、一面的な女性観につながりやすいと著者は忠告する。女性は「月経に運命づけられ」ていると語る専門家もいる。ただ、今日の日本では月経をコントロールすることができるし、月経とどのように付き合うか、選択肢もふえている。それでも、月経は女性だけが抱える生理現象と捉えられているふしがある。昨今の生理ムーブメントの話題の中心に、ぜひ置いてほしい一冊だ。