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半沢直樹と私の家政夫ナギサさん――2大ヒットドラマが象徴する日本社会の闇

光文社新書の永林です。治部れんげさんの連載「ジェンダーで見るヒットドラマ」、第8回目にして初めて日本のドラマを取り上げます。2020年に空前の大ヒットとなった「半沢直樹」は、ほぼ仕事だけをして生きている非常に”日本的”ともいえる男性会社員の物語。いっぽう、同クールに放送された「私の家政夫ナギサさん」は、ハードワークの仕事を辞めて家政夫となった男性が登場します。まるで正反対の生き方を描いているようですが、ジェンダーや多様性の視点から見れば、図らずも全く同じ日本の病理を象徴している、と治部さんは分析します。

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半沢直樹とナギサさんがさらけ出した「すべてかゼロか」を迫る日本社会の闇

2020年にヒットした日本ドラマと言えば「半沢直樹」、そして「私の家政夫ナギサさん」でしょう。

「半沢」は池井戸潤原作の企業エンタメ小説のドラマ化です。2013年に放送されたドラマの続編で9月27日に放送された最終回の視聴率が32.7%、初回から20%を超える異例の大ヒットとなっています。

「ナギサさん」はウェブ漫画が原作で、働く女性のもとに「家政夫」男性がやってくる、という設定です。こちらも最終回の平均視聴率は19・6%という人気作品でした。

共に2020年の日本を代表するドラマですが、「半沢」と「ナギサさん」は正反対の作品だと考える人が少なくありません。2つの作品をジェンダーの視点で見ると浮かび上がるのは、共通する「日本企業のありよう」と「社会の問題」です。

◆7年後にパワハラドラマとなった理由

「半沢直樹」は企業戦士の銀行マンが強い情熱をもって人並外れた働きをして、政界の悪だくみを暴くエンタメです。多くの人が、主人公・半沢直樹(堺雅人)の活躍を見て、スカッとした気分を味わいました。

前回放送時に、主人公の決め台詞を40代の経営者が口にするのを見たことがあります。90年代に起こしたベンチャービジネスをそれなりに名の通った企業にまで育てた彼は「この場面、半沢だったら『倍返しだ!』って言うよね‼」と嬉しそうに話していました。2013年放送のシリーズは、企業社会で戦う人たちのストレス、悔しさ、それを跳ねのけて上を目指す野心等を、見事に反映した作品であったと言えるでしょう。

しかし、2020年放送の「半沢直樹」には、賞賛と共に「時代遅れだ」という批判も寄せられました。ライターの木俣冬さんは「セリフに潜む『暴力性』」を問題視し「登場人物の怒声や、何かにつけて行われる土下座の強要はスルーしづらいものがある」(ハフポスト日本版、2020年9月13日)と書いています。

この違和感の背景には、前作放送の2013年から7年が経ち、パワハラ問題に対する社会の受け止め方の変化があります。象徴的な出来事として、2019年6月21日(現地時間)に国際労働機関(International Labour Organization:ILO)が採択した「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」があります。

ILO駐日事務所は、仕事の世界における暴力とハラスメントについて次のように記しています。「一回限りのものであるか反復するものであるかを問わず、身体的、心理的、性的又は経済的損害を目的とし、又はこれらの損害をもたらし、若しくはもたらすおそれのある」「一定の容認することができない行動及び慣行またはこれらの脅威」。そして、ILO加盟国にはその存在を「一切許容しない一般の環境の醸成」を促進する責任があるとしています。

日本はこの条約をまだ批准していませんが、批准に向けた法整備は既に始まっています。2020年6月に改正「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」が施行されました。報道では「パワハラ防止法」が施行された、と言われています。この法律により、企業などの雇用主はパワハラ防止の義務を負うようになりました。

厚生労働省の資料によれば、身体的な暴力はもちろん、脅迫・名誉棄損・ひどい暴言もパワハラに該当します。木俣さんが記事で指摘したように「半沢直樹」が描く言動が実際に企業内で起きたらパワハラと認識されるものが多いでしょう。

このように、ここ数年に起きた社会変化を踏まえると、登場人物が相手を罵倒するような表現が繰り返し登場し、それがあたかも良いことであるかのように描かれる「半沢直樹」の世界観は、確かに古いと言えそうです。

しかし、現実を見れば、条約や法律があっても職場環境はすぐに変わりません。ドラマではかなり誇張されていましたが、上司と部下、監督官庁と企業という力関係の中で悔しい思いをしているビジネスパーソンは少なくありません。フィクションの世界で上司などに反論してカタルシスを得たい、と思うビジネスパーソンが日本に多い事実は、高い視聴率と好評価からも窺えます。

ドラマが世相を反映する、という本書の趣旨に照らすと、「半沢直樹」の大ヒットは視聴者がパワハラ表現を容認しているというより、変わらない現実を悔しく思ったり、苦しんでいたりする人が多いことの現れではないか、とも解釈できます。

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◆可愛くて何も考えない妻と癒し系女将の古臭さ

「半沢直樹」批判として、パワハラに並んで多かったのは、女性キャラクターの描き方でした。特に半沢の妻・花(上戸彩)と小料理屋の女将・智美(井川遥)の人物像は女性役割のステレオタイプを強調していました。

妻は「可愛くて難しいことは分からない」ゆえに夫の脅威にはならず、女将はサラリーマンの愚痴を優しく聞いてくれる都合の良い存在です。彼女たちが提供するのは「労働力の再生産」というケア労働であり、これが女性から男性に対して一方的に与えられる構図になっています。

企業戦士である半沢に自分を重ねて視聴する人が、上戸彩や井川遥のような素敵な女性に癒されたい、という願望をフィクションの中で満たす、そんな需要に応えたこともヒットの一因でしょう。同時に男性視聴者に都合が良い女性表象は、現実では批判要素になりえるのです。

ちなみに半沢直樹とほぼ同い年の私から見ると「専業主婦と小料理屋の女将」が女性のメインキャラクターという設定は、古すぎてもはや冗談の世界に見えました。約20年前に逆転してから、日本では共働き世帯の数が専業主婦世帯の数を上回っています。大学時代の友人がたくさん銀行に就職しており、彼らの妻の多くは専業主婦になっていますが、そのほとんどが出産もしくは夫の転勤までは外で働いていました。

特に2008年の世界金融危機以降は、家計を守る意識が高まり、従来なら出産退職していた女性たちも仕事を続けるようになっています。都心部で保育園の需要が高まり、作っても作っても待機児童がなくならないのはそのためです。また、夫が大企業勤務だったり大学教授だったりしても「安泰とは言えないから、仕事しなきゃ」と言います。

そんな実状を踏まえると、無邪気すぎる半沢花の言動は心配になります。それに、家庭を守る女=妻と、本音を話せる女=女将という形で女性の役割を分けるのは、昭和から平成の始め頃の価値観ではないかと思います。

◆働く女性の「能面」に日本社会の闇を見る

ところで、このドラマを2020年代のジェンダー視点で見る際、興味深いのは、仕事の世界で半沢と対峙したり共闘したりする女性たちです。

半沢の敵役は、白井亜希子・国土交通大臣(江口のりこ)です。彼女は、女性政治家の象徴とも言える白ジャケットに議員バッジ、きっちり整えた髪型と、決して笑顔を見せない能面のような表情で、完全に男性社会に適応した言動を見せていました。彼女は、半沢ら銀行マンが融資を通じて救済しようと考える航空会社を国有化しようとします。巨大企業の国有化は白井大臣ひとりの意向で決まることではなく、背後には政界のボスや銀行の幹部が蠢いています。

このドラマの見どころとして、俳優たちの大げさな「顔演技」がありました。対立する相手を面と向かって否定するセリフ回しに加えて、顔の筋肉を十二分に使い、憎しみや悔しさを表すので、真剣なシーンなのに思わず笑ってしまったこともあります。小学6年生の私の息子は、「半沢直樹」を評して「あの銀行のコメディ、面白いよね」と言っていました。

確かに、このドラマを半沢たち「男性キャラクター」に自己投影して見たら、痛快です。私自身も大学卒業から10数年、男性が多数の職場で男性と同じように働いていましたし、時に上司と喧嘩しながら自分の意見を言ったこともありましたから、半沢に共感を覚える場面もありました。

ちなみに、半沢が入行したと思われる90年代終わり、大手銀行は女性総合職をあまり採用しておらず、企業によっては女性総合職採用ゼロの年もあれば、採用しても非常にわずかという時代です。

制作者が意図したかどうかは分かりませんが、白井大臣はそんな超男性社会に「過剰適応した女性」をうまく表現していました。私は、企業の人材マネジメントとジェンダーに関する取材を20年以上する中で、白井大臣のような女性を何人も見てきました。上層部がほとんど男性で占められているような組織では、男女共に、均質な文化に馴染んでいきます。そして、その文化に適応していないと、昇進していくのは難しいです。

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大企業の幹部や政治家の中には、白井大臣のように、一見「怖い女性」がしばしばいます。ただし、少人数で話をしてみると、彼女たちは本音を隠していることに気づきます。男性社会の中でポジションを確保するために、言いたいことを言えずにいる女性は少なくありません。

このように現実と照らし合わせてみた時、ドラマ「半沢直樹」が映し出す白井大臣の苦虫をかみつぶしたような表情は、政治・経済分野における女性進出が著しく遅れている日本社会の問題を象徴しているように見えるのです。
政府系金融機関で働く谷川幸代(西田尚美)もまた、無表情で、“鉄の女”と呼ばれています。男性と肩を並べて働く女性たちは、政治家でもビジネスパーソンでも、個人の感情を表に出せない。そんな悲しい現実を、2人の演技と重ねて見ていました。

なお、最終回近くになり、これまで仕えてきた与党幹部の悪事を知った白井大臣は、半沢の味方になっていきます。この過程で、彼女の表情が柔らかく人間的になっていく様子も興味深く見ていました。

ただし、このドラマが本当に現実をそのまま映していたわけではありません。日本の女性大臣はわずか2人です。上川陽子・法務大臣と、2月18日に就任したばかりの丸川珠代・東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣です。

上川大臣は、性暴力被害者支援の団体と交流を持ち、性暴力防止の法改正を目指して議連を作って活動した実績があります。そこでは、心ある男性議員を味方につけ、市民団体と対話を積み重ねています。

「半沢直樹」を楽しく見た人たちには、白井大臣に象徴されるような問題構造を知ってほしいですし、同時に、女性議員が皆、白井大臣のようではないことも知ってほしいです。

◆働く女性を「家政夫」が支える構造の問題点

「半沢直樹」と同時期の放送でヒットしたドラマが「私の家政夫ナギサさん」です。

主人公は製薬会社のMRである相原メイ(多部未華子)。MRとは製薬会社に勤める医薬品情報担当者のことで、仕事熱心なメイは極めて多忙です。もともと家事が苦手なこともあり、一人暮らしの部屋は酷く散らかっています。28歳の誕生日に、家政夫のナギサさん(大森南朋)が来て、メイの家事を引き受けてくれるようになります。

最初は、中年男性が家に入ることに抵抗感を持っていたメイですが徐々に馴染んでいき、ナギサさんに心を許して甘えるようになります。「実は、お母さんになりたかった」というナギサさんは、メイの部屋を綺麗にして美味しい料理を作ります。本当に、ケア労働に向いている人なのでしょう。この役回りは、優しそうな物腰といい、仕事を楽しんでいる様子といい、説得力があって、良いと思いました。働く女性達からの「ナギサさん」好評価の声も直接聞いています。

ただ「男性が家事を献身的にやっている」という理由だけで、このドラマを高評価はできない、と私は思います。問題はナギサさんではなく、メイにあります。というより、このドラマが前提とする「働き方の常識」にあります。

メイは忙しくて家事をする時間が全くありません。物語の終盤、メイのライバル社の男性もまた、家のことを全くできていないことが判明します。2人共、仕事が忙しすぎるからです。メイは医薬品の知識を身につけて医師に説明をするという専門職であり、収入は一般的な会社員より、だいぶ高いですから、忙しくても当たり前という意見もあるでしょう。ただし、それを当然視する文化には疑問を感じざるをえません。

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私自身もかつて、半沢やメイのような働き方をしていました。28歳頃、経済誌の記者をしていた私は、帰宅は早くて21時、遅いと明け方という暮らしをしており、一時的に生理が止まったことがあります。会社が契約する病院で診察を受けると、医師に「毎朝、基礎体温を測って下さい」と言われました。その時「そんな時間はない」と思ったことを覚えています。当時は、よく女性の同僚たちと自虐混じりに「私たちも『お嫁さん』が欲しいよね」と言い合ったものです。

休日も仕事が立て込んで、友人の結婚披露宴に間に合わず、二次会から参加したことさえあります。当時は「忙しい私」を少し誇らしくさえ思っていたのですが、今振り返ると異常なワーカホリック状態です。中学時代からの親友の、おそらく一生に一度のおめでたい席にも出られなかった。私は一体、何をしていたんだろう、と。

若い時期はバリバリ働き、キャリアの基盤を作りたくなるのは分かります。家族もいないうちからワークライフバランスを考えて、仕事を控える必要はないでしょう。それでも、過労は独身で若くて元気な人の心身をも蝕(むしば)みます。

大学時代の友人で大手製薬会社のMRをしていた男性が、20代の頃「医師の接待が大変で身体を壊しそうだ」と嘆くのを聞きました。医師とアポイントを取れず診察室の前で長時間待つとか、人間関係を築くために飲食店で接待するような業界の文化は、キャリアの構築期にある男性にとっても、きつく感じられたようです。

「半沢直樹」が描く銀行業界もかつては非常な長時間労働でした。20年ほど前、23時半すぎに大手銀行勤務の友人から電話を受けたことがあります。「やることがないけれど会社にいる」と嘆く彼は、夜中近くに上司の気分で始まる非公式の打ち合わせを待っており「これに出ないと必要な情報が入らない」とぼやいていました。無駄な長時間労働は多くの場合、パワハラとセットになっています。彼は職場の文化に嫌気が指して転職、今の職場は合理的で合っていると言います。

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自分自身の反省や、様々な業種で長時間労働を経験してきた男女の友人たちを思い起こしながら「ナギサさん」を見ると「それは根本的な解決なのだろうか?」という疑問がわきます。ナギサさん自体は「カッコいいわけではないけれど魅力的な人間」を表していて、とても好感を持ちました。男性がケア労働に向いていることもあるし、自分のやりたい仕事について楽しそうに働いている様子は、男性の生き方の多様な選択肢を示している、と思います。でも、メイは、このままでいいのか? 彼女は、ナギサさんに「お母さん」になってもらい、自分は馬車馬のように働けたら、問題は解決なのでしょうか。

◆半沢もナギサさんも「すべてかゼロか」を迫られる

私にはそうは思えません。相原メイが「女・半沢直樹」になり、ナギサさんが「男版・花&智美」になるような、単なる性別役割の交換では、働き方改革が求められる時代の要請には答えきれていないのではないか、と思います。

一番の問題は「正社員=無制限に残業できるのが当たり前」という価値観です。メイの場合は、起きている時間は全て仕事に充てる長時間労働が常態化していました。MRという職種から裁量労働制で働いていることが推測できます。これは、仕事の進め方について、個々の労働者の「裁量」に委ねることでより高い成果を期待し、残業時間や手当の概念がない代わり、基本給に一定額の「みなし残業代」が上積みされています。

私も会社員記者の時は、裁量労働制でした。記者の仕事は〆切に間に合うよう取材して原稿を書く必要がありますから、時に夜中や休日に働きます。その代わり、〆切明けには午後から出社しても咎められることはありませんでした。

こうした働き方は「自由」だと言われますが、自分で線引きできないと、無制限に働いて燃え尽きることになります。この問題は、ドラマの終盤でナギサさんの過去として描かれます。ナギサさんは元大手製薬会社のMRだったという設定なのですが、もしその会社が柔軟な労働時間を認めていたなら、果たして彼はMRを辞めてフルタイムの家政夫として働くことを選んだでしょうか。

つまり「半沢直樹」と「ナギサさん」は、共に、無制限の残業を受け入れて働くか、会社を辞めるかという二者択一を前提にしたドラマなのです。「半沢」は前者を、「ナギサさん」は後者を選びました。2人の男性キャラクターは、正反対の選択をしたため、表面的に見えるものは全く違いますが、どちらも、同じ「all or nothing(すべてかゼロか)」という価値観が基盤になっています。

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仕事と私生活については、社会学の分野で研究の蓄積があります。本稿の締めくくりに、「ジェンダー」に加えて、もうひとつの思考枠組みで2つのドラマを見てみましょう。それは「ideal worker’s norm(理想的な労働者の規範)」と呼ばれるもので、いつでも雇用主の求めに応じて長時間労働する気のある労働者を指します。

この規範が多くの労働者を身体的・精神的に苦しい立場に追い込み、仕事と家庭生活の両立を困難にしていることは、日本だけでなく、アメリカなどにも共通する問題です。この後論じていく欧米のドラマ「サバイバー」や「コペンハーゲン」で、既に高い職位に就く男性が家事や育児をすることを「当たり前」として描いています。実際、これらの国々では、男性も自分の人生を職場に委ねてしまうのではなく、家庭とのバランスの中で自律的に考えるようになっています。

翻って日本社会はどうでしょう。「半沢直樹」と「私の家政夫ナギサさん」を見ると、2020年時点で日本の企業社会が抱えている課題に気づくのではないでしょうか。それは、企業の一社員でさえ仕事と私生活の両立が難しいという先進国としてはお粗末な働き方の問題です。

* 注:視聴率はいずれもビデオリサーチ調べ、関東地区の数字。

◆『半沢直樹』(2020年、TBS系で放送、Paraviで配信中)、全10話。池井戸潤・原作。堺雅人主演、上戸彩、井川遥、江口のりこ、柄本明、香川照之ほか。
◆『私の家政夫ナギサさん』(2020年、TBS系で放送、Paraviで配信中)、全9話。四ツ原フリコ原作。多部未華子、瀬戸康史、眞栄田郷敦、高橋メアリージュンほか。

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治部れんげ/ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東大情報学環客員研究員  1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。取材分野は、働く女性、男性の育児参加、子育て支援政策、グローバル教育、メディアとダイバーシティなど。東京都男女平等参画審議会委員(第5期)。財団法人ジョイセフ理事。財団法人女性労働協会評議員。豊島区男女共同参画推進会議会長。





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