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DVを正面から描くハリウッドスター競演ドラマ「ビッグ・リトル・ライズ」

光文社新書の永林です。新年度が始まって2週間が過ぎ、子どもたちは新しい環境に少し慣れたころでしょうか。子どもが小さい方にとっては、新しいママ友、パパ友との出会いがある季節でもあります。今回の「ジェンダーで見るヒットドラマ」でご紹介するのは、ニコール・キッドマンやリース・ウィザースプーン、ローラ・ダーンなど(シーズン2にはメリル・ストリープまで!)、世界に名だたるハリウッドスターたちが複雑なママ友模様を演じる「ビッグ・リトル・ライズ」です。アメリカで大きな話題になり、ゴールデングローブ賞やエミー賞を複数受賞したこの超豪華ドラマの凄みは、エンタメ性を追求しながらも、深刻な社会問題を正面から描いているところだ、と治部れんげさんは語ります。

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※以下、治部れんげさんの記事はネタバレを含みます。ドラマ未視聴の方はご注意ください。

セレブママの日常に隠れたDV問題を描く凄み


その夜、私はいつものように「何かおもしろいドラマはないかな……」と、Amazon videoのサイトを彷徨っていました。女性3人の顔の上半分だけが並んでいる少し変わったパッケージ写真に目を止めると、ニコール・キッドマン主演の「ビッグ・リトル・ライズ」でした。キッドマンは映画スターのイメージが強かったので「ドラマにも出るんだ」と少し驚き、クールビューティーをドラマでどう生かすんだろう、というミーハーな関心から見始めました。

舞台はカリフォルニアの住宅地、主な登場人物は母親たちと父親たち、そして子ども達と学校の先生です。イントロでは毎回、海辺の道路を走る車の運転席からの美しい光景が映し出され、目の保養になります。

◆ママを分断する労働時間のライン

初回冒頭から引き込まれたのは、母親同士の心理戦を巧みに描いていたからです。学校のオリエンテーションに向かう母親マデリン(リース・ウィザースプーン)は道中、足をくじいてしまい、居合わせた同じ学校の保護者ジェーン(シャイリーン・ウッドリー)の車に乗せてもらいます。マデリンは、ジェーンがいわゆるキャリアママではないと知ると「主婦のママと知り合えて良かった」と言います。「キャリア優先の人とは分かり合えない」「(彼女たちは)ボードミーティング(役員会)ばかり行ってるから」というマデリンの言葉は、特定の人物に対する批判です。それは、同じ学校の保護者で地元教育委員会委員などを務める成功したワーキングマザーのレナータ(ローラ・ダーン)。実際に、レナータは学校でマデリン達に会うと「ペイパルの役員になったの!」と話しますから、文字通り役員会(ボードミーティング)で忙しい成功したキャリアママです。

ちなみに、学校に向かう車中で、ジェーンが「自分は働いている」と話すとマデリンは「自分も働いているが、パートタイムだ」と述べます。ここでマデリンはパートタイムで働く母親は専業主婦の仲間であり、フルタイムで働くレナータのような母親との間には越えられない一線があるという自分の価値観を明確に示します。

専業ママと働くママの対立は、日本のウェブメディアにも繰り返し書かれています。私自身は対立を煽るコンテンツが好きではありませんが、両者の間に心理的分断がない、とは言えません。

学校では、マデリンとレナータをそれぞれ中心とするママグループができており、初日のオリエンテーションで対立は決定的になります。レナータの娘の首にあざが見つかり、ジェーンの息子がいじめの犯人と名指しされますが、本人は「やっていない」と言います。謝罪を要求するレナータと、息子を守ろうとするジェーン、ジェーンを守ろうとするマデリンのやり取りに緊張が高まっていきます。

このように、子育てを巡るママ達の葛藤と対立をメインテーマに据えつつ、ドラマは子ども達、その配偶者など家族関係を描いていきます。私が本作を見るきっかけになったキッドマン演じるセレステは、元弁護士で現在は専業主婦。金融関係の会社で重役を務める夫と、海を見下ろす邸宅に住む富裕層です。子どもは元気でいたずら好きな双子の男の子、それは絵に描いたように幸せな家庭です。

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マデリンは現在、再婚相手とその間にできた娘、元夫との間にできた高校生の娘と共に暮らしています。シングルマザーとして必死で育てた娘が、思春期になり、自分たちを捨てた元夫とその再婚相手に心を許していることが、マデリンには面白くありません。加えて、元夫が再婚でもうけた女の子は、マデリンと再婚相手の娘と同じ学校で同学年という、ややこしい関係になっています。

ところで、マデリンを演じたウィザースプーンとセレステを演じたキッドマンは、ともにアカデミー主演女優賞を受賞している映画俳優です。プライベートでも親しいこの2人が、原作本に感銘を受けてドラマ化のために奔走しました。FRONT ROW(2017年5月25日付)によれば「第一線で活躍している映画界の大物がテレビドラマに連続出演することは少なく、オスカー女優がダブル主演する『ビッグ・リトル・ライズ~セレブママたちの憂うつ~』はまさに異例作」であり「ドラマを通して、女性の強さや結束力が描かれている」ことが、映画とドラマの枠を超えた、トップスターの共演につながったそうです。

冒頭に示したような、単なるママ同士の就業形態ゆえの対立がテーマであったら、ウィザースプーンとキッドマンのようなスターが出演することはなかったでしょう。本作は、多くの人に分かりやすいママ同士の対立をフックにしつつ、ミステリー要素を絡めて展開します。学校行事の最中に保護者のひとりが死んでしまうのです。被害者は誰なのか。事故なのか他殺なのか。現在の日常シーンと事件当日のシーン、そして警察から取り調べを受けて話をする保護者たちの言葉を重ね合わせながら、物語は進行していきます。

この先、種明かしも含みながら『ビッグ・リトル・ライズ』の凄みを見ていきましょう。

◆深刻な家庭問題ほど見えにくい

実は、このドラマの本当の主題はママ友同士の対立ではなく、女性に対する暴力です。それは日常生活の中に隠されていて、気づく人は少なく、時に本人ですら被害の事実に気づきません。そして、深刻な問題ほど表からは見えにくいという特徴があります。

自分と娘を捨てた元夫と日常的に顔を合わせるマデリンの苛立ちは、比較的分かりやすいものです。彼女は元夫に会うたびに怒りをぶつけます。発散型のマデリンは、腹が立つことがあればすぐ態度に出します。彼女の再婚相手はマデリンの感情を正面から受け止め、時に自分自身のやりきれない思いを口にしますが、彼らの関係は概ね健全です。それは、問題の存在を認識し、感情を表に出しているためです。

一方、完璧に見える結婚生活を送っているセレステは深刻な問題を抱えています。夫のペリーはとても優しく、セレステを「女神のように」崇めていますが、ふとした拍子に怒ると抑制が効かなくなり、彼女に激しい暴力を振るうのです。

たとえば、子育てに関する意見の相違があったとき、ペリーはセレステの腕を、彼女が痛みを感じるほど強くつかみます。ある時は、家事をしているセレステに「子どもを甘やかすな」「ちゃんと片づけさせろ」と小言を言い、反論されると、いったんは自分で玩具を片づけ始めますが、それを彼女の頭にぶちまけます。さらに、彼はセレステの顔をクッションに押し付け窒息させようとします。セレステは夫からの暴力でついたアザを化粧で隠し、美しく完璧な妻/母を演じ続けるのです。

やっかいなのは、セレステが夫の暴力に反撃していることと、その後に夫婦で激しいセックスをしていることです。怒りや暴力が特殊な性的指向の表れなのか、それともドメスティック・バイオレンスなのか、セレステ自身にも判断がついていないため、視聴者も少し混乱した気持ちを抱えたまま、展開を見守ることになります。

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ある時、意を決したセレステはカウンセラーの元へ相談に訪れます。カウンセラーはセレステの置かれた状況が「とても危険」であること、暴力を振るわれて「殺されると思ったことはないですか?」「怖かったでしょう」と話しかけます。言葉は少ないながら、専門家の目で状況を整理していくうち、セレステは自分の置かれた環境が異常だと気づいていくのです。

その一方、セレステはペリーが妻を深く愛する夫であり、子どもにとっては非常に良い父親であると思っています。ペリーは息子たちには暴力を振るわず、よく遊んでいるからです。暴力と幸せな家庭という矛盾に引き裂かれた状態で、セレステは苛立ちをカウンセラーにぶつけます。

このような反応は、自身がDVを経験している方や、身近にサバイバーがいる方は覚えがあるかもしれません。自分が受けている暴力の異常性に最初から気づいている人は、早期に逃げ出したり助けを求めたりすることができます。他方で「自分も悪いのではないか」「相手は自分のためを思って言ってくれている」というように、相手の暴力を受け入れる心理があると、セレステと似たような反応を示すことがあります。

最初は抵抗感を覚えながらカウンセラーとやり取りしていたセレステですが、夫の暴力がエスカレートしていくうちに問題を認め、夫から逃げる準備を始めます。新しく部屋を借り、家具を運び入れていくのです。カウンセラーの言葉は一貫して短く、核心を突いています。ドラマを見ている人の中には現在進行形で親密な関係の中で暴力を受けている人がいるかもしれません。そういう人たちにとって、セレステとカウンセラーとの対話シーンは、何らかの力になるかもしれません。

このドラマには、性暴力を受けた女性も登場します。マデリン、セレステと親しいママ友3人組のひとり、ジェーンです。彼女はシングルマザーで、性暴力によって子どもを身ごもっています。相手はバーで出会ったビジネススーツを着た男性で、ホテルでベッドに入るとジェーンにひどく侮蔑的な言葉を投げつけて去っていきます。顔も名前も知らないこの男と一夜を共にしたことでジェーンは妊娠し、出産後はひとりで子どもを育てています。

人格を否定されるようなセックスで最愛の息子ができたという事実はジェーンを苦しめ続け、繰り返し同じ悪夢を見ます。夢の中で、ジェーンは男を追いかけて海辺を走り、相手に向けて銃をかまえます。

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◆ママたちの分断が連帯に変わるとき

最終回では、いくつか衝撃の事実が明らかになります。まず、レナータの娘を傷つけたのがジェーンの息子ではなく、セレステの双子の息子のうちの一人であったこと。事実を知ったレナータはジェーンに面と向かって謝罪、ここでママ友同士の対立が解消されます。

さらに、この事実を知ったセレステは、自分たち夫婦の不健全な関係を息子が知っていたこと、それが息子の成長に問題をもたらしたことを痛感して、離婚を決意するのです。これは「夫の愛」という心の拠り所を切り捨て、子どもを選択することを意味します。

さらに、ジェーンを辱めた昔の男がセレステの夫・ペリーであったことが判明します。真実が明らかになるシーンで、ペリーはジェーンを全く覚えておらず、自分の犯した酷い行為を思い出しもしません。しかし、ジェーンの凍り付いた表情を見たマデリンとセレステはその事実を瞬時に理解して、「女たちVSペリー」という構図が生まれます。自分の誤解を詫びるために居合わせたレナータとジェーン、マデリン、セレステとペリーが長い階段の踊り場で顔を合わせます。何も知らないペリーは、子どもと共に家を出ようとしている妻を引き留めたくて正気を失っており、セレステにつかみかかります。

4人の女性たちがペリーを止めに入り、乱闘騒ぎになっているところを別の母親・ボニーが目撃し、発作的にペリーを階段から突き落とすのです。この一瞬の出来事には、ボニー自身が「DV家庭出身」で「DVを見て育ったことがトラウマ」という伏線があります。つまり、ペリーの暴力シーンは、ボニーに子ども時代を想起させたというわけです。

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最終回のラストに近いシーンで、全てが明らかになると、これまで存在した母親たちの分断線は消えてしまいます。バリバリ働くママとパートで働くママは、共に子どもを最優先に考えるところが一致しています。ひとりの男性を巡り、複雑な関係にあった母親たちは、共に守るべきもの――ママ友の命と安全――のために闘うことで、長年のわだかまりが消えるのです。母親たちは、海を見下ろす豪邸に住む富裕層であっても、小ぢんまりとした1LDKに住む貧困層であっても、「子ども最優先」というたったひとつの同じ価値観のもとに助け合える。そんな母同士の連帯を伝えているようです。

セレステの夫のペリーは裕福で美しく、社会的にも成功しており、表面的には素晴らしい男性です。しかし、人が見ていないところでは、親しい女性を貶める「忌むべき男性性」を象徴する存在です。立場が大きく違う女性たちが協力して彼を亡きものにするストーリー展開は、女性への暴力に対する制作者と出演者の強い「ノー」の意思表示と言えるでしょう。彼女たちの口裏合わせによって、この件は事故として処理され、ボニーは罪には問われません。

取調室の女性警察官は、マデリン、セレステ、ジェーン、ボニー、レナータ5人の証言を訝しみます。誰をかばっているのか。何のために、同じ話を繰り返すのか。「彼女たちは嘘をついている」と女性警察官が気づく一方で、「証拠はないからもういいよ」とあきらめるのが男性警察官であることも象徴的だと思いました。女性には真実は見える、と言いたいかのようなシーンです。

ラストシーンでは、5人の母親たちとその子ども達が海辺に集まっています。立場を超えた女性の連帯を示すこのシーンに、成人男性の姿はありません。このドラマは明らかに、女性の女性による女性のための作品と言えるでしょう。そして、こういうフィクションが必要とされるくらい、現代社会には、女性に対する隠された暴力がはびこっているのです。

◆ビック・リトル・ライズ(2017年、アメリカ)
出演:ニコール・キッドマン、リース・ウィザースプーンほか。シーズン1~2、各7話。シーズン1はゴールデン・グローブ賞4冠、エミー賞8冠。Amazon prime video他で配信中。

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治部れんげ Jibu Renge/1974年生まれ。1997年、一橋大学法学部卒。日経BP社にて経済誌記者。2006~07年、ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年よりフリージャーナリスト。2018年、一橋大学経営学修士課程修了。メディア・経営・教育とジェンダーやダイバーシティについて執筆。現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。東京大学大学院情報学環客員研究員。東京都男女平等参画審議会委員。豊島区男女共同参画推進会議会長。朝日新聞論壇委員。公益財団法人ジョイセフ理事。一般財団法人女性労働協会評議員。著書に『「男女格差後進国」の衝撃:無意識のジェンダーバイアスを克服する』(小学館)、『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)、『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)等。
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