見出し画像

中田ぷう『もっと素晴らしきお菓子缶の世界』|馬場紀衣の読書の森 vol.5

これまでに読んできた本はこちら


美味しいものに巡りあったとき、私は心のどこかで、それがいつまでもあるわけではないと知っている。それが可愛くて、甘くて、独創的であることが、いっそう、お菓子をかけがえのないものにする。どんな食べものも食べてしまえば無くなるわけで、それは当たり前すぎるくらい当たり前のことなのだけど、いつまでも手もとに置いておきたいという抗いがたい欲望を持つ者にとって、お菓子缶はまさしく救世主である。

本書では、お菓子缶への偏愛を貫く著者の情熱が圧倒的なスケールで展開されていく。その数、なんと500缶。手もとのコレクションはゆうに1000缶を超えるそうで、自宅に飾っているお菓子缶はシーズンごとに入れ替えるという徹底ぶり。著者にとってお菓子缶は、たんに「お菓子が入った入れ物」などではなく、もはやオブジェなのである。

前作に引き続き、世の中にはこんなにたくさんのお菓子缶があるのか、と驚かされた。と同時に、これほどたくさんの「特別」なお菓子がある、ということが少し嬉しくて、少し元気づけられる。お菓子缶を選ぶとき、私はいつも、贈りたい相手の顔を思いだす。離れて暮らす家族や、長く会えずにいる友人の、喜ぶ顔をイメージする。お茶を用意して、蓋を開けるときの、あの心躍る一瞬は、お菓子缶でなければ味わえない。子どもには子どもの、大人には大人ならではの喜びがお菓子缶にはあるし、中身が空になるころには入れ物としての楽しみが残されている。

たとえば、フレンチトースト専門店「Ivorishアイボリッシュ」のお菓子缶。デニム地にクロワッサンやバケットが描かれたこの缶が、いまどきめずらしい、大きめのサイズであるのには理由がある。レトロアメリカンをテーマにしたこの缶には、食べ終わった後、子どものおもちゃ箱にして欲しいという願いがこめられているらしい。あるいは「三鷹の森ジブリ美術館」の定番人気のクッキー缶。缶の底までディテールにこだわった、可愛くも美しいこの缶を捨てられる度胸を持ちあわせている人は、いったいどれほどいるだろう。そんな勇気、私にはない。著者によれば、美術館のスタッフは空になったお菓子缶を裁縫箱に再利用しているそうだ。

おもちゃ箱にせよ、裁縫箱にせよ、第二の役割をあてがわれたお菓子缶は不思議と部屋にしっくり馴染む。喜びが詰まっていたことを知っているからだろうか。大切なものを、大切にしまっておきたくなる。一冊の本には収まりきらないほどの缶をコレクションしている著者が、ちょっと羨ましい。

中田ぷう『もっと素晴らしきお菓子缶の世界』、光文社、2023年。



紀衣いおり(文筆家・ライター)

東京生まれ。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。オタゴ大学を経て筑波大学へ。専門は哲学と宗教学。帰国後、雑誌などに寄稿を始める。エッセイ、書評、歴史、アートなどに関する記事を執筆。身体表現を伴うすべてを愛するライターでもある。

この記事が参加している募集

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!