豚珍味|パリッコの「つつまし酒」#130
神奈川からの刺客
あれは半月ほど前のことだったでしょうか。隣町、大泉学園の駅前を歩いていると、道ゆく人になにやら無料配布しているらしき一団がいます。興味を持って近づき、受けとった袋には、なんと「食品館あおば」というスーパーマーケットが近くニューオープンするというチラシとともに、オリジナルの買い物用トートバッグが入ってるじゃないですか!
ここだけの話、僕、スーパーマーケットが大好きなんです。しかも我が地元、石神井〜大泉界隈に今までなかった、聴き慣れない店名。そんなスーパーが、いつでも気軽に行ける場所に新しくできてしまう。こんなに夢のようなできごとって、そうそうないですよ。
しかもです。ここだけの話、僕、スーパーのオリジナルトートバッグが大好きなんです。もう何個も持ってるのに、新しいデザインのものを見つけるとつい買ってしまうくらい。そんな僕にとって、オリジナルのトートバッグをくれるスーパーなんて、もはや神。これはオープン前から圧倒的に支持したくなっちゃうな〜。
なんていいものをくださるんだ
その食品館あおばはどうやら、2015年に開業した「リズモ大泉学園」という商業ビルの地下、これまでに2店のスーパーが入ったもののどちらも閉店し、しばらく空き店舗となっていた場所にできるらしい。本社は横浜の青葉区にあって、それが店名の由来と思われ、神奈川方面ではおなじみのスーパーチェーンらしい。とにかく、あぁ嬉しい。
もちろん、オープンセールの混雑が落ち着く頃合いを待っていそいそと初訪問してみたのですが、これがですね、も〜! 僕の想像を大きく超えて、素晴らしすぎるスーパーだったんですよ!
まずはその圧倒的な品揃え。かつてこの場所にあった歴代のスーパーも見てきていますが、フロアの広さも品数も2〜3倍になってない? 一体どういうこと? って印象。
特に魅力的なのが鮮魚や精肉コーナーの充実ぶりで、キラキラのお刺身や切り身はもちろん、聞いたことのないような名前の魚があれこれ、1匹丸々並んでいたりして、眺めているとまるで漁港にいる気分。肉も、牛ならテールの輪切りみたいな珍しい部位や、標高が6〜7cmはあろうかという巨大な高級ステーキ肉、鶏なら我が家のおでんに欠かせない鶏皮はもちろん、たいていの部位に加えて、ガラやモミジまで扱っている。僕の大好きな豚はというと、なんと豚骨やげんこつなんていう、肉屋さんにわざわざ頼まないと手に入らないような部位がしれっと並んでいたりして、わくわくが止まりません。
さらに嬉しいのがその安さ。全体的に相当お手頃。たとえば、僕の生活圏内では100グラム98円なら万々歳の国産豚の薄切り肉なんか、その日の目玉品だったのもあったんですが、なんとグラム68円! こりゃ〜近隣のスーパーバランスを崩しかねない、とんでもない店がやってきたぞ!
珍しい部位まとめて煮込む
おっと、今回のタイトル、「豚珍味」なんですが、思わずここまで、スーパーについて熱く語りすぎてしまいました。
え〜とですね、そう、そのあおばの店頭に並んだマニアックな豚の部位たちを眺めていて思ったんです。「これ、家で豚の味珍ごっこができるぞ!」と。
味珍というのは、横浜駅近くの「狸小路」という横丁にある小さな飲み屋さんで、さまざまな豚の部位を醤油煮にしたものが名物。たとえば僕の好物のひとつが「尾」、つまり豚の「しっぽ」なんですが、売ってるんですよね〜、あおばには。
そこで買ってみました。「尾」、「豚足」、そして素材そのままの見た目がインパクト絶大な「豚耳」の3種類。尾と耳がそれぞれ100グラム58円、豚足が100グラム88円。激安。
尾774グラム、豚足755グラム
豚耳678グラム
比較用のスマホ(iPhone12)と比べるとこの迫力
いや〜これは楽しい。さっそく家にあるいちばんでっかい鍋で、ぐつぐつと煮込んでいこう!
そこで参考に味珍のホームページを見てみると、次のような記載がありました。
「豚を白茹して酢みそで食べる豚足とも、中華街に売っているような中華系の香辛料、八角等で煮た豚足とも違い、醤油ベースの秘伝の和風タレでじっくりと煮込んであります。内蔵類にはクセのあるにおいや味があり、それを消すために通常は香辛料を使いますが、味珍は香辛料を使わず、長時間煮ることで油を煮出し、においを消しました」
そうそう、味珍の豚料理って、すごくシンプルな醤油味で、だからこそ各部位の旨味がじんわりと感じられるんだよなぁ。今回はそこを目指し、調味料は酒、醤油、砂糖だけでいってみるか。
豚耳の根元部分の美味しさを知る
まずは鍋にすべての肉をほうりこみ、水をひたひたに注いで強火にかけます。すると10分ほどで大量のアクが出てくるので、それをいったん、お湯ごとぜんぶ捨てる。「ゆでこぼし」ってやつですね。お店の下ごしらえに比べたらだいぶ雑だろうけども、これでも少しはクセやくさみが抑えられるんじゃないかな?
そしたらふたたび水を注ぎ、ねぎの青い部分と、にんにく2かけを加えて煮ていきます。
2回目は、ほとんどアクが出ませんね
しばらくぐつぐつとやったら味つけ。少しずつ確認しながら好みの味になるように。最終的に酒2カップ、醤油2カップ、砂糖大さじ2、で、うん、いい感じになった気がします。
そこで弱火にし、ことこと小1時間。さらに火を消し一度冷まして、ふたたび再加熱したら……おー! なんだかいい感じじゃないですか!?
すっかり醤油色に染まった豚肉たち
さて、味珍といえば、「やかん」と呼ばれるストレート焼酎に卓上の梅シロップをたらして飲む「梅割り」。それから豚肉につけて食べる、練りからしに好みで酢を混ぜた独特のタレ。
せっかくだからこれも似たものを用意したい。が、梅シロップなんてそうそうスーパーで売ってるものじゃない。けど実は、梅割りの雰囲気だけはけっこう出る、僕の考えた焼酎の飲みかたがあるんですね。それは、キンミヤ焼酎に、梅の実入りのミニカップ梅酒を少々加えるというもの。度数が高いから家で日常的に飲むような酒じゃないけれど、今日くらいは飲ませてもらいたい。わざわざ粉末を買ってきて練りからしを作り、そこにお酢を加えたタレも用意すれば、自宅で味珍ごっこセット準備完了!
思いのほか、いい気がする
よ〜し、どれからいってみようかな。まずはやっぱり、久しぶりの尾かな。どれどれ……お〜、とろとろぷるぷるの肉を骨からこそいで食べると、醤油の染みた脂っこい豚の旨味がじんわりと広がる。すかさず口のなかのこってりを、梅割りもどきで流す。あれ? ここって横浜だったっけ? というのは味珍に失礼すぎますが、家でやるにはじゅうぶんにありですよこれは。
続いての豚足は安定の美味しさ。まだ煮込みが浅く、歯応えがきっちり残っているのも、これはこれでいいな。
そして今回僕がいちばん気に入ったのが豚耳! ミミガーは大好きで、お惣菜コーナーにあればよく買ったりするんですが、自分で煮込んだ作りたてがこんなにもうまいとは。例のコリコリ感と、それを包みこむゼラチン質の肉がおりなす、食感の楽しさ。豚の美味しさがぎゅっと濃縮された味わい。これに酢からしの酸味と辛味がものすごくよく合って、強〜いはずのお酒がぐいぐいすすんじゃって危険すぎます!
たまりませんね
しかも発見だったのが、僕がふだん食べていた耳って、いわゆる先端部分なんですよね。ところが今回はまるごと買ってきたので、根元に近い部位も食べることができたわけですが、ここが先端部とは違い、コリコリ感のない、とろとろオンリーな肉質。これは、自分で煮たからこそ味わえるごほうびってやつですよ。
希少部位
しかも豚耳、その他の部位と違い、骨がないから丸ごと食べられるんですよね。お得。じゃあ次はそうだな、もっとじっくりと煮込んで、豚耳カレーなんか作ってみるのもおもしろいかもしれない。な〜んて、夢が広がるな〜。
こんなに楽しい食材たちが気軽に買えるようになるなんて、あおばさん、あらためましてこれから、いろいろとお世話になるかと思いますが、何卒よろしくお願いします。
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco