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人の善意に期待しないしくみ作り――『Web3とは何か』by岡嶋裕史 第1章 ブロックチェーン③

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第1章 ブロックチェーン③

人の善意に期待しないしくみ作り

この状況で不正を行う最もシンプルな方法は、チェーンを最初から作り直してしまうことだ。

チェーンの中の1つのブロックだけ、1つのトランザクションだけを改ざんしようとすると、前後のデータとつじつまが合わなくなって必ずばれてしまう。だったら全部を作り直せばいい。いかようにもつじつまは合わせられる。

ところが、これができないのである。1つのブロックを追加することさえ、常軌を逸したコンピューティングパワーを投入しないとままならない(ナンスのクイズに答えられない)のだ。最初からチェーンを作り直そうとするなら、いったいどれだけのサーバを用意すればいいのか見当もつかない。

それは事実上不可能だし、もしそれに準ずるコンピューティングパワーを手元に持っているなら、まっとうな検証作業では必ず勝てるだろう。10分に1回巡ってくるビットコインの配布チャンスに挑み、勝ち続ける方がずっと現実的で合理的で、かつ捕まる心配もないやり方である。

だから海千山千のマイナーたちは競ってビットコインに検証作業を行う形で貢献する。他人への貢献などまったくしたくない人たちが揃っているであろうに、ビットコインというしくみは彼らを貢献させることに成功しているのである。

そして、ひとたび多くのビットコインを得てビットコイン長者になってしまえば、さらに不正を行う誘因は減る。不正行為が明るみになってビットコインに不信感を持たれれば、その価値は大暴落である。保有しているコインが鉄くずになってしまう。マイナーはビットコインの価値を守ろうとし、不正行為から遠ざかるのだ。

何かのしくみを作るときに、人の善意に期待しないのは基本中の基本だが、ビットコインは疑心暗鬼渦巻く鉄火場でそれを実現したのだ。むしろ、信用ならない相手ばかりだからこそ、検証を行う動機があると言える。不正のコストを高め、しくみに貢献したときに得られるプロフィットの期待値を不正行為によるそれよりも大きくする環境を整えたのである。

ビザンチン将軍問題

これはより一般的にはビザンチン将軍問題として知られている。将軍が何人もいて、攻撃計画について合意形成するのである。攻撃するか撤退するかだ。合意がうまくいかず、ばらばらに攻撃すると戦力不足で悲惨な目に遭う。撤退を選んだ将軍も各個撃破されるだろう。

全員が合意できればいい。一部が反対意見を出したり、連絡がとれないと状況は危うくなる。もっと悪いケースでは裏切り者が出て、うその意見書を送ることもある。ブロックチェーンはこの問題に対する一つの回答でもある。誰がどんなブロックを作ったかは、みんなのもとに届くので、未着による非確認のリスクは小さい。

意見を出す(新規ブロックを作る)コストと合意形成ができたときのプロフィット(ビットコインが配布される)がともに大きいので、うその意見書(改ざんブロックやにせチェーン)を送り出す動機を削いでいる。仮にうそ意見書(にせチェーン)を提出したとしても、それが検証しやすい状況を整えているので、みんなが検証して無視することで裏切り者に得をさせない。

私はブロックチェーンの最もユニークな点はここにあると思う。意思決定のしくみとして斬新なのだ。

私たちは民主的に合意形成をしようとするとき、ともすれば信頼のおける相手と話し合いながら行うことをイメージする。お金の話が絡むと利益相反を起こすかもしれないので、慎重にそれを排除する。

ところがビットコインはそのイメージをぶち壊す。意思決定に参加しているのは顔を合わせたことはおろか、名前も属性も知らない赤の他人、インターネットでつながった不特定多数の人々である。

その動機も不純である。彼らは別に民主主義の明るい未来を信じて参加しているわけでも、善意で参加しているわけでもない。成功報酬のビットコインを望んでいるだけだ。信頼できる相手かと問われれば、(もちろんいい人もいるだろうけれど)そうではないと答えざるを得ない。

なのに、いやそうであるからこそ、この検証作業は信頼できるのである。仲良しグループが密室でいちゃいちゃしながらまとめた意見ではない。すべてが世界へ開かれ、つまびらかになった状態で、目の前ににんじんをぶら下げられた鵜の目鷹の目のマイナーたちが死力を尽くして検証し、勝ち名乗りをあげたマイナーがいれば、そのマイナーが提出したブロックに不正がないか純度100%の不信感で針の先ほどの瑕疵を探す。

信頼や安心とはまったく異なる様相だが、その不審と猜疑心に満ちた出し抜きあいが、結果として不正しにくい構造を形成するのだ。自由や個人主義とは、本来そのような殺伐としたものなのかもしれない。少なくとも、新しい時代の合意形成のしかけであることは確かである。

DAO――分散型自律組織

そこでDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)のような発想が出てくる。会社(別に営利企業でなくてもいいけど)や組織のしくみやお金の流れをブロックチェーンで作るのである。

たとえば、お金を払うかどうかの基準をシステムのなかにあらかじめルールとして設定しておき、そのルールに合致している支払い依頼(トランザクション)のみをブロックの中に取り込んで承認する。ここはわかりやすくお金としているけれど、稟議書などでも同じことだ。

先ほど述べたビットコインといっしょで、みんながそのトランザクションのなかみを見ているし、検証をくぐり抜けたトランザクションだけが確定していくので、わがままな社長の一存であやしい出金をしたり、倫理観のないCFOがお金を使い込む余地がない。

通常、組織をつくるときは多かれ少なかれ、成員を信頼する必要がある。そうでなければ、仕事が進まないからだ。だから、セキュリティ境界の内側に内部犯が入り込むリスクはいつまで経ってもなくならないし、自分以外の全員を疑いながら仕事をするゼロトラストは手間ばかりがかかる。

でも、DAOであれば、構成員が全員信用ならなくても大丈夫というわけだ。不信と裏切り、誹謗中傷が渦巻くインターネットでお金を安全にやり取りできるしくみなのだから、その点は折り紙付きだ。DAOを使えば、会社をまたいだプロジェクト組織なども容易に素早く構築することができる。

職務の公平と安定にも寄与するかもしれない。担当者の機嫌によって、同じ申請書が受理されたりはねられたりした経験はないだろうか。私はある。もうちょっとマクロな視点で見ても、三権分立しているはずなのにどうも癒着してるっぽいとか、外部監査がちゃんと監査してないとか、サーバントのはずなのにちっとも言うことを聞いてくれない機関とか、不透明なしくみを変えられるかもしれない。

みんなで共同作業をするときや、コミュニティを作る、チャリティーを行うための技術として、とても期待されている。(続く)

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