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逃げる編集者たち②――エンタメ小説家の失敗学12 by平山瑞穂

光文社新書

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平山さんの最新刊です。

第2章 功を焦ってはならない Ⅵ

〈コラム〉逃げる編集者たち②

「逃げる編集者たち①」はこちら。

 しかし、文芸誌等に掲載されるだけで完結する短篇小説ならどうだろうか。それからも原稿料や挿画等の依頼料などの経費は発生するが、一冊の本を出すことに比べれば微々たるものだ。また、文芸誌なら、単発のコラムや書評などの小さなコーナーもある。

 文芸誌というのは、多くの場合、もうだいぶ前から、それ自体が読まれることはほとんど想定されておらず、ただ作家に一定の報酬(原稿料)を与えながら、本にできるような長篇作品や短編の連作などを書かせるための原稿生産媒体にすぎなくなっている(それもあって、文芸誌はここ一〇年ほどの間に続々と電子化され、コストのかかる紙媒体での刊行が中断されるケースも増えている)。そこで発生した経費は、連載された作品が書籍化されてから、その売り上げによって回収するというビジネスモデルになっているのだ。

 それでも雑誌としての一応の体裁は必要なので、文芸誌には、連載小説以外のそうした小さなコーナーも設けてあることが多い。そしてそのスペースは毎月、実際にそれを読む人がいようがいまいが、だれかが埋めねばならないのである。

 僕はそこに目をつけた。この際、本など出せなくてもいい。そこまで高望みはしない。そのかわり、文芸誌で運がよければ読み切りの短篇を、せめてコラムか書評をときどきでも担当させてもらえれば、その原稿料がわずかながら収入の足しにはなる。仮に、担当編集者以外、誰もそれを読まなかったとしてもかまわない。少額でもとにかくお金になれば、それだけでもありがたいのだ。

 コラムなどの原稿料は、よくてせいぜい三万円程度だが、二〇一〇年代の中盤以降、自分名義の本を出すことがいよいよ困難になってきていた僕は、それすら貴重な収入としてあてにするほど、追いつめられていたのである。

 僕は、かつて担当だった――そしてある時期以降、すっかり没交渉となってしまっていた編集者たちに相次いで連絡を取り、読み切りの短篇か、単発のコラムなどでもいいから、とにかくなにか書かせてもらえないかと交渉しまくった。

 それに応じて、具体的に収入に結びつく便宜を図ってくれたのは、事実上、一人だけだった。その編集者は、その後、自分も編集に携わっている月刊文芸誌(といっても、ページ数の少ないPR誌のようなものだが)に掲載される書評の仕事を、何ヶ月かに一度、僕に回してくれるようになった。

 もちろん中には、そうした文芸誌等の編集にタッチしておらず、僕になにかしら回したしくても回しようがないという立場の人もいた。そういう人のことまで冷淡だと謗るつもりはない。しかし、僕との関わりが薄くなってから、某文芸誌の編集長にまで昇進していた人が、僕の願い入れに対して、「現在、お力になれることは何もありません」とにべもなく門戸を閉ざしてきたときには、さすがにいささか唖然とさせられた。

 僕はなにも、「本を出させてください」などと頼んだわけではない。原稿料二万円かそこらのコラムを、ときどきでいいから担当させてほしいとお願いしただけだ。編集長の立場でその采配すらできないというのを、素直に信じるのはむずかしかった。ほかに理由があるとすれば、とにかく、僕とは関わりたくないということ以外に思い浮かばなかった(一応言っておくが、「うまくいっていた」頃には、その編集者との関係は良好だったし、僕はその人のもとで二作も本を出している)。

 その背景にあるものが、僕に対する嫌悪感などではなく、やはりうしろめたさや心苦しさだったのかもしれないにしても(たぶんそうだと思う)、せめて「今すぐには思い当たりませんが、なにか検討してみます」くらい言えなかったのだろうか。そう言ったら、僕が「検討の結果」を期待してまた連絡してくるから困る、とでも思っていたのか――。

 それでもその人は、メールでの僕の問い合わせに対して、少なくとも応答はしてくれたのだからまだましだ(といっても、実際には、二度催促してやっともらえた返信だったのだが)。メールを何度送っても、いっさい返信してくれなくなってしまう人もいる。それも、一人ではない。そういう形で完全に連絡が途絶えた編集者を、僕は三人知っている。

 なにか事情があったのかもしれない。たとえば、当人がとうに退職しており、メールアカウントだけが削除されずに残っていたというケース。あるいは、なんらかの理由で、僕が送ったメールがすべて「迷惑メール」扱いとなり、本人の目に触れないまま削除されてしまっていたというケース。もうひとつ考えられるのは、当人がメンタル面での問題を起こすなどして、休職していたといったケース。

 最後のパターンに関しては、休職が解かれたらメールも目にするはずなのだが、たとえば「文芸の仕事をしている間にうつ状態になってしまい、復職後は別の部署に転属した」といった事情がある場合、かつての部署の仕事と関わりの深い人物から届いたメールはあえて無視している、ということも考えられる。

 一社会人として、そんな対応がありうるのかと疑問に思うかもしれないが、一人については、実際にそうであったらしいことがあとで判明している。なぜわかったのかというと、同じ出版社にいる別の人物経由で探りを入れたからだ。本来なら、当人に直接、電話で確認すればそれで済む話なのだが、避けられているのかもしれない相手に電話をかけるというのはなかなか勇気のいることであり、苦肉の策としてそういう手段を取ったのである。

 探りを入れて情報を提供してくれたほうの人物とは、それほど深い関わりがあったわけでもないのだが、逆にそれが(相手側にもうしろめたさがあまりないという意味で)よかったのか、彼はその後、某週刊誌の書評欄の担当編集者を紹介してくれるなど、ずいぶんいろいろと便宜を図ってくれた(その週刊誌では、今現在も、ごく小さな枠の書評を、一応は記名記事としてしばしば担当させてもらっている)。

 また彼は、僕のメールに返信をくれなくなってしまった編集者について、「本人に代わってお詫び申し上げますので、そっとしておいてやってください」とひとこと言ってくれた。僕も彼と同じ立場なら、似たようなことを言ったと思う。僕自身には直接の責任がなくても、また経緯はどうあれ、同じ会社の人間としては捨て置けない非礼を、その同僚は働いたと考えるからだ。

 実は、似たような経緯で休職していたということがのちにわかった編集者がもう一人いて、それも同じ版元の別の編集者経由で判明したことなのだが、その人は、連絡が途絶えた当の編集者について、「いっときは休職していましたが、現在はどこそこの部署で元気に働いております」と本人の現況をしれっと伝えてきただけで、同僚が僕に対して犯した不義理をめぐって、謝罪の言葉はひとことも述べなかった。それはそれで、別の意味で唖然とさせられたできごとだった。どうもこの業界には、一般的な社会常識が欠けた人が少なくないような印象がある。

 最終的には僕は、「この際、自分の名前は出なくてもかまわないし、たとえばゴーストライターのような仕事でもいいから、なにかあれば回してほしい」とさらにハードルを下げて方々にかけ合ったのだが、先述の某週刊誌の書評の仕事を除けば、はかばかしい成果には結びつかなかった(僕が現在手がけているライター的な仕事のほとんどは、別の経路で入手したものである)。

 もっともそれについては、弁護の余地もあると思っている。彼らの中には、僕に対する気兼ねもあったのかもしれない。仮にも十数年にわたって、二〇数冊の本を出してきたというキャリアを持つ小説家に、自分の名前も出ないようなライター的な仕事などを回してしまって本当にいいのか、と遠慮するようなところもあり、それが理由で具体的な依頼を出しかねていた可能性もある。

 実際、最近になって、ようやくゴーストライティングの仕事を持ちかけてくれた元担当編集者の一人は、メールの文中で、「こんなことを平山さんにお願いするのは本当に失礼だと恐縮しているのですが……」とくどいくらいに強調していた。「自分の名前は出なくてかまわないので、僕の“書く力”そのものを活用してほしい」とこちらから念押ししていたにもかかわらずだ。

 僕はそのあたりは徹底したリアリストであり、今は自分のプライドよりも何よりも、収入があまりに乏しくて困窮しているこの状態を、とにかくなんとか少しでもましなものにしたいという切実な思いしかないのに、そのニュアンスを正確に理解してもらえていなかったのかもしれないのだ。

 いずれにせよ、やましい思いに駆られる局面からできるだけ距離を取りたいと思うその気持ちもわからなくはないので、彼らのことを一方的に断罪して恨み節を述べるつもりもないのだが、ひとつの事実として、こういうことが言える点は否定できないと思う。――少なくとも文芸の領域で、編集者と呼ばれる人々の多くは、都合が悪くなると、いともあっさりと逃げる。そのことは、ある程度、覚悟しておいたほうがいいだろう。(続く)


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