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【第98回】なぜ「統一教会」は25年以上も放置されてきたのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

「性・金・ハン」に基づくカルト分析

1998年(平成10年)9月22日午前10時、第143回国会参議院法務委員会が開会された。そこで参議院議員・中村敦夫氏が「統一協会」について質問した議事録がある。この議事録を読むと驚かされるのは、今から25年も前に、現在大騒ぎになっている「統一協会」問題の本質が、ほとんどすべて網羅され追及されていることだ。「統一協会」を調べ上げた中村氏が、被害者の立場に立って、多彩な角度から踏み込んで質問している姿勢がよくわかる。
 
中村氏は「統一協会は宗教の名をかりてさまざまな反社会的な行動をとっている団体でございますけれども、特に青年たちあるいは主婦層をターゲットに、大変システマチックな心の操縦法というものをうまく使いまして、いわゆるマインドコントロールをしていく」と「統一協会」を定義している。
 
「最初は正体を隠してさまざまな形で勧誘」を行い、「ビデオを見せたり、いろいろなサービスを与えて引き込んで」いきながら「次第に今までの考え方を否定」することによって「常識というものを全部壊していく」。そこで「だんだん自信がなくなって心が真っ白になって」いく「段階で教義のようなものをがんがんと注入していく」。「ある段階まで来ると、これを集団的に隔離して、完全にもう自分の判断で物を考えることができないような、そういう頭の構造につくり変えて」いく。つまり、一種の信者ロボットを生み出す。
 
いったん信者ロボットが完成すると「外界の情報を完全に遮断」して「珍味売り」や「霊感商法」などの「無賃労働者」にする。「統一協会の利益」の「八割」が「日本の霊感商法から上がって」いることや「合同結婚式」の「大変高い会費」も挙げて「こんな団体がぬけぬけと放置されているという事態そのものが私は大変おかしいと思っております」と病巣を明らかにしている。
 
本書の著者・櫻井義秀氏は、1961年生まれ、北海道大学文学部卒業後、同大学大学院文学研究科修了。北海道大学講師・助教授などを経て、現在は北海道大学教授。専門は宗教社会学・宗教文化論。著書に『「カルト」を問い直す』(中公新書)や『カルト問題と公共性』(北海道大学出版局)など多数。
 
さて、中村氏が「反社会的団体」としての「統一協会」を議事録に記載しているのに対して、櫻井氏は本書では一貫して「統一教会」という呼称を用いている。「統一教会」は「世界布教」を行い、「おそらく世界中の宗教学者や社会学者が認知する新宗教となっている」というのが、櫻井氏の認識である。
 
本書によれば、その教義の核心にあるのは、①「性」(サタンとの不倫による人類の悪の血統を合同結婚式で浄化)、②「金」(高額献金による先祖解怨、サタンから教会の支配に復帰)、③「ハン」(日本の植民地政策に対する贖罪の希求)である。その「統一教会」に山上徹也氏の母親は入信し、全財産1億円を献金して自己破産し、息子を不幸のどん底に突き落としたのである。
 
本書で最も驚かされたのは、山上容疑者が安倍元首相を銃撃する10カ月前、全国霊感商法対策弁護士連絡会が、安倍氏が統一協会関連団体に祝辞を送ることに対して「公開抗議文」を送付していたことだ。25年前の中村氏の質問から死の10カ月前の抗議文に至るまで、安倍元首相に警告は届かなかった!

本書のハイライト

社会問題の解決は必ずしも勧善懲悪とはいかないし、司法や行政の施策にも限界がある。そこを補完するのが市民による社会活動なのだが、統一教会問題にこれから宗教界はどう関わり、個々の家庭や学校はどう対処していくべきかといった、社会の側に論点をすえる動きは乏しい。けれども、宗教に対する規範意識の緩さ、家族の孤立、歴史教育の弱さや宗教文化教育の欠落といった背景があるからこそ、統一教会は教勢を拡大できたのである。逆の言い方をすれば、日本社会に足りないこうした部分を強化することでしか、統一教会問題をはじめとする種々のカルト問題は解決できない。(p. 313)

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著者プロフィール

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。


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