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タイにおける「勝ち組」は結局……|「微笑みの国」タイの光と影 vol.31

【お知らせ】本連載をまとめた書籍が発売されました!

本連載『「微笑みの国」タイの光と影』をベースにした書籍『だからタイはおもしろい』が2023年11月15日に発売されました。全32回の連載から大幅な加筆修正を施し、12の章にまとめられています。ぜひチェックしてみてください!

タイ在住20年のライター、高田胤臣がディープなタイ事情を綴る長期連載『「微笑みの国」タイの光と影』。
今回は本連載の原点(?)に立ち返って、タイの経済格差にもう一度フォーカスします。「平均」所得にかなりの偏りがあるタイでは1割にもはるかに満たない富裕層が社会のあらゆる資産を牛耳っています。どうすればそこをかわして成功できるのか。あるいは富裕層の中に入ることは可能なのでしょうか?


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所得分布をみると平均所得を稼げているのが10%程度

 タイ統計局がまとめた2021年のタイ平均世帯収入は月あたり27,352バーツだった。2019年はちょうど2.6万バーツくらいだったので、新型コロナウィルスの悪影響があったとはいえ2.5%ほど上がった。あくまでも「平均」だということは、これまでこのコラムを読んでいただいた方にはすでにおわかりのことだろう。

 地方ごとに見ると、北部が一番低くて20,995バーツ、東北部は21,587バーツ、南部が26,621バーツだ。中央部は28,166バーツと多いが、バンコクに絞ればもっと高くて39,047バーツである。

執筆時点で日本円があまり強くないので、1バーツあたり4円になる。2019年は3.5円だったので、全土の平均世帯収入は当時約9.1万円だったものが、21年には10.9万円になった。物価も上がっているので、タイは昔のように安さが売りだった国ではなくなっているのが現状だ。確かに前はほしいものが買えない人が多かったが、今はスマホも車も新しいものを手にする人も少なくない。会社員という働き方が定着して、ローンを組むことができるようになったというのもあるが。

ただ、これはこれまで何度も書いてきたように、あくまでも見せかけだ。タイは驚くほど貧富の差が激しい。同じ情報源では所得分布も確認でき、3,000バーツ以下が占める割合が7.4%、3,001~5,000バーツが18.6%、5,001~10,000バーツは35.2%、10,001~15,000バーツが18.1%、15,001~20,000バーツが8.9%、そして平均を超えていく20,001バーツ以上が11.8%だ。

数字の羅列でちょっとわかりにくいので端的に書くと、タイの平均世帯収入は月2.7万バーツだが、タイ全土で2万バーツを超える世帯収入があるのは11.8%なのだ。実に9割近くが平均所得を稼げていない。バンコクに限って言えば2万バーツを超える稼ぎを得る人は23.3%はいる。ただ、それでも8割弱が平均以下だ。

前回の不動産投資の件も含めて、タイは富がどこに集中しているかが丸わかりだ。全土でたった10%程度の世帯だけがマネーゲームに常勝する。幸いタイは経済的にも工業的にも、そして観光的にも東南アジアでは上位に入る。そのため、富裕層が持つ資産水準は世界的に見ても高額で、わざわざ外国に媚を売る必要もない。かといって、タイ発の工業製品や技術はないので外国企業を誘致し、その利益もちゃんと自分の懐に入るように仕組みを造り、儲けをさらに増やす。日本のように来てもらっているとか、教えてもらっているといった謙虚な気持ちはなく、あくまでも自国に置いてあげている立場なのである。

100バーツ稼ぐのに苦労する人・1億円を即決で払える人

 これだけの格差があると、もうとにかくいろいろな面で日本と大きく違いが出てくる。

 格差の面で目の当たりにしたのは、スポーツカーのランボルギーニに一目ぼれした爺さんが、その場で購入するというシーンだ。タイは車が日本よりも高く、スポーツカーなどは税金の計算上、日本の3~4倍はする。

 富裕層のタイ人女性と交際したという日本人の数人に話を聞くと、ものすごい金の遣い方をするし、親や親族だけでなく、親を取り巻く人間関係すべてにちやほやされてきたのでおそろしいほどにわがままだそうだ。たとえば、友人は会社員だったそうだが、勝手にチケットを取ってある日突然海外旅行に連れ出されるなど、会社経営に携わっていれば備わりそうな常識もまったく身についていないらしい。日本円で100万~200万円のものは即決で買って、使いもしないでほったらかしもざらだそうである。

ポルシェ718。日本では840万円~、タイは575万バーツなので約2400万円。日本のおよそ3倍もする。

 他方、貧困層は日本人が想像する以上に厳しい生活を強いられている。タイ最大のいわゆるスラムであるクロントーイ港には1960年代前後から地方出身者が仕事を求めてやってきて、港湾局の敷地内に不法占拠で生活を始めた。今も数千人の人々がここで暮らす。支援団体もタイ国内外から多数来ていて、だいぶ生活水準は向上したようだが、いまだ貧困問題は残る。

 タイは2014年5月に無血クーデターが再び起こり、現在に至る。軍事政権になったことで欧州などの一部の国は経済的制裁として、タイとの貿易を制限しているらしい。タイでは一切報道されないのだが、結局のところ港湾作業の日雇い労働が一気に減り、クロントーイスラムの一部の人の生活を脅かしている。それこそ、その日の食費としての100バーツに喘ぐくらいだ。

 タイはメディアも基本的に富裕層が所有するものなので、こういったニュースはまず流さない。一般タイ人もほとんど知らない、隠された社会問題だ。一方で、タイ人富裕層の生活もまるでブラックボックスの中にあるようで、一般の人には知る由もない。たった10%しかいない富裕層なので、それこそ横の繋がりは強固であって、知られてはいけない部分は外部に漏れることがない。

 この連載のだいぶ初めの方にタイでは富裕層こそがアンタッチャブルだと紹介したが、まさにこういうことなのである。

クロントーイ・スラムの中

SNSの発達で低所得者の成功者が出るものの

 2010年以前のタイは本当になにもなかった。ボクのような移住者が、日本にある当たり前のものがほしくなっても、タイにはない。日系デパートに高額で売られているものに手を出すか、日本に行って買うしかない。通販もネットもないのだから仕方がない。ただ、当時はそういうものだと思って生活していたので、なければないでなんとか暮らしてはいた。スマホだって今や充電が切れるだけで問題なのに、昔はネットそのものがなかったわけで、そのときはそれでどうにかやっていたものだ。

 幸い、今のタイにはネットもスマホもある。かつて飲食店は商業施設や表通りに店を構えないと客が来なかったが、今はネットで集客ができるので、場所はよほど辺鄙でなければ問題にならない。屋台もネットでPRができるし、デリバリ―アプリで遠方の客にも売れる。さらに、日本よりも電子マネー系は普及しているので、取りはぐれることもない。

 ちょっとした店やビジネスアイデアで大きく飛躍する人も多い。趣味の延長や、世界的な潮流に乗って参入する人もいる。大規模になるとやはり資本がものを言うので、なかなか入れないが、小さな規模なら一般のタイ人でもチャンスがある。ちょっと前でいうベンチャー企業、スタートアップ企業などもどんどん出てきている。ただ、成功するのは世界的に通用するようなIT関係などより飲食店が多い気がする。わかりやすいビジネスという印象であり、かつ富裕層にとっては自分のビジネスが脅かされる可能性が低いからだと思う。

 飲食などで成功して、多数の支店を出すところも多い。そうすると、所得的には上の階層に入ることにもなる。しかし、タイではそれだけでは富裕層として認められない。あくまでもただの金持ちでしかない。タイの緑茶飲料の先駆けともいえる「オイシ」という企業があり、そこのタン社長は船長の帽子をかぶったキャラクターで有名になった。その後、オイシはタイ最大のアルコール製造会社「タイ・ビバレッジ」に売却されている。タン社長はその後類似の緑茶メーカーを立ち上げているので、やりたいことに集中するために売却したのかもしれないし、いいタイミングで高く売り抜けたのかもしれない。ただ、企業としては安泰だったのだから、そのまま続けることだってできたのに、とボクは思ってしまう。タン社長もまたタイ富裕層に受け入れられなかったのだろうかと勘繰ってしまうのだ。

「オイシ」グループの一番人気のチェーン店は鍋と寿司の回転レストラン「シャブシ」。ただし、回っているのは鍋で、寿司はサイドメニュー。

覆すことはほぼ不可能な今の経済的階級

 タイにおけるビジネスの成功とは、表面的には大きく稼げることで、それは他国と変わらない。しかし、本当の成功というのは、未来永劫、恒久的に稼ぎ続けることだ。それをかなえる方法が富裕層に入ることである。

 しかし、タイ富裕層に入るにはまず生まれたときに富裕層であることが必須条件になる。婚姻関係で親族になることはできるだろう。しかし、タイの人間関係は見えない壁で囲まれており、経済的格差を超えた婚姻はあり得ない。いわゆるシンデレラストーリーや逆玉の輿は存在しないのだ。大昔から富裕層たちは自分たちの既得権益を守るため、学校教育もコントロールしてきたと思う。だから、一般教育を受けて来た人と、タイ人富裕層は根本的に話が合わない。そうなると、富裕層に入るには最初から富裕層に生まれなくてはならず、生まれた瞬間にすでに勝ち負け(人生に勝敗があるとすればだが)は決まっているといっても過言ではない。

 ビジネス手腕や運によってはそういった壁をも超えるような成功を収めるということも考えられる。しかし、日本でも出る杭は打たれるという言葉があるくらいだ。タイでは富裕層が恐れたものは、杭を引っこ抜いたあとに粉砕して焼却するレベルになる。タクシン・チナワット元首相を見ればそれはわかるだろう。

 そもそも先述した所得分布を見ても経済レベルが違いすぎる。先のデータの世帯数は全土で2,262万世帯になる。2万バーツ以上を稼ぐ世帯が11%程度で、しかもこの中には平均以下である2.7万バーツ以下もやや含まれるわけだから、平均すら稼げない世帯は実に9割強と見ていい。ハイパー富裕層と呼ぶべき資産保有層はさらに少ない。

 9割強の全員で束になってかかっても、富裕層はゲームの世界でいうチートというやつで立っていて、勝てる見込みなどない。そもそも、9割強のほとんどがその富裕層の下で働いているのだから、楯突くことがそもそも許されない。というよりも、反抗するという考え自体が存在しないといってもいい。

 タクシン元首相のように、また若い活動家による反政府デモのように、既存勢力を覆すような動きはある。今はSNSやネットなどで、これまでタイの教育で植えつけられた考え方を超えた、客観的な、多方面の情報を目にすることができ、いろいろな意見を交わすことができるようになった。そして、政府などへの大きな不満が爆発すれば、これまでのすべてを根本的に変える動きも出てくるかもしれない。

コロナ禍で拡大した反政府運動は当初はこの程度の規模だった。(2020年2月撮影)

 しかし、ボクの個人的な意見だが、それでもこの格差社会は覆らないだろう。なにせ、タイの富裕層は頭がよく、策略に長けている。そんな事態も織り込み済みだろう。なにより、タイのあらゆるものが彼らの手中にある。政府を転覆させてもなお、彼らを押さえることは無理だ。仮に彼らが持つ民間企業を押さえにかかった場合、それは民主主義、資本主義ではなくなる。

しかも、万が一自分たちが攻撃された場合、富裕層は自分らが持つビジネスをすべて停止すればいい。それで困窮するのはタイ国民だ。飲食から銀行システムなど、あらゆるものが彼らの手にあって、いわば兵糧攻めができる。彼らは外国に媚を売って生きていないので、対外的な評価がどうなろうと、タイ・バーツを稼ぐタイ富裕層には痛くも痒くもない。そんなことを本当にするか? と思うかもしれないが、2008年のスワナプーム国際空港の占拠、各政治騒乱の際の道路封鎖での経済的圧力は彼らの常套手段だ。

タイは王国である。これはもう変えようのない事実で、支配層と被支配層の関係が崩れることはない。それが現在でもずっと続いていて、これがタイなのだと、とにかく受け入れるしかないのが現実なのだ。

書き手:高田胤臣(たかだたねおみ)
1977年5月24日生まれ。2002年からタイ在住。合計滞在年数は18年超。妻はタイ人。主な著書に『バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー氏との共著)『東南アジア 裏の歩き方』『タイ 裏の歩き方』『ベトナム 裏の歩き方』(以上彩図社)、『バンコクアソビ』(イーストプレス)、『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)。「ハーバービジネスオンライン」「ダイアモンド・オンライン」などでも執筆中。渋谷のタイ料理店でバイト経験があり、タイ料理も少し詳しい。ガパオライスが日本で人気だが、ガパオのチャーハン版「ガパオ・クルックカーウ」をいろいろなところで薦めている。

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