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【第97回】なぜ「優しいコミュニケーション」がとれなくなったのか?

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

コミュニケーションの「思いやり」

先日、ある出版社の編集者から「バカをテーマにした新書」を書いてほしいという依頼があった。「バカ」でベストセラーになった新書といえば、東京大学名誉教授・養老孟司氏の『バカの壁』が思い浮かぶ。最近では、早稲田大学教授・池田清彦氏が「バカ」という言葉がお好きなのか、『バカにつける薬はない』『平等バカ』『バカの災厄』『自粛バカ』などの新書を刊行している。
 
ネットで「バカ+新書」を検索すると、数えきれないほど出てくる。『バカとは何か』『バカの正体』『バカと無知』『教養バカ』『検索バカ』『理系バカと文系バカ』『アホ大学のバカ学生』『物を売るバカ』『忖度バカ』『定年バカ』『バカ上司の取扱説明書』『コロナとバカ』『バカ格差』『バカの国』『即答するバカ』『こだわりバカ』『感情バカ』『バカざんまい』『バカ力』『ネットのバカ』『炎上するバカ、させるバカ』『日本人の99.9%はバカ』『バカになれ』……。
 
挙句の果てには『世界でバカにされる日本人』『英語を学べばバカになる』『最高学府はバカだらけ』『人は上司になるとバカになる』『バカ親、バカ教師にもほどがある』『バカに唾をかけろ』といった挑発的なタイトルも出てくる。
 
私も「バカをテーマにした新書」を書いて、このグループに参入するという意欲は、まったく湧かない。これまでに私は、著書・翻訳書・監修書を含めて50冊の書籍を上梓してきたが、そこに「バカ」が付いたタイトルは1冊もない。たしかに「バカ」というタイトルは人目を引くかしれないが、この言葉は人を罵倒して人格を否定し、コミュニケーションを分断する際に用いられる。マナーとしても、公の書籍のタイトルとして相応しいとは思えない。
 
本書の著者・村田和代氏は、奈良女子大学大学院人間文化研究科を経てニュージーランド国立ヴィクトリア大学大学院言語学研究科修了。龍谷大学専任講師・助教授を経て、現在は同大学教授。専門は社会言語学・語用論。共編著に『包摂的発展という選択』(日本評論社)などがある。
 
さて、近年のSNSを眺めていると、「バカ」などよりも遥かに強烈な罵詈雑言が平気で撒き散らされている。相手を一方的かつ徹底的にやり込めようとするギスギスとした議論が続き、人に対する「優しさ」や「思いやり」があまり見られない。なぜ「優しいコミュニケーション」がとれなくなったのか?
 
そもそも言語は、社会状況に応じて変化する。「何を言うか」ではなく「どのように言うか」に着目するのが社会言語学である。窓を閉めてほしい時、顎で指して「窓」と言うか、「窓閉めろ」と命令口調で言うか、「悪いけど窓閉めてくれますか」と丁寧に言うかで、受け手の印象は大きく変化する。
 
本書で最も驚かされたのは、政府の危機管理コミュニケーションがいかに不適切だったか、社会言語学的分析で裏付けられる点である。コロナ初動期(2020年3月~7月)、小池百合子東京都知事「34回」、吉村洋文大阪府知事「23回」に対して、安倍晋三首相は「8回」しか記者会見を開いていない。
 
両知事が数字・分析を挙げて結論に「思います」と丁寧表現を多用するのに対して、安倍首相の会見は数字・分析がなく、飛躍した論理展開から「言い切り」の結論に至る。行動するのは「国民」で評価するのは「私」という安倍首相の「上から目線」が、言語分析からも明確に立証される点が興味深い。

本書のハイライト

筆者は、一貫して、言語・コミュニケーション研究の社会貢献というテーマに取り組んできました。実際に、現場のフィールドワークやコミュニケーションの観察、現場の方々への聞き取りも進めてきました。コミュニケーション研究を通して、人に優しいコミュニケーションのエッセンスや、価値観や利害の異なるひとたちが「共生」し、「創発」が生まれるようなコミュニケーションデザインを見いだせると考えています。(p. v)

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著者プロフィール

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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