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超正統派ユダヤ教少女の逃亡に私たちは共感できる 「アンオーソドックス」

光文社新書の永林です。4月30日、イスラエルで行われた宗教行事で、群衆が混乱の中で押しつぶされるなどして少なくとも45人が死亡、150人以上が負傷するという惨事が起きました。宗教上の戒律を重視するユダヤ超正統派の行事で起きた事故です。
報道によれば、保健当局は、新型コロナウイルスの感染防止のため、参加者を1万人に制限するよう呼びかけていましたが、行事にはおよそ10万人が参加していたそうです。どんなことよりも宗教の戒律を重んじるユダヤ超正統派。長くカールしたもみあげと大きな黒い帽子、黒いコートという恰好で、彼らを認識できる人もいるでしょう。今回の「ジェンダーで見るヒットドラマ」で取り上げるのは、ニューヨークにコミュニティを持つユダヤ超正統派出身の女性を描いた「アンオーソドックス」です。女性の人権が「ないこと」とされている世界から、身一つで逃げていく女たちは、どの世界にも共通して存在すると治部れんげさんは語ります。

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本節で取り上げる「アンオーソドックス」は、全4話で計3時間強。連続ドラマというより長めの映画くらいの時間で視聴できます。主人公はエステル・シャピロ(シラ・ハース)、「エスティ」という愛称で呼ばれる19歳の女性です。ドラマでは、彼女が厳しい戒律の宗教共同体から逃れて海を渡り、解放を手にする経緯を描いています。

◆宗教を理由にした迫害の普遍性

エスティが生まれ育ったのはアメリカ・ニューヨークのブルックリンにあるウィリアムス・バーグと呼ばれる地区。ここには「超正統派(ウルトラ・オーソドックス)」と呼ばれるユダヤ教徒の一派が集住しています。彼・彼女たちは独特の生活様式を守り、男性は長く伸ばしたもみあげに黒いスーツと帽子、女性は肌と髪を覆うような服装をしています。

超正統派の人々は、第二次大戦中、ナチス・ドイツに虐殺されたユダヤ人「600万人を取り戻す」ことを目指しており、女性は早婚で多産、主人公のエスティも19歳で既に結婚し妊娠しています。学校には17歳までしか行っていません。

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厳格な性別役割分業もこの宗派の特徴です。男性はユダヤ教教義の研究を一生の仕事としています。生殖は義務であり、子どもは宝である、と考えています。加えて、生理を不浄なものと捉え、妻が生理の期間、夫婦は別々に眠ります。お見合い結婚の際に新郎側の女性親族が新婦候補を品定めする慣習があります。

職業選択の自由や、メディアを通じて外の世界について知る自由はありません。このような生き方は、現代民主主義国の常識に照らすと男尊女卑で自由がない社会であるように見えます。ただ、本人が望み選ぶ限りにおいて、多くの国が憲法で定める「信仰の自由」の範囲とも言えます。

歴史を振り返れば、宗教を理由に迫害されたり殺されたりした人たちは数えきれないほどいます。多くの国が、信仰の自由を憲法で保障しているのは負の歴史を踏まえ、心の自由という人間にとって最も大切なものを守るためです。それが、他の宗教を信じる人、無宗教の人から見て、たとえ少なからぬ違和感があっても、即座に非難したり、良くないと決めつけたりすることは避けるべきです。こうした考えを前提として、本稿ではエスティを縛っていた人やルールについて、また、異なる社会システムにも共通している部分について考えます。

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