愛の不時着はなぜヒットした? 半沢直樹がウケる日本はヤバイ⁉【序章公開①】
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愛の不時着はなぜヒットした? 半沢直樹がウケる日本はヤバイ⁉【序章公開①】

光文社新書の永林です。本日6月16日、治部れんげさんの新著「ジェンダーで見るヒットドラマ 韓国、アメリカ、欧州、日本」が発売になりました。noteで執筆中の原稿の先行公開した今年の元日から、半年とちょっと。治部さんと一緒に「このドラマが最高すぎました!」「このドラマは絶対見てください!」「このドラマが長すぎてツライです」「もうヒョンビンがお母さんに見えます」「もう眠い」などのメッセージを送り合い、本当にたくさんの作品について語り合いました。今回、本で取り上げていただいた22作品の裏に、いったい何本のドラマがあったことでしょう。つまり、この本にいったい何時間が費やされてきたことでしょう……(遠い目)。今回は発売に際し、なぜこのようなコンセプトの本をつくることになったのかがよくわかる本書序章を、前後編で公開します。

序章 ジェンダーでドラマを見ると社会がクリアに見えてくる①若かりし治部れんげ氏の海外ドラマ沼

この本は、ヒットしたドラマをジェンダーの視点で見てみよう、という試みです。後に説明するように「ジェンダー」の枠組みで見ると、多くのドラマを一層、面白く見ることができます。本書では国内外、22本のドラマを取り上げ、ストーリーや登場人物の設定、セリフなどを「社会的・文化的性差=ジェンダー」の観点から検討しています。

視聴者にとって、ドラマを見る目的は何よりも娯楽でしょう。仕事や家事、勉強で疲れた時、現実離れした面白いストーリーや、遠い国の話を目にすることで、大変な日常をしばし忘れて頭を休めることができます。特にインターネット配信でドラマや映画を見ることが当たり前になった最近、数年、数十年も前の作品や海外の作品を自宅にいながら簡単に楽しめるようになりました。

私は20年来の海外ドラマファンです。当初はレンタルビデオで、15年前はDVDで、そして近年はAmazon prime videoやNetflix、Huluの配信と視聴方法は変化しましたが、気軽に非日常へ行ける楽しさは変わりません。

もともとはアメリカのドラマを見ることが多く、優秀で素っ頓狂な言動の弁護士たちを描く「アリーmy Love」(1997)は、サントラCDを何度も聴くほど好きでした。24時間以内に核攻撃やバイオテロが起きる、という緊迫した設定の「24 -TWENTY FOUR-」(2001)は、先が気になって止まらなくなり、徹夜続きで見てしまって仕事に影響が出たほどです。閑静な郊外の住宅地で幸せそうに暮らす専業主婦たちの隠された悩みを描く「デスパレートな妻たち」(2004)を見ながら、自分の平和な生活を実感したこともあります。

純粋に趣味としてドラマを見て二十数年、転機は2020年2月に訪れました。友人に勧められて見た韓国ドラマ「シークレット・ガーデン」(2010)に頭をガツンと殴られたような衝撃を受けたのです。これは財閥御曹司と貧しいスタントウーマンの格差恋愛に、男女の身体の入れ替わりというファンタジーを交えたドラマです。信じられないほどきつい性格の母親、記憶喪失、大事な家族の死といった要素は、今では韓国ドラマ定番だと分かりますが、当時はすごい! これは何なんだ! 面白い! と驚愕するばかりでした。

「自分はなぜ、このドラマに感動したのか」を考えるため、DVD、ノベライズ、関連ムック本を購入。さらに何度も好きなシーンを見ては文字起こしをしてExcelの表にまとめ、韓国の芸能サイトで日本語訳のあるものを読み漁り、納得のいくレビューを探してはいくつかを印刷して熟読しました。けれども当時は自分の感動ポイントをうまく言語化できませんでした。

その後「シークレット・ガーデン」で主演したヒョンビンが出ているよ、ぜひ、見て! と同じ友人から勧められた「愛の不時着」(2019)を見たことが、本書執筆のきっかけになっています。41ページで書いた通り「愛の不時着」はオーソドックスな恋愛物語の構造に周囲の人間関係を上手に織り込み、ヒーローとヒロインの性役割をひっくり返したところにジェンダー視点での新鮮さがありました。

当時、私の本業は、ビジネスや政策、家庭生活をジェンダー視点で見て分析記事を書いたり、セミナーをしたりすることでした。大好きなドラマ作品の魅力を、得意なフレームワークで説明できる、と気づいたのをきっかけに、いくつかの記事を書きました。国内外のヒットドラマ作品をジェンダー視点で見る、という本書の企画は、それらの記事を読んでくれた、かねてからの友人で、本書の担当である永林あや子さんの提案で始まりました。

◆ストーリー展開をジェンダー視点で見る

ドラマをジェンダー視点で見ることの意義は、何より楽しいことです。謎解きや人生ドラマなど、何も考えずに視聴しても面白い作品はたくさんありますが、次のようなポイントを加えると、さらに面白くなります。

例えば、ストーリー展開で既存のジェンダー・ステレオタイプを踏襲するのか、ひっくり返すのか、両者をブレンドするのか。ヒーローはどの程度、マッチョなのか。ヒロインはどの程度、自立しているのか。物語の展開とジェンダー役割の変化には、いかなる関係性があるのか。メインストーリーを追うことに加え、こうした見方をすると、これまで気づかなかったことが見えてきて、ドラマをより一層、楽しむことができるのです。

例えば、アメリカの政治ドラマ「ハウス・オブ・カード:野望の階段」(2013)は、権謀術数に長けた国会議員の男性が主人公で、彼が様々な汚い手を使ってのし上がり、大統領の座をつかむ様を描いています。文字通り「血も涙もない男」の常軌を逸した言動や政財界の駆け引きがメインストーリーです。そして、このドラマをジェンダー視点で見ると、別の物語が浮かび上がります。作中で描かれる女性リーダー像が、既存の概念を大きく変えるものだからです。

また、大ヒットした日本のドラマ「半沢直樹」(2020)も、破天荒な銀行マンというメインキャラクターの周囲にいる女性キャラクターに着目すると、違う楽しみ方ができます。妻、小料理屋のおかみ、銀行の女性管理職や女性大臣は、なぜ、あのように時代遅れな印象を与えるのか。掘り下げると、日本社会の課題が見えてくるのです。

つまり、ジェンダー視点でドラマを見ると、作品を生み出した背景にある社会構造の問題や変化をつかむことができるのです。そんなわけで、本書では、ドラマとして純粋に楽しめる作品に加えて、表現には課題を感じるけれど、社会問題を的確に表現している、と思える作品も取り上げています。

◆ところで、ジェンダーって、なんだっけ?

ここで一度、基本事項をおさらいしましょう。ジェンダーとは「社会的・文化的性差」のことで、人が生まれた時に割り当てられる「生物的性差(セックス)」と対比して使われることが多い言葉です。

例えば、私(著者)は「女性」として生まれました。これは生物的性差です。成長するにつれて、社会・文化的な性差に触れることが増えていきました。まず、小学校時代は勉強ができたり、喧嘩が強かったりすると「女のくせに」と言われることがありました。こうした発言は「女の子はおとなしくて控えめ」というジェンダーに基づく思い込みを前提にしています。

私が育ったのは会社員の父と専業主婦の母、2歳年下の弟という家庭でした。父と母は大学時代の同級生で、母は小学校の先生を3年つとめた後に結婚退職して家事育児に専念し、父がひとりで働いて家族4人の生活を支えていました。私が小中学生だった1970〜1980年代、このような家族形態は一般的でした。当時は多くの家庭で「女性が家庭を守り、男性が外で働いて稼ぐ」という性別役割分担が行われており、働く母親を持つクラスメートは数えるほどでした。

一方、私自身の生き方は親世代とは異なっています。私は大学を卒業してから、2度の産休・育休を経て、ずっと働き続けています。会社員、自営業、大学教員と、仕事のやり方は二十数年間で変わりましたが、自分と子どもひとり分程度の収入を確保し続けています。「仕事」という側面から見た「私」は、大学時代の男性の友人たちとあまり変わりません。

私と母は生物的には同じ「女性」であり、家族構成は「2児の母」と共通していますが、社会的文化的性差という意味では、大きく異なります。母が結婚退職して家庭に入ったのは1970年代初めで、当時の女性にとって、それは疑問の余地がない「当たり前の選択」だったのでしょう。母は、当時のジェンダー規範に沿って主婦になったのです。

専業主婦に育てられた私たち娘世代の多くは、親と異なる人生を歩んでいます。仕事仲間の女性たちと話をしていると、自分自身は何らかの技能を持ち、専門職として働きながら子育てをしていて、自分の母親は専業主婦だった、という人が多いことに気づきます。

私たちと母たちの共通点と異なる点を考える際、「ジェンダー」の枠組みを使うとすっきり分かることがあります。私たちの世代(現在30〜40代)は、母親の世代ほど強くは「女の子はこうあるべき」という社会のルールに縛られていません。女性も大学や短大、専門学校などに進学し、学んだことを生かして仕事をして、結婚や出産後も働き続けるようになってきました。

これは「女性は家庭に入るべき」というジェンダーに基づく社会規範が弱まってきたことが影響しています。少子化により、親が性別を問わず大事に育て「女の子もしっかり教育した方がいい」と考えるようになってきたことも、要因としてあるでしょう。

一方、現実社会にはジェンダーに基づく問題が残っています。例えば、夫婦共働きなのに女性がワンオペで家事育児をしている例は珍しくありません。ここには、他の先進国と比べて、無償ケア労働が大きく女性に偏っている日本の課題や、男性の長時間労働、男性は家庭のことをやらなくてもいい、という思い込み、すなわちジェンダーバイアスが影響しています。「半沢直樹」と「私の家政夫ナギサさん」(2020)を扱った項では、この課題を考えました。

【6月18日公開の後編につづく】

書籍発売イベントのお申込み受付中です。治部さんと一緒に、ドラマについてお喋りしましょう~。質問もどんどんできますよ。

📅6月27日(土) 静岡市女性会館主催オンラインイベント

📅6月24日(木) JPICオンラインイベント

治部れんげ Jibu Renge/1974年生まれ。1997年、一橋大学法学部卒。日経BP社にて経済誌記者。2006~07年、ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年よりフリージャーナリスト。2018年、一橋大学経営学修士課程修了。メディア・経営・教育とジェンダーやダイバーシティについて執筆。現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。東京大学大学院情報学環客員研究員。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員。東京都男女平等参画審議会委員。豊島区男女共同参画推進会議会長。公益財団法人ジョイセフ理事。一般財団法人女性労働協会評議員。著書に『「男女格差後進国」の衝撃:無意識のジェンダーバイアスを克服する』(小学館)、『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)、『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)等。
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