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【第80回】日本の中絶問題に潜む「オカルト」!

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

「丙午」と「水子供養」の迷信

昭和41(1966)年、日本人の出生数は1,360,947人と前年から大幅に減少した。昭和40年から462,723人つまり25%以上も減少したのである。翌年の昭和42年には57万人以上が増加して前年以上に戻している。日本人出生数のグラフを見ると、この年だけⅤ字型に急降下して再上昇したことが明らかに読み取れるのだが、なぜこんな不可解な現象が生じたのだろうか?
 
昭和41年といえば、6月にビートルズが来日して大騒ぎになった平和な年である。戦争中ではないし、大規模自然災害があったわけでもない。実はこの大幅な出生率減少の原因は、この年が「丙午」だからだとみなされている。多くの日本人が「迷信」を信じて妊娠を控え、あるいは胎児を中絶したため、通常の年ならば生まれたはずの46万人の日本人が犠牲になったのである!
 
「丙午」生まれの女性は「気性が激しく夫の命を縮める」という迷信が広まったのは江戸時代である。江戸の大火で焼け出され、寺に避難した八百屋の娘お七が寺小姓と情を通じ、再会を願う一心で建て替えた家に放火し、天和3(1683)年に16歳の若さで火刑となった。この事件が浮世草子・歌舞伎・浄瑠璃に脚色されて評判になったが、そもそも、お七は1666年の「丙午」生まれではなかった。それならば享年は数え年18歳だから話が合わない。要するに、「丙午」とさえ無関係な女性犯罪者の話から迷信が生じたわけである。
 
しかし、迷信に固執する家族や親戚を恐れて、中絶せざるを得なかった女性は、心に深い傷を負ったに違いない。そこに追い打ちをかけるように、流された「水子」を「供養」しなければ「崇り」があるという「水子供養」の発想が生まれた。「水子地蔵」が大量生産され始めたのは昭和47(1972)年であり、これに当時のテレビや週刊誌の「オカルト・ブーム」が拍車をかけた。
 
浄土真宗は、「商業化された水子供養」を創始したのは紫雲山地蔵寺の「僧侶で右翼活動家であった橋本徹馬」であり、「水子供養は人為的に作られた新しい儀礼」「中絶を経験した人々の不安や後悔を食い物にする狡猾な搾取」「女性に中絶の罪や責任をすべて押し付ける不公平」「通俗的で商品化された寄生の一形態」「その実践者は道徳的に腐敗」していると、痛烈に批判する。
 
本書の著者・塚原久美氏は1961年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業後、金沢大学大学院社会環境科学研究科修了。高岡市立看護専門学校・放送大学非常勤講師などを経て、現在は金沢大学・佛教大学非常勤講師。専門はジェンダー論・フェミニスト倫理。著書に『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ』(勁草書房)や『中絶と避妊の政治学』(共訳、青木書店)などがある。
 
本書で最も驚かされたのは、塚原氏が21歳の大学生の時に中絶を経験し、「後悔して苦しんでいるさなか」に再び妊娠して「今度こそ産むぞと決心を固めた」にもかかわらず、「流産」してしまったという壮絶な体験から本書を書き始めていることである。その後、30歳代でお嬢様を出産されたそうだ。

本書は、刑法堕胎罪と母体保護法の法解釈、中絶方法の医学的問題、性と生殖の権利、経口中絶薬の最新情報、不妊治療の保険適用問題に至るまで、多彩なアプローチで「日本の中絶問題」に斬り込んでいる。「中絶によって振り回されてきた自分の生涯」を突き詰めた塚原氏だからこそ書けた力作である。

本書のハイライト

器具中絶による第一次中絶革命、吸引による第二次中絶革命、そして今や薬による中絶の第三次中絶革命が全世界で進行中です。東大の大須賀教授は、中絶薬を使うと「胎のう(胎児と胎盤になるもの)が排出される」と言いました。そう、今や妊娠早期の中絶ではまだ「胎児」でないうちに妊娠を終わらせることができるのです。「赤ちゃんを掻き出している」イメージとは異なる、新しい「中絶観」が世界中に広まりつつあります(pp. 251-252)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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