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公共財にタダ乗りしておいて「自給自足」はないだろう? 

【連載】農家はもっと減っていい:淘汰の時代の小さくて強い農業②

㈱久松農園代表 久松達央

久松 達央(Tatsuo HISAMATSU)
株式会社久松農園代表。1970年茨城県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後,帝人株式会社を経て,1998年に茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を有機栽培し,個人消費者や飲食店に直接販売している。補助金や大組織に頼らずに自立できる「小さくて強い農業」を模索している。他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行う。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)。

「都会の価値基準は根本的におかしい。地方で、お金に頼らない豊かな生き方を模索したい」などとして、自給自足にあこがれる人がいつの時代にもいます。田舎で農的な暮らしをすることは、本当に「憎き資本主義システム」に依存しない生き方につながるのでしょうか。

生産性や合理性ばかりを重視する資本主義社会に限界を感じ、地方での自給自足の暮らしの中で、ポスト資本主義の未来を探りたい。そんな考えで農業に関心を持つ人が、よく農園を訪ねてきます。田舎暮らし、農業という都会人にはヨダレの出そうなステーキに、反グローバリズム、脱成長、テクノロジーなど、時代の甘美なトッピングをまぶせば、「このままじゃいけない症候群」の優しい青年たちはたちまちかぶりつきます。時代によってトッピングの中身が変わるだけで、昔からよくある都会人の現実逃避の構造です。

資本主義が機能不全に陥っているという指摘には賛同する部分がありますが、田舎で農業を始めればそこから脱出できると考えるのは幻想です。目の前のつらい世界に「外部」があると考えたくなる気持ちは分かりますが、ユニクロの作業着に身を包み、タイで採種されたトマトを栽培し、その写真をiPhoneでSNSに上げる農業が資本主義の外部だとは私には思えません。用意された商品の組み合わせで営まれる「自給的な暮らし」は、資本主義の歯車そのものと言ってもいいでしょう。

自給自足に憧れる人は数多くいますが、農業こそ他者の力を借りなければ成り立たない職業です。「ウチは自分の力だけで成立しているぞ」という人は、大事なことを見落としている可能性があります。農業は、小さな経営でも成り立つための大きな地域インフラの整備が進んでいる産業です。インフラがあまりにも根付いているので、仕事のベースになっていることが見えにくいのです。

年間平均気温15℃前後、平均雨量約1200mmの茨城県南部では、田畑は20年も放置すれば、藪になり、林になってしまいます。それを耕作地に戻すことは困難で、できたとしても質のいい畑にするには長い時間を要します。耕作可能な田畑が維持されているのは、過去に多くの人が土地を整備し、メンテナンスをしてきたからです。どんなに自分の力で耕していると思っても、それは過去の他者への依存が前提なのです。

食べる分だけの米や野菜をつくるにも、機械や道具が要ります。故障すれば修理してくれる人が必要です。タネや資材を買うお店も必要です。肝心なのは、その機械屋や資材屋を自分一人で食わせることはできないことです。地域の他の農業者がその人達にお金を落とさなければ、周辺産業は成り立たず、結局は自分の仕事もできません。交通、医療、ゴミ、福祉などの、人が生きるための公共サービスも、税金によって運営されています。自分はお金を使わずに暮らしている、と豪語しても、それは他の誰かが負担している公共財に「タダ乗り」しているだけで、「自給」でも「自足」でもありません

他者に依存しない生き方に憧れる人がいるのはもっともです。私も若い頃、そこに惹かれて農業を始めました。この仕事を続ける中で気づいたのは、社会の分業から逃れて自分の足で立つためには、己の中にたくさんの技を蓄える必要があるということです。世の多くの人が金で解決していることを、知恵で解決するには、多くの経験と学びが必要です。社会の分業から逃れるということは、長い習熟の時間をかけて、わざわざ「コスパ」の悪い生き方を体得すること。かっこいいけれども、とても難しい生き方です。

自給的な暮らしをしたいと思う人は、まずは軽い気持ちで住みたい地方に関わりながら、そこでの暮らしを長持ちさせるために何を身に付け、何をあきらめるべきかを探ってみるのがいいかもしれません。焦ってそこに行こうとしたために無理を生じ、暮らしそのものが破綻した例を数多く見ている立場からの忠告です。

田舎暮らしを正当化するために、ポスト資本主義うんぬんなどという大上段に構えると、自己矛盾に苦しむことになります。頼れるものには素直に頼って、気軽に長く続けられるスタイルを探せるといいですね。(続く)

※本連載は今夏に刊行予定の新書からの抜粋記事です。

久松さんと弘兼さんの対談が掲載されています。


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