「デジタル不老不死」は可能か?|高橋昌一郎【第35回】
「マインド・アップロード」!
2020年5月、AmazonがSFのコメディ・ドラマ「Upload(日本語版タイトル:アップロード~デジタルなあの世へようこそ~)」を配信して話題になった。2022年3月に「シーズン2」、2023年10月に「シーズン3」が配信されている。
このドラマの舞台はアメリカの未来社会である。主人公ネイサンは、陰謀によって、事故を起こすはずのない自動運転車の事故で重体になる。彼の恋人イングリッドは、ネイサンの人格や記憶を含む「マインド」をホライズン社のコンピュータに「アップロード」する。死後のネイサンは、ホライズン社が提供する「レイクビュー」と呼ばれる湖畔のリゾート・ホテルで生活するのである。
仮想世界の「レイクビュー」で生活するのは、ネイサンのように「マインド・アップロード」された死者たちであり、その世話をするのは「エンジェル」と呼ばれるホライズン社の社員である。社員は、もちろん現実世界に生きているが、オペレーター・ルームで仮想現実用スーツを着てアバターを送っている。
「地獄の沙汰も金次第」という言葉があるが、「あの世の沙汰も金次第」という設定になっているのがおもしろい。豪華な部屋や食事のレベルに応じてホテルのサービスにはどれも経費が掛かり、それらは現実世界で家族か誰かが支払わなければならない。支払いが滞ると最下層の「2GB」と呼ばれる部屋に送られる。この部屋では現実世界からのデータ転送が毎月2GBに制限されているため、それをオーバーすると、死者はその月末まで仮想世界で「フリーズ」してしまう。
現実世界からのサポートが十分あれば、仮想世界に暮す死者は家族や恋人や友人とテレビ電話で話すことができるし、お互いに仮想現実用スーツを使えば、現実世界の人間と仮想世界の死者が「レイクビュー」で触れ合うこともできる。
さて、この種の「マインド・アップロード」ができれば、それは「デジタル不老不死」を意味する。それが実現可能だというのが著者・渡辺正峰氏の立場である。脳は「右脳」と「左脳」が「脳梁」で繋がれているが、これを切断して分離すると、右脳と左脳でそれぞれ意識が生まれることがわかっている。渡辺氏は、右脳と左脳のニューロンをシリコンチップに置き換える「マシン・ブレーン・インターフェイス」の研究を進めている。この方式が可能になれば、必ずしも死者ばかりでなく、誰でも自分の脳を仮想世界にアップロードできる!
本書で最も驚かされたのは、渡辺氏が「マインド・アップロード」全般に対して非常に楽観的だという点である。この研究姿勢は「サイバネティクス」で知られる情報科学者ウィーナーを想起させる。それに対して「コンピュータの父」フォン・ノイマンは、「脳は絶望的に複雑だ」と「脳と機械」の融合研究には非常に悲観的だった(拙著『フォン・ノイマンの哲学』(講談社現代新書)参照)。
たしかに脳神経科学の進歩は目覚ましい。だが、そもそも「脳」はコンピュータのように最初から合理的に設計された機械ではなく、46億年の進化の過程で継ぎ接ぎされて生じた地球上で最も複雑で異様な構造物である。「記憶」にしても、コンピュータのメモリーのように1カ所ではなく、脳のあちこちに分散して保存されている。これらを正確にアップロードするのは至難の業ではないか。
それでも「マインド・アップロード」が研究に値するフロンティアであることに間違いはない。渡辺氏は、本書で日本の悲惨な支援状況に触れて、「国力の残っているうちに」「たすけて、金融や政府の偉い人」と研究資金を熱望している。世界最高峰という議員報酬や、万博・カジノ予算は、科学研究に回してほしい!