「つつましくない酒」〜ふぐのフルコース〜|パリッコの「つつまし酒」#202
連載200回の記念に
毎度毎度、小市民ならではの小さな幸せを追い求め、ひたすらにつつましく酒を飲み続けて4年半。先日、この「つつまし酒」がついに、連載200回目を迎えました。その原稿を無事送信し、担当編集のK氏といつもどおりのやりとりを完了。はぁ今回も無事に終わって良かった。と思いきや、そのやりとりの最後に、いつもどおりではないひと言が添えられていて、僕の心拍数は急激に跳ね上がったのでした。あ、連載打ち切りとか、悪いほうのひと言ではないですよ。なんと、こう。
「パリッコさん、連載200回のお祝いに、ちょっと贅沢でもしちゃいます?」
え? それってつまり、あの……その……お、おごりってこと? 光文社さんの経費で、なにかいいものを飲み食いさせてもらえるってこと? そりゃあ、やぶさかではないですよ。そういったお話は。せっかくのご提案なんだから、お受けしなくちゃ逆に申し訳ないですよ。英断をしてくれた編集者さんに、恥をかかせるわけにはいかない。と、詳しくお話を聞いてみたところ、「値段は気にせず、パリッコさんの食べたいものを食べに行きましょう!」とのことで。えへへ。
いや〜、人生もそれなりに長くなってくると、いいことってあるもんですね。いつも値段のことばっかり気にして飲み食いしている僕にとって、こんなに貴重な提案はありません。もちろん即答で、「ぜひぜひ!」とお返事をさせてもらったのでした。
ただ、そこからが意外と難しい。そもそも僕、「贅沢」に対する発想が極端に貧困なんですよね。そりゃあ、寿司、かに、うなぎ、フレンチ、高級焼肉……世の中には贅沢な食事のジャンルはたくさんあります。けれども、そもそも日常的に手が出ないから「行きたい店メモ」にもストックがない(大衆酒場はいっぱいあるのに)。それでもない知恵をう〜んう〜んとふり絞り、思いついたのが「ふぐ」! そういえば、大皿に薄〜いふぐさしが円を描くように並べられ、それを豪快にごそっととって食べるという行為、ちゃんとしたことがないかもしれない。
よし、連載200回記念の宴は、ふぐのフルコースでどうでしょうか!
湯島のふぐ専門店「きくち」へ
と、そこまではいいんですが、じゃあどこに食べに行ったらいいのかがわからない。そこでネット検索。僕、偉そうに、今までにさんざん、「ネットで下調べをしないで飲食店に入ることこそ、街飲みの醍醐味」なんてことを言ってきましたよね。ただそれって、ふらりと入っても懐的に痛手の少なそうな「大衆酒場」限定。専門外の店となれば、とたんにプライドなんぞ捨て去りますよ。
で、最終的に「ここに行ってみたい!」とたどり着いたのが、湯島にある「きくち」というお店でした。その店でいちばん贅沢なふぐのコースが6600円と、そもそもこのジャンルにしてはものすごくリーズナブルなんですよ。ただ、ここぞとばかりに例えば、ふたりで行って10万円の店、みたいなところを選ぶ胆力がまだ自分にはない。それに、もしそこがいいお店だったら、なんらかの記念日に背伸びすれば、自分でもなんとか行ける。そういう意味で、きくちさんにすごく魅力を感じてしまったんですよね。あと、お店のレビューで、「銀座にある、ふたりで行って10万円レベルのふぐ屋に負けてないっていうか、むしろそこより美味しかった!」なんていう意見も見かけ、興味津々になってしまったこともあり。
ただし、予約は1〜2ヶ月待ちが当たり前なほどのものすごい人気店らしく、そのあたりのことはすべてK氏におまかせ。さすが有能編集者さんだけあり、即予約の手配をしてくださいまして、ついに訪問が実現したのが数日前だったのでした。みなさん、光文社さんの本、どんどん買いましょうね?
きくちさんは、台東区上野、湯島駅からすぐの路地裏にひっそりとありました。そのシチュエーションからしてもう、粋ですよね。意外だったのは、家族経営のかなり小さなお店で、敷居の高い感じがなく、ものすごくアットホームな雰囲気。大将も女将さんも店員さんもみんな、過剰なくらいに親切で明るく、そのあたりは下町の大衆酒場となんら変わらないんです。扉をくぐった瞬間に、いい店だとわかるというか。
フルコーススタート!
さて、ここからは怒涛のごとく、我々が堪能したコースの内容をご紹介していきましょう。先に断っておきますが、僕のこと、恨まないでくださいね? あと、今回を限りにもうこの連載を読むのをやめようとは思わないでくださいね? 次回からちゃんと、つつまし酒に戻りますから。
今回お願いしたのは、お店のメインたる3コース「とらふぐちりコース」(税込み3850円)「とらふぐ刺身コース」(6050円)「とらふぐ唐揚げコース」(6600円)のなかから、いちばん高級な、とらふぐ唐揚げコース。まずからあげからスタートだったんですが、その時点でもう、抜かれちゃいましたよね。度肝。
というのも、なんかもう、例えが合ってるかはわからないんだけど、いや、間違っていると思うんだけど、「ケンタッキー」なんですよ。ふぐの。しかも、ぜんぜん重くない。サックサクのふわっふわで、きちんと食べごたえがあって、それでいて上品。言われなきゃ、なんのからあげかわからないと思う。ただただ、なにこの美味しいからあげ!? と驚くばかりだと思う。そのくらい、1品目からの衝撃がすごかったんす。で、それをほおばってすかさず飲む生ビールのうまさ!
刻まれたな〜……我が飲酒史に。そんでもって、続いては例のあれですよ。
とらふぐさし。めったにない機会なんで、えんりょなくがっさー! っとすくってさ、ポン酢をつけていただくわけなんだけどもさ、もうさ、なんなんでしょうね! 本当に。ふぐってやつは!
くにゅくにゅとした独特の弾力が心地よく、噛めば噛むほどに強烈な旨味があふれ出る。そりゃあ、どんな魚のお刺身も、僕は大好きですよ。だけどさ、ここまで“美味しさ”に特化しちゃったらさ、他のお魚さんたちがかわいそうじゃないの! もうちょっと遠慮してあげてよ! と、意味不明な説教をしたくなる美味しさ。あぁ、生きてて良かった。酒が好きで良かった。
当然、お酒を日本酒に切り替えて、こっからはもう、ちょっとした1品1品がすべて絶品という、マリオで言う無敵モードに突入。ふぐの塩辛や煮こごり。遠慮なく追加させてもらった、ふぐの身、皮、白子などを混ぜてもみじおろしとポン酢で食べる「とらふぐざく」などを、思うぞんぶん堪能しつくしたのでした。
は〜、美味しかった。大満足。またいつか、なにかのお祝いの節にはこのお店に来たいな。ごちそうさまでした。……じゃあ、ないんですよ! 今日は! なにせ、お祝い。頼んだのはフルコース。きくちさんの本気、まだまだ容赦ないんですよ。
というわけで、大皿にふぐのあらがたっぷりとやってきて、さらに卓上には鍋セットがやってきて、ここからが第2の本番とも言える、「ふぐちり」&「ふぐしゃぶ」ゾーンに突入。
まずもって、たっぷりとだしを放出したアラをしゃぶるのがうますぎる。ふぐの旨味が染み込んだ野菜や豆腐もうますぎる。そのスープでしゃぶしゃぶして食べる、ふぐの身や皮といったらもう、天にものぼる美味しさ。
さらに、せっかくの専門店ということでひれ酒も頼んでみると、もう、一般的な感覚のひれ酒じゃないんですよね。香ばしく炙られたひれがたっぷりと入りすぎ、“極上ふぐのひれスープ 〜日本酒風味〜”と言ったほうが正確なくらい。
と、もはや「我が人生に一片の悔いなし」状態になったところで、最後のダメ押し。そう、ふぐのだしが飽和したつゆで作る「シメの雑炊」です。僕、これまでに何度も言ってきましたよね? この世でいちばんうまい料理は「カレーライス」か「鍋のシメの雑炊」のどちらかである、と。その雑炊を、ふぐちり鍋で作っちゃうんだもん……そりゃあ、あなた。ね?
そりゃあもう、言葉も出ない絶品さでございました……。
光文社さん、僕のような小市民に過分な贅沢をさせていただき、本当にありがとうございました。そしてなにより、今この原稿を読んでくださっている読者のみなさん、僕が今回、ふぐのフルコースを堪能できたのは、間違いなくみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。できることなら、ひとりひとりにこのふぐのコースをごちそうしてあげたい! けどすいません、ぶっちゃけ、できないんです。金銭的な事情により。すみません……。
なので、せめてこれからも、多少なりとも、日々のつつましき酒生活における幸せ度が向上するような情報を、試行錯誤しつつお送りしていけたらと思いますので、今後とも何卒、よろしくお願いいたします。