万能!昆布水|パリッコの「つつまし酒」#235
昆布水初体験
地元で好きなラーメン屋「らぁ麺 和來」の前を通ったら、夏季限定で「冷やし 昆布水 塩らぁ麺」というメニューが出ていたんです。その日は猛暑日で、身体が涼と塩気を欲していたこともあり、自然と店内へ吸い込まれてしまいました。
到着を待つ間、ぼんやりと考えます。僕はそんなにラーメン業界に詳しいほうじゃないけれど、近年やたらと聞くよな、「昆布水」というワード。確か、つけ麺の麺がそれに浸して提供される「昆布水つけ麺」が定番だった気がする。
どれどれ、ちょっとスマホで調べてみるか。なるほど。どうやら、兵庫県の尼崎市にある「ロックンビリーS1」の店主、嶋崎さんという方が、麺がくっついてしまう現象を解決するために開発したのが発祥らしいですね。それが今から約20年ほど前のこと。
なんてことをしていると、注文したラーメンが、手が勝手に注文していたらしきレモンサワーとともにやってきました。
さっそくそのスープをひと口すすってみて驚いたんですが、シンプルにめちゃくちゃ美味しい! まず印象的なのは、昆布由来だと思われる“とろみ”の強さ。イメージで言うとなめこ汁的な。で、その冷たい汁が、当然ながら昆布だけではなく、さまざまなだしと合わさってスープになっていて、旨味の深さが半端じゃないんです。けれども冷たいから爽やかさもある。なんだろう、今までに全然知らなかった世界だ。
チャーシューや野菜類などのトッピング食材も相性ばっちりだし、言うまでもなく、麺! ちょっと硬めにゆでられた、ぱつっとして噛むたびに小麦の香りが広がる麺が絶品スープとよく絡んで、至福の味わい。
味変用に添えられて出てきた「ゆず酢」を後半に加えるのもまた良くて、甘さ控えめのレモンサワーとともに、無心ですする幸せな時間を過ごさせてもらいました。
考えてみれば、だから流行ってるってことなんでしょうが、僕にとってのこの昆布水初体験が、ちょっと衝撃的で。
そして思ってしまったんです。昆布水って要するに「水出し昆布だし」だよなと(念の為、和來の昆布水は複数の昆布や花かつおなどを使ったこだわりの逸品です)。家でもまねできるんじゃないの? と。
昆布を水に漬けるだけ
そこで調べてみるとそのとおりで、昆布水は、家で気軽に作ってあれこれ活用できる便利な食材であるそう。基本的には、調理用ではなくだし用の昆布をひと晩ほど水に漬けておけばいいだけなんだとか。もちろん、昆布の種類や等級によって味に差は出るけれども、とにかく美味しくて体に良いものらしく、もう作ってみるしかないじゃないですか。家飲みメニューにあれこれ組み込んでみるしかないじゃないですか。
というわけでスーパーへ行き、わりかしちゃんとしただし用の昆布を買ってきました。
僕が見たレシピによると、だしとしては最上級品だという、羅臼昆布。とても昆布らしい味わいで、その風味が苦手な方にはおすすめできないとすら書かれていましたが、そこまで言われるとむしろ楽しみじゃないですか。
作りかたは昆布を1枚、濡らしたキッチンペーパーなどで汚れを拭いて、ひと晩以上水に漬けておくだけ。ハサミなどで切り込みを入れておくとよくだしが出るとのことで、そうしてみました。
前日の夕方に仕込んで、今が午後3時ほどなので、およそ1日弱ですかね。見るからにしっかりとだしが出ていそうです。簡単だな。ふたを開けて鼻を近づけてみると、シンプルな昆布の香り。
で、人によってはこれを、健康のために、そのまま1日1杯コップで飲むんだそうです。いきなりコップ1杯はこわいので、おちょこ1杯飲んでみることにしましょうか。
すると、少しだけ不安だった生臭み的なものはまったくないですね。昆布を水出しするメリットとして、クリアで磯っぽさの少ないだしがとれることがあるらしいので、その影響かもしれません。しかし、しっかりと旨味は感じ、すっと身体になじむ液体という感じ。とろみはそこまで強くないですが、これは使う昆布にもよるのでしょう。「がごめ昆布」を使うととろみが出やすいのだとか。
続けて、たまにおでん屋さんである「だし割り」感覚で、日本酒を割って飲んでみます。
お、これまた飲みやすくて、ずっとこれを飲み続けたいというよりは、就寝前の一杯なんかに良さそうな優しさだ。ちょっとお燗してもいいかもしれません。
どんな料理もグレードアップ
さてここからは、仕込んだ昆布水を興味のおもむくまま、料理などに使っていってみましょうか。
まずは味の差がわかりやすそうな、インスタントのしじみ汁。普通のお湯と昆布水を沸かしたお湯で作り比べてみましょう。あ、ちなみに、さっきのポットとは別にもうひとつ、鍋にも昆布水を作っておいたんですよね。
せっかく水出しした昆布だしを温めてしまうのはどうなんだという気もしますが、最初から沸かしてとったものよりもクリアで上品な味わいであることが特徴だそうなので、やっていきます。
その前に、試しに沸かした昆布水をそのまま飲んでみると、甘みがぐっと引き立っていますね。さらに、試しに少し塩をふって飲んでみたら、上質な昆布茶そのものでちょっと笑えました。
さて、見た目からは判断しようがないですが、左がお湯、右が昆布水で作ったインスタントのしじみ汁。まず驚いたのは、普通にお湯で作ったものの美味しさ。しじみの体に良さそうな旨味がじんわりと体に染みわたり、お手軽なのにこんなに美味しいなんて、もはや言うことないなと。
ところが、昆布水で作ったものはさらにすごかった! 口当たりがまろやかで、旨味はさらに強く、ほんのりとなめこ汁のようなとろみがある。これ、ぜんぜん違う。毎日飲みたい。
続いて、先日知ってからハマっている山形の郷土料理「水飯(すいはん)」の昆布水バージョンを作ってみましょう。水飯とは、ちょっと信じがたいんですが、炊いた米を洗って冷水(お茶などではなく!)をかけ、塩気の利いたおかずをのせて食べるという料理。これが、実際に食べてみると、暑い夏にぴったりの爽やかな一品なんですよね。その水を昆布水に入れ替えてしまうんだから、勝利は確定しているようなものです。
炊いたお米を流水で洗ってぬめりをとり、冷やした昆布水を注ぐ。おかずはやっぱり塩昆布かな。
そこにさらにおぼろ昆布ものせたら、完成! 水飯ならぬ「昆布水飯」。
あ〜、やっぱりうまいな、水飯。しかも水が昆布水なわけで、その手の込んだ料理感といったらないですよ。おかずも含めて、まさに昆布三昧。昆布好きにはぜひ一度味わってほしい美味しさです。
水飯をつまみに酒を飲むってのも一度やってみたかったんですが、ばっちり合うな!
続いては昆布水そうめん。昆布水つけ麺すら食べたこともないのに生意気なことですが、そのイメージで。
写真の上が、昆布水でゆでたそうめんを、冷やして塩のみを足した昆布水に浸したもの。右下は、昆布水でゆでたそうめんを、冷やした昆布水に浸したもの。なんだかややこしいですが、上はそのまま食べる想定、下はつゆにつけながら食べる想定の、昆布水そうめんたちです。それにしても僕、今日何回昆布水って言うんでしょうね。
まずは昆布水に塩味をつけただけのそうめんから。うん、さすがに淡い。うまいけど淡い。病み上がりに最適そうな味わい。
続いてつけつゆバージョン。これがかなり良かった! なにがうまかったって、“つゆ”のほうなんですよ。実はこのつゆ、我が家の定番、キッコーマンの「濃いだし本つゆ」を昆布水で割っただけのものなんですが、深みがいつもと違いすぎるんです。
もちろんいつも美味しい美味しいと食べていたんですが、昆布水割りは、高級感が段違い。ほんのりとしたとろみもあり、まじで最高だぞ、これは……。
続いては僕の大好物、豚の冷しゃぶいってみましょう。これまた昆布水で豚肉をゆで、水気を切って冷ましたら、よく冷やした昆布水に浮かべる。塩とポン酢を用意すれば、はい完成。
はいはいはいはい。これまたうまい。ただ、ここまであれこれやってきて、なんとなくわかってきたことがひとつ。それは、あとから水気を切る食材に関しては、わざわざ昆布水でゆでる必要はないかな、ということ。そりゃあ繊細な違いはあるのかもしれませんが、晩酌料理としてはやりすぎ。
ただ、そうめんなり豚肉なり、調理した食材をよく冷やした昆布水に浸すことは意味がありそうです。食材が上品なだしの香りをまとい、料理の高級感がわかりやすくワンランクアップするので。
今回の豚肉ならば、いつも食べている冷しゃぶというよりは、「冷やし豚しゃぶ」という新しい料理に進化している感じ。
ところで今回たっぷり作った昆布水。実は、“水の代わり”くらいに考えて、なんにでも使ってしまっていいそうですね。検証で使い残したぶんで、万願寺唐辛子の煮浸しや豆腐のみそ汁を作ってみたら、明確にいつも作っているより手の込んだ味がして、得した気分になりました。作るのめちゃくちゃ簡単だし、本当いいな、昆布水。
あ、あと最後に、だしを取り終わった昆布も捨てるのはもったいない。刻んでめんつゆかだし醤油あたりを加えて炒めれば、お手軽に佃煮風おつまみの完成です。
今回は昆布に加え、鷹の爪、ごま、昼間に飲んでいたごぼう茶の出がらし、みそ汁のだしパックの出がらしも入れてしまい、ごま油で炒めて醤油で味つけしてみたんですが、おかずにもつまみにもばっちりの美味しさに仕上がりました。
というわけで明日の晩酌に向け、今日も昆布水を仕込んでおこ〜っと。
※昆布水は体に良いものですが、一方でヨウ素が含まれており、甲状腺の機能低下を引き起こす可能性がありますので、過剰摂取は避けましょう。妊娠中の方も摂取を避けたほうがいいようです。