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生理痛は病気です|馬場紀衣の読書の森 vol.29

ここのところ、漢方が気になっている。

年齢とともに刻々と変化する自分の身体に目をつぶったり、体調をごまかすのをやめて、整えよう、と思いはじめたからだ。とはいえ、心と体のバランスを保つのは、かなり難しい。女性が男性なみに働くようになった社会では、生理痛を理由に仕事をセーブするというわけにもいかない。表立って人には言えない、毎月の苦労もある。

日本の漢方薬局で健康相談をする著者のもとへは中国、香港、シンガポール、台湾などから悩みを抱えた女性たちが訪ねて来る。患者の国籍はさまざまだが、なかでも日本人女性はダントツに自分の体にたいする意識が低いらしい。中国に生まれ育ち漢方を専門的に学び、婦人科医として働いてきた著者は「生理痛があるのは当たり前」とする日本人女性たちの考えを、驚きをもって受け入れる。

 私の母国である中国では「生理痛があるのは異常のサイン」「生理中は痛みがないのが当たり前」「痛みがある場合は迅速に、適切に対処しないといけない」という認識が、家庭内でも社会的にも、当然のように存在していたからです。
 漢方の考えが生活に根づいている中国では、体をいたわるための「養生」が、日々の生活習慣に大きな影響を与えています。特に女性は、幼少期から、親や親族によって「冷たい飲み物、食べ物はとり過ぎてはいけない」「足は決して冷やしてはいけない。靴下は2枚履きなさい」「女性は血をたくさん消耗するのだから、血を養うものを日ごろからしっかり食べなさい」などと、生理を健全にするためのライフスタイルを、それはそれは厳しく、徹底的に教え込まれて育ちます。

邱紅梅『生理痛は病気です』、光文社新書、2023年。


「生理痛がないのが当たり前」の中国人女性たちは知っている。生理痛を放置した先に、婦人科系の疾患や不妊といった多くのリスクがあることを。あらゆる不調がないこと、健康体こそが成功の証であるという中国ならではの上昇志向も背景にある。自分の体は自分で守るものという意識が根づいているから、彼女たちは自分の健康に貪欲だ。

中医学の知見をベースに語られる本書から学ぶことはたくさんある。漢方の考える理想の生理とは、体だけでなく精神的にも不調がない、ということ。著者によれば、西洋医学では黄体ホルモンの影響とされる生理前後のイライラや気分の落ちこみも、ホルモンバランスさえ保たれていれば起こらないという。

初潮を迎えた日から、女性なら誰でも一度は考えたことがあるはずだ。来たる生理をどうやって迎え撃つか。冗談でなく、これは女性にとっての闘いなのである。もしかすると漢方が、どうしようもないと諦めていた体を痛みから解放してくれる糸口になるかもしれない。体は地上でもっともプライベートな場所だから、自分の事情は人には話しづらい。遠慮がちで我慢しがちな日本人女性にぜひ読んでもらいたい一冊だ。



紀衣いおり(文筆家・ライター)

東京生まれ。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。オタゴ大学を経て筑波大学へ。専門は哲学と宗教学。帰国後、雑誌などに寄稿を始める。エッセイ、書評、歴史、アートなどに関する記事を執筆。身体表現を伴うすべてを愛するライターでもある。

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