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同性カップルの日常ドラマ「きのう何食べた?」が属性を超えて愛される理由

光文社新書の永林です。3月17日、札幌地方裁判所で同性同士の結婚を認めないのは憲法14条で定めた「法の下の平等」に違反する、という判決が出ました。この件で憲法違反という判断が出るのは、今回が初めて。武部知子裁判長は「同性愛者が婚姻によって生じる法的利益の一部すらも享受できないのは、立法裁量の範囲を超えて不合理な差別的取り扱いだ」と指摘し、大きな話題となりました。
今回の「ジェンダーで見るヒットドラマ」で取り上げるのは、同性愛カップルの日常を、2人で囲む食卓を中心に描く「きのう何食べた?」です。治部れんげさんは「報道を機にこの問題に関心を持った方は『きのう何食べた?』をぜひ見ていただきたいです」と語ります。

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※以下、治部れんげさんによる記事はネタバレを含みます。ドラマ未視聴の方はご注意ください。

ゲイカップルを描くドラマが提示する「家族とは日常の食卓を囲む相手」という家族観

「きのう何食べた?」は、40代の弁護士と美容師の日常生活を描くドラマです。よしながふみの漫画を忠実に映像化したもので、原作、ドラマ共に高い支持を得ています。この作品には2つの柱があります。ひとつめは男性の同性愛者を主役にしたこと、ふたつめは「食べること」を中心に人間関係を描くことです。

日本のドラマでは、同性カップルの登場機会がまだ珍しいと思います。ただ、欧米のドラマには異性と同性のカップルが特に注釈なしに登場して、職場や地域で交流する様子がごく当たり前のように描かれています。そういった作品を見慣れていたためか、私は主人公である弁護士の筧史郎(西島秀俊)とパートナーの矢吹賢二(内野聖陽)が同性同士であることは、特別なこととは思いませんでした。

そこでまず、毎回描かれる史郎の料理と、賢二と2人の食卓の様子を振り返ってみます。史郎は身近な食材で栄養バランスの良い食事を作るのが得意です。仕事帰りに近所の商店街で安い食品スーパーに立ち寄り、セール品を買ってきたり、冷蔵庫に残っていた野菜を使い切ったりしながら日々の食卓を整えます。

ある日、閉店直前に買い物をしようとした史郎は、目当ての食材が売り切れで、別の食材を見て「高い」と思い購入をためらっていました。すると、店員が半額のシールを貼ってくれ、史郎は大喜びします。弁護士と言えば、社会的地位も収入も高いイメージがありますが、史郎は節約の感覚が徹底しており、買い物も料理も庶民的で親近感を覚えます。

こんな風に史郎の料理を買い物段階から描くことで、このドラマはいわゆる「男の料理」に付随するジェンダー・ステレオタイプを覆します。一般的に「男の料理」というと、特別な時や気が向いた時にやるもので、無駄に高い食材を買ってきたり、やたら時間がかかったり、後片付けをしないイメージがあります。

一方、史郎の料理は毎日のルーティンです。美味しいものを食べたい気持ちを満たしつつ、家計に負担をかけずに、手早く作っています。帰宅は賢二の方が少し遅く、鍋などは材料を切ってだしを取って準備をしたところに賢二が帰宅する、といった具合に段取りも完璧です。

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加えて、毎回のメニューがとても工夫されていて現実的です。仕事帰りに1時間以内に作ることができ、タンパク質と野菜がバランスよく入っており、何より美味しそうです。私もドラマで描かれる手順に従って、「鶏の香草パン粉焼き」「鶏のトマト煮」「鮭ときゅうりと卵のちらし寿司」などを作ってみたところ、子ども達に大好評でした。原作者のインタビューによれば、作品に登場する料理は試作しているそうです。フルタイムで働いている人が、夕方帰宅時に買い物をして作って食べるのにぴったりの実現可能で美味しいものを描いているのは、このドラマの大きな魅力です。

◆共に、美味しく食べることの普遍性

先に記した通り、この作品の柱は男性同性愛カップルを描いたことと、日常的な料理と食事のシーンを重視することです。史郎や賢二とは性別も性的指向も異なる私が共感したのは、彼らの日常生活が自分と地続きだと感じたからでした。仕事の合間に「今日、何食べようか」と考えて冷蔵庫の在庫を確認したり、SNSで流れてきたレシピからヒントを得たり。働きながら食事を作る日常生活には、男も女も異性愛も同性愛も子どもの有無も超えた普遍性があります。

ちなみに、私の小学6年生の息子も「きのう何食べた?」が大好きで、原作漫画はkindleで購入して全巻読みました。夕食のメニューを見て「これ、あのドラマで作っていたやつだよね。美味しいよね」と言います。「共に食べること」を通じた日々の生活を大事にすることの意味は、大人と子どもという世代を超えた価値があるようです。

原作でもドラマでも、誰といかなるシチュエーションで何を食べるか? という問いが繰り返し現れ、独自の答えが描かれます。

例えば、史郎はふだん、栄養バランスの取れた副菜を何品も作ることで満足度を上げ、食べ過ぎを防ぐ工夫をしています。自分も賢二も中年期に入っており、健康の観点から炭水化物、脂肪やコレステロールを控えるべきである、と考えているからです。ただし、特別な日の食事は普段、制限している食材をふんだんに使うこともあります。クリスマスに必ず作っていた「ほうれん草入りのラザニヤ」「明太子サワークリームディップ」などは、高カロリーで美味しいものの代表です。

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食事のシーンで印象的なのは、賢二がいつも美味しそうに史郎の料理を食べていることです。たとえば具沢山のそうめんを作った時は「美味し~い。薬味一杯で、トマトの酸味もあって」、また別の日は「この鶏のトマト煮、なんかすっごいコクがあって美味しい~」といった具合です。このカップルは、史郎が「作る人」で賢二はもっぱら「食べる人」と役割分担がほぼ固定しています。

「食べる人」である賢二は一口目の後、必ず的を射たポジティブな感想を述べ、それが呼び水になって史郎が調理の工夫について話す、というやり取りがあります。食べる人の良い反応によって「作る人」である史郎は「喜んでもらえて嬉しい」という心理的報酬を得ているのです。

これは異性同士のカップルにも大事な教訓を含んだシーンと言えます。主に家事を担う人がしばしば虚しい気持ちになったり、心が疲弊したりするのは、作業量が多いことだけが理由ではありません。「ケアされる側」が「する側」の努力や好意に無頓着であることが、疲労感を増大させるのです。

たとえ自らは手を動かしていなくても、相手の努力を認識し、気づいたことをポジティブな言葉やお礼の形で表現することは非常に重要です。
家事分担のみならず、気持ちのシェアにも着目したところに、本作品の細やかさを感じます。

ドラマの中で、史郎が「ごめん、じゃなくて、ありがとうと言われる方が俺も嬉しい」と言うシーンがあります。こうした言葉は、夫婦や異性カップルにとっても自分の行動を顧みるきっかけになるでしょう。

私は親として、ほぼ毎日、小学生の2人の子どものために食事を作っています。仕事の合間に買い物に行き、もうひと頑張りして仕上げたい仕事を途中で切り上げて料理をするのはそれなりに大変です。ただし、子どもが「これ、美味しい」「おかわり、ある?」と言ってくれると、作ることに係るコストは飛んでいきます。本当に美味しい時は「また明日、これ作って」と言ってくれるので、それが一番の報酬です。史郎と賢二の食事風景を見ていると、共に食事をすることの意味や「美味しいね」と言ってもらえる喜びという人間にとって普遍的な価値を描いていることを感じます。

◆「切れない、けれど踏み込みすぎない」親子関係

ひとり息子の史郎は、折を見て両親が暮らす実家を訪れます。そんな時は、母と一緒に台所に立って料理を作ります。とんかつの衣のつけ方を母に聞き、自分の節約志向や合理的な料理のやり方は母親譲りだな、と史郎が感じるシーンがあります。手際よく副菜を作る史郎を母は嬉しそうに見ています。

団塊世代の両親は、息子が同性愛であることを頭で受け入れていても、気持ちでは理解しきれていません。「いつかは女性と結婚するのではないか」と期待を捨てきれず、性的指向と反社会性を混同することもあります。見ていて辛い気持ちになりますが、ドラマの中では、比較的よくあること、として描かれていました。

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成人した子どもと親の距離感は、性的指向を超えた課題です。ある日、史郎は近所に住む主婦・佳代子(田中美佐子)の家を訪れます。佳代子と史郎は量の多い食材をシェアする間柄で、いわば料理友達です。

佳代子の家では、30歳を過ぎた娘と父親の間で諍いが起きていました。近所で恋人と8年にわたり同棲している娘に、結婚や子どもについて水を向けた父親が怒られていたのです。孫の顔を見たい父親と、どっちでもいいけれど今なら自分たちも元気だから育児を手伝えるという母親。結婚や出産なんて考えていないという娘。この様子を見て史郎は、親子問題は同性愛特有ではないと知るのでした。

親と子の距離の取り方や干渉の度合いにおいて、このドラマも原作も、絶妙に日本的なところを描いています。私は本書執筆のため、ここ半年、集中して欧米や韓国、日本のドラマを見続けていました。欧米のドラマで、親が子どもの性的指向や恋人の有無、結婚や出産についてとやかく言うシーンは非常に少なく、干渉する親が登場する場合は「遅れている」「子どもを抑圧している」という文脈で批判的に描かれます。

一方、韓国ドラマには子どもの進学や恋愛、結婚に過剰介入する親が定番キャラのように登場します。「きのう何食べた?」が描き出す「切れない、けれど踏み込みすぎない」親子関係は、欧米と韓国の間に位置する実に日本的なものではないか、と思いました。

史郎は両親が同性愛を本当の意味では理解できていないことに、多少の苛立ちを覚えつつ、そういう世代だから仕方ない、と受け入れている面もあります。同じ状況を欧米ドラマで描くとしたら、理解のない親とは縁を切りそうです。

史郎とは対照的に、賢二は両親との交流がほとんどありません。母は姉やその子ども達と暮らしており、父は子どもの頃に浮気相手のもとに行ったきりです。時折、帰ってきてはお金をせびり、家族に暴力を振るう父を、賢二は心底、嫌っています。

そんな父が生活保護を受けていることが判明します。行政手続きの中で、血縁者である賢二や、正式に離婚していない母に「扶養照会」が届く場面が印象的です。賢二はそれを断りつつ、肉親ゆえに扶養できないかと問われることだけが、父が生存している証になっている現実を、複雑な思いで受け止めています。

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◆実質的に“家族”でも法的保護がない同性カップル

かつて、LGBTQ活動家のセミナーに参加したとき、「いちばん難しいのは家族や親、友人」と聞いたことがあります。不特定多数向けに自らの性的指向をカミングアウトして、政策提言できる人でも、実は、身近な他者には言いにくいという趣旨でした。

「きのう何食べた?」には、この問題が繰り返し登場します。同性愛であることを隠さない賢二に対し、史郎はオープンにしたいと思っていません。職場の法律事務所では「独身」で通していますし、他人の目があるところで賢二と外食する機会もあまりなかったようです。

ある日、史郎は賢二の友人の男性カップルと食事をすることになりました。食事が進むと、友人は史郎に相談を持ち掛けます。自分の財産は全てパートナーに譲りたいので、史郎に法的な手続きを頼みたいと言うのです。実家の両親が健在であるため、民法の遺留分規定に従うと、遺言状があっても財産の3分の1は両親が受け取る権利があります。しかし、彼はこう語ります。

「僕が歯を食いしばってためた金を、田舎の両親にびた一文渡したくないんです。よしくんとは養子縁組をしようと思っています」

 男とか女とか性的指向とか家族構成を超えた、穏やかな日常を描いたドラマの中で、これは唯一、悲しくて涙が止まらなかった場面です。決して長くはありませんが、セリフを引用しながら原稿を書いていても涙が出そうになります。その理由は、こんな背景を読み取ることができるからです。

この友人も史郎も、仕事で一定の成功を収め、相応の財産や貯金があります。安定した関係の愛するパートナーもいます。仮に本人が不慮の事故で亡くなった場合、男女の夫婦であれば様々な意思決定に関与し、財産を相続することができます。しかし、婚姻関係にない同性カップルの場合、法律はそうした権利を保障しないのです。

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日本には同性婚の制度がありませんから、この男性はパートナーの「よしくん」に全財産を譲ることができない。そして、セリフにはありませんが、「田舎の両親」はおそらく、彼が同性愛であることを認めなかったことが推測できます。自分のアイデンティティを受け入れなかった人たちに、それが血縁であっても財産を渡したくないのは当然の心情でしょう。

ここで描かれる風景は、先述した賢二の例と対照的です。血縁があるだけで、扶養されず暴力を受けてきた子どもが、親を扶養できないか、と行政からリマインドされる。完全に破綻した関係でも法的なつながりがあれば、義務を問われる一方で、どれほど愛情に満ちた長期的な関係でも、法的に保護されていなければ、いざという時、権利の主張ができないのです。これはあまりにも理不尽です。

ドラマが描いて見せるのは、ごく個人的なエピソードです。それを掘り下げることで、異性愛者だけが法的に保護される現状と、それがもたらす人権侵害を肌感覚で理解できます。「Personal is political(個人的なことは政治的なこと)」というフェミニズムのスローガンを具現化している場面であると言えるでしょう。

そして、彼らの関係の深さ、愛情の深さを示すのは血縁や法的なつながりではなく、淡々と積み重ねられる食事シーンなのです。この原稿執筆のまさに3日前、3月17日、札幌地方裁判所で同性同士の結婚を認めないのは憲法14条で定めた「法の下の平等」に違反する、という判決が出ました。報道を機にこの問題に関心を持った方は「きのう何食べた?」をぜひ見ていただきたいです。日本社会と法制度が、踏みにじっている人生はいかなるものか。史郎と賢二の暖かく穏やかな日常生活を見れば、一刻も早く制度を変えるべきことは明らかです。

◆「きのう何食べた?」(2019年、テレビ東京系)
原作:よしながふみ「きのう何食べた?」(講談社)。全12話。出演:西島秀俊、内野聖陽ほか。Amazon prime video、Netflixなどで配信中。「正月スペシャル2020」はDVDも発売中。2021年に劇場版が公開予定。

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治部れんげ/ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東大情報学環客員研究員  1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。取材分野は、働く女性、男性の育児参加、子育て支援政策、グローバル教育、メディアとダイバーシティなど。東京都男女平等参画審議会委員(第5期)。財団法人ジョイセフ理事。財団法人女性労働協会評議員。豊島区男女共同参画推進会議会長。
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