【リレーエッセイ】『教室内カースト』が話題に、野球部も活躍…もホームランはお預け?
こんにちは。新書編集部・草薙です。
今回は2012年10月~2013年9月の時期の光文社新書について、振り返ってみたいと思います。
11歳、最初のヒット
アランちゃんが11歳になって、最初に出た大きなヒットが、『3日もあれば海外旅行』(吉田友和、2012年11月刊、9刷)です。
初版時のカバー・帯です。写真はタイの食堂でしょうか。チャーンビールとパッタイがそそりますね(ゴクリ)。「短く」「何度も」旅に出る、という発想。沈滞ムードの日常と気持ちに刺激を与えてくれます。
休みとお金の都合をつけてから……と、機会を探しつつ、結局なかなか行けない海外旅行。うん、そうだ、ちょっと休みがとれそうになったらとにかく行ってやれ!という気分になってきます。
この新書、2010年の羽田の新国際線ターミナルの開業、その後2012年に入ってLCC(格安航空会社)が続々と就航したことなどを受け、週末海外旅行がより身近になったという時代背景もあっての企画だったと思います。
出だしから売れ行き快調で、ほどなく新しい帯(全帯)が作られました。こちらです…!
どうですか、この開放感! もはやこの1冊をカバンに入れているだけで、どこにも行かなくとも満足してしまいそうな勢いです。あ、それではダメダメ、ですね。この本はそんな「興味はあるけれどあきらめ気味」な人にこそ、短い時間でも楽しめる旅の方法をあらゆる角度から教えてくれました。
著者は旅行作家として知られる吉田友和さん。この後、2014年にも、光文社新書から『10日もあれば世界一周』を出版してくださっています。
今は、国内はまだしも海外への旅行はお預けの状況ですね。早く心おきなく出かけられる状況が戻ってきてほしいものです。
この新書は、三野知里さん(現・ノンフィクション編集部)の担当です。爽やかな人柄が担当書にも表れているような気がします。この時期に三野さんは、『元素周期表で世界はすべて読み解ける』(吉田たかよし、2012年10月刊)という新書も担当しています。こちらもクリーンヒットとなりました。
著者の吉田たかよしさんは、大学院(東京大学大学院工学系研究科)で化学を研究後、アナウンサーとして活躍、その後医師になったという異色の経歴の持ち主。その広い視野を生かして、中高生にも大学生にも大人にも面白く読める1冊に仕上がっています。
この時期の他の新書は?――光文社新書と「野球」のいい関係
さてさて、この2冊も込みで、この時期に刊行されて累計2万部を超えた新書を挙げてみましょう。
『やせる!』勝間和代
『元素周期表で世界はすべて読み解ける』吉田たかよし
『構図がわかれば絵画がわかる』布施英利
『監督・選手が変わってもなぜ強い?――北海道日本ハムファイターズのチーム戦略』藤井純一
『3日もあれば海外旅行』吉田友和
『教室内カースト』鈴木翔、解説 本田由紀
『エースの覚悟』前田健太
『アゴを引けば身体が変わる』伊藤和磨
『日本語は「空気」が決める』石黒圭
『世界は宗教で動いてる』橋爪大三郎
『ドキュメント 深海の超巨大イカを追え!』NHKスペシャル深海プロジェクト取材班+坂元志歩
『修業論』内田樹
『蔵書の苦しみ』岡崎武志
『99・9%が誤用の抗生物質』岩田健太郎
『人生で大切なことはラーメン二郎に学んだ』村上純
『私の教え子ベストナイン』野村克也
お、こうして見ると、野球を扱った新書が3冊もありますよ。(この時期には他に小野俊也著『プロ野球は「背番号」で見よ!』もありますので合計4冊ですね。)そう、光文社新書は、知る人ぞ知る(!?)「野球好き新書」なのです。
現編集長(三宅)は燕党、そして上にあるマエケンさんの『エースの覚悟』を手掛けた古川遊也(現・FLASH編集部)はカープファン、この時期に編集長だった森岡(現・企画出版室)も広島出身のカープファンでありますので、おのずとラインナップにもその傾向が…?(一時期は「カープ新書」と化していたような……)。
帯ではなくカバーが真っ赤に変身した『エースの覚悟』(前田健太、2013年4月刊)。担当の古川は故・野村克也さんの一連の新書や『二塁手革命』『カープ魂』『広島カープ 最強のベストナイン』などなども担当。
参考までに、野球を扱った新書を以下に挙げてみます(刊行年月順)。
『捕手論』織田淳太郎(2002年3月)
『「今年も阪神優勝!」の経済学』高林喜久生(2004年4月)
『アンダースロー論』渡辺俊介(2006年9月)
『パ・リーグ審判、メジャーに挑戦す』平林岳(2007年3月)
『全1192試合 V9巨人のデータ分析』小野俊哉(2009年6月)
『プロ野球の職人たち』二宮清純(2012年4月)
『監督・選手が変わってもなぜ強い?――北海道日本ハムファイターズのチーム戦略』藤井純一(2012年11月)
『エースの覚悟』前田健太(2013年4月)
『プロ野球は「背番号」で見よ! 』小野俊哉(2013年6月)
『私の教え子ベストナイン』野村克也(2013年9月)
『プロ野球の名脇役』二宮清純(2014年4月)
『守備の力』井端弘和(2014年12月)
『二塁手革命』菊池涼介(2015年4月)
『カープ魂』北別府学(2015年10月)
『広島カープ 最強のベストナイン』二宮清純(2016年5月)
『私が選ぶ名監督10人』野村克也(2018年7月)
『二軍監督の仕事』高津臣吾(2018年11月)
『セイバーメトリクスの落とし穴』お股ニキ(@omatacom)(2019年3月)
『不登校からメジャーへ』喜瀬雅則(2019年8月)
『ホークス3軍はなぜ成功したのか?』喜瀬雅則(2020年4月)
『巨人軍解体新書』ゴジキ(@godziki_55)(2021年3月)
やはりたくさんありますねぇ…!
野球の新書といえば、こんな思い出があります。
2019年4月に光文社新書が1000点を突破した際に、記念リーフレットを作成しました。著者や著名人の方々に、「光文社新書この一冊」をご推薦いただき、社会学者の佐藤俊樹先生(新書『古市くん、社会学を学び直しなさい!!』にご登場)にも、佐藤先生の「光文社新書この一冊」を推薦していただいたのですが、その際に届いたのが、以下の評です(再掲させていただきます)。
お名前: 佐藤俊樹
推薦書目: 渡辺俊介『アンダースロー論』
新書のレーベルは投球に似ている。老舗の二つが4シームだとすれば、光文社の持ち味は手元で鋭く曲がるムービングボールだと思う。野球関連でも、織田淳太郎さんの『捕手論』から高津臣吾さんの『二軍監督の仕事』まで、オンリーワンの切れ味を感じさせるが、なかでも特に好きなのがこの一冊。日本プロ野球界で、文字通りオンリーワンの道を歩むことになった著者の、著者ならではアンダースロー論は深く、鋭く、知的で、かつ熱い。
社会階層や格差研究で著名な佐藤俊樹先生からの、少し意外な、でもウィットに富んだ、しかも鋭すぎるエール! 読んだ瞬間にうるるとしてしまいました。担当の三宅はたいそう喜んだに違いありません…!(出てくる3冊は全て三宅が担当。)
(ちなみにやはり広島ご出身の佐藤俊樹先生は、たいへん多趣味で知られ〔サブカル、桜、地形…スリバチ学会会員〕、また新書界でもベストセラー『不平等社会日本』(中公新書、2000年)、『桜が創った「日本」』(岩波新書、2005年)などで歴史に名を刻んでいます。)
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近年では、お股ニキ(@omatacom)さんやゴジキ(@godziki_55)さんなどのSNS出身の野球界の新たな書き手も若手部員(髙橋恒星)が発掘し、ますます活況を呈している光文社新書野球部でした。ぜひご注目を!(野球ネタについてはこのあとのエッセイで、きっともっと詳しい者が書いてくれることでしょう…!)
『教室内(スクール)カースト』のヒット
この時期にもっとも部数を伸ばした書目として、『教室内(スクール)カースト』(鈴木翔著、本田由紀解説、2012年12月刊)があります(12刷、累計9万2500部)。
帯の教室の写真を見ただけで、胸がざわつく方も多いのではないかと思います。小・中・高の教室というのは、独特の雰囲気・思い出を喚起させますね。以下はカバー袖の紹介文の一部です。
「なぜ、あのグループは教室を牛耳っていて、
このグループには“はしゃぐ権利"すら与えられていないのか……」
本書では、これまでのいじめ研究を参照しながら、新たに学生や教師へのインタビュー調査を実施。教室の実態や生徒・教師の本音を生々しく聞き出している。生徒には「権力」の構造として映るランク付けが、教師にとっては別の様相に見えていることも明らかに……。
中学生への大規模アンケート調査結果もふまえながら、今後の日本の学校教育のあり方に示唆を与える。
この本の著者の鈴木翔さん(教育社会学、現・秋田大学准教授)は、当時まだ大学院生。ご執筆いただいたきっかけは、前に光文社新書で執筆くださった古市憲寿さん(デビュー作『希望難民ご一行様』や『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります』など)から、「とても面白い研究をたくさんしている友人がいるんです」とご紹介いただいたのでした。
『教室内カースト』初版時の帯ウラ用に古市さんが寄せてくださったコメントです。
僕らはカーストから逃げられるのか?
翔くんは、小学生のまま大人になったような人だ。女の子にスカートめくりとかをしてそうなイメージ(いや、そんなことしてないと思うけど)。彼がスクールカーストをテーマにした修論を書き上げてから、この本が出るのをずっと楽しみに待っていた。そしてようやく出来上がった『教室内カースト』。統計データを駆使しながら、丹念にインタビューを重ねて、教室の「空気」が鮮やかに描写された本だ(さすが著者が子どもっぽいだけある)。
この本では、教室という密室空間で「格付けし合う子どもたち」の姿が、どきっとしちゃうくらいリアルに描かれている。教室内での「地位」に見合った行動をする子どもたち。所属する部活や成績によって、その「地位」はどのように変わるのか。そして、クラス替えを経てもなぜか変わることのない序列。しかも先生は、そのような学級内のカーストを注意するどころか、むしろ肯定的に捉え、利用さえもしているという。
いやあ、子どもたちって大変だな。なんて思っていたら、大人たちの世界も、実はこうした「格付け」であふれていることに気付く。どうやったら僕たちはカーストから逃げられるのか。そのヒントもこの本にはたくさん隠されていると思う。子どもの気持ちがわかる、本人も子どもっぽい気鋭の教育社会学者の誕生だ。
そうそう、たしかに、鈴木翔さんは、(小学生とまでは言わなくても)バイクに短パンでやってきそうな、深夜のコンビニで偶然会えそうな、普通のお兄さんのような雰囲気です(今も!)。
鈴木さんのそんな、人懐こくて、優しそうで身近でフラットな雰囲気が、インタビューされる側の心の壁をとりはらってくれているように感じます。
ちなみに、少し話は逸れますが、その古市憲寿さんと光文社新書のご縁は、というと、教育社会学者の本田由紀先生から、「今度“ピースボート”に乗って世界一周してくる院生がいるのですが、とても面白い視点があって文章力もあるので注目しています」とご紹介いただいたことがきっかけでした。
ピースボート(での参与観察)から帰ってきた古市さんがご執筆された修士論文が、『希望難民ご一行様――ピースボートと「承認の共同体」幻想』(2010年8月刊、2011年新書大賞第7位)に結実しました。
そのまたちなみに、その本田由紀先生はというと、さらにさかのぼる2006年1月刊の光文社新書『「ニート」って言うな!』(内藤朝雄さん、後藤和智さんとの共著)でご執筆いただきました。それまで「怠けている」などと批判されがちだったニートについて、その論じられ方に一石を投じた1冊でした。
本田先生は古市さん、鈴木翔さんの論文の指導教官でもあったため、それぞれの新書で巻末に解説をいただいています(古市さんの場合には「解説と反論」ですが)。
と、そんなわけで、いろいろなご縁がつながり、刊行されたのがこの『教室内カースト』でした。
それまでの「いじめ」や「スクールカースト」を扱った本とは一線を画す、読みやすく、しかも多くの人にとって思い当たる(あるある的)構造を可視化・言語化した内容だったためか、一気に部数を伸ばしました。
8万部突破を機に作成した新帯
鈴木翔さんは、その後もかなり面白い調査・論文執筆を続けていらっしゃいますので、今後の活躍に期待させていただいています。
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アランちゃん11歳時のもう1冊
『修業論』内田樹、2013年7月刊
最後にこの1冊です。内田樹さんは、光文社新書では他に『現代思想のパフォーマンス』(難波江和英さんとの共著、2004年11月刊、現在8刷のロングセラー)、『街場のメディア論』(2010年8月刊、11万部突破のベストセラー、新書大賞2011第3位)を刊行していただいています。ともに山川江美さん(現・文庫編集部)が担当しました。内田先生は他社さんでもたくさんの新書を出していらっしゃいますし、新潮新書の『日本辺境論』では、2010年の新書大賞も受賞されていますね。
この『修業論』は、思想、哲学、政治、文学、教育などなどさまざまなジャンルの本を書かれる内田さんの著述の中でも、根強いファンがいると思われる「武道論」「身体論」の分野の本です。『合気道探求』という雑誌に掲載された連載「合気道私見」(新書では「第Ⅰ部 修業論」)を中心に、いくつかの異なる書きもので構成していますが、その表現しようとしているものは通底しています。章立ては以下のとおりです。
Ⅰ 修業論――合気道私見
Ⅱ 身体と瞑想
Ⅲ 現代における信仰と修業
Ⅳ 武道家としての坂本龍馬
第Ⅰ部(Ⅰ 修業論――合気道私見)だけを取り上げて、見出しを見てみましょう。
第1章 修業とはなにか
第2章 無敵とはなにか
第3章 無敵の探求
第4章 弱さの構造
第5章 「居着き」からの解放
最終章 稽古論
うーん、これを見ただけで、また頁をめくりたくなってきました。
武道、合気道における修業だけでなく、生活するということ、生きることにおける修業についても語られています。生涯を通じて取り組んでいる合気道から得た哲学を、真正面から伝えてくれています。
第Ⅰ部の「最終章 稽古論」から、最後の1節をご紹介します。
私たちの生活そのものが、私たちの日々の暮らしが、私たちにとっての戦場であり、舞台の本番であり、生き死にの境なのである。道場はそれに備えるためのものである。稽古は、競ったり、争ったり、恐れたり、悲しんだりすることを免れて、ただ自分の資質の開発という一事に集中することが許された、特権的な時間である。道場はそれを提供するための場である。
そこでの稽古を生活と有機的に結びつけ、わかちがたい一つのものへと編み上げること。生活即稽古、稽古即生活、それが現代の武道修業者のめざす理想だと私は思っている。
スポーツと修業とはどう違うのか、「修業」というものの本来の意味とは。「敵」「私」「弱さ」「無敵」とは。
決して簡単ではないけれど、読み応えのある文章を読み進めること自体が心地よく、そしてまた何度でも読み返したくなるような(ご本人いわく「スルメのような」)1冊です。こちらもすでに8刷で5万部超のロングセラーとなっています。
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