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【リレーエッセイ】新書大賞2位! 福岡伸一さん『できそこないの男たち』はある虫がつくった!?

アランちゃん7歳時のこの一冊は、分子生物学者・福岡伸一さんの『できそこないの男たち』(2008年10月刊)です。本書は2009年の新書大賞の第2位に輝いた作品です。 

『生物と無生物のあいだ』の次に刊行されました

福岡さんといえば、なんといっても『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書、2007年5月刊。2007年にサントリー学芸賞<社会・風俗部門>を受賞、2008年に新書大賞を受賞)がよく知られていますが、『生物と無生物』が講談社の広報誌「本」に連載されていたのに対し、本書は当社の広報誌「本が好き!」での連載でした(現在どちらも休刊)。『できそこない』は福岡さんにとって『生物と無生物』の次の連載でした。 

できそこないの男たち_帯表1

10万部を突破したときに作成したオビ(表面)です

福岡さんのことは、ある評論家の方が教えてくださいました。その方と本の執筆の件で打ち合わせをしていた際、「福岡さんは面白い人なので、絶対、書いてもらったほうがいい」と言われ、その場で携帯の番号まで教えてくださったのです(当時、福岡さんはいくつかの翻訳書と単著を数冊出されていましたが、それほど名は知られていませんでした)。

ただ、いきなり携帯に……というのはためらわれ、後日、大学のほうに執筆について打診するお手紙を差し上げようと考えました。 しかし、ただ単に、「執筆をお願いします」というお手紙では門前払いになる可能性が高いと思い、どのようなテーマでご相談差し上げるか悩む日々を送っていました。

メスだけで成り立っている生物がいる!?

そんなときです。

福岡さんが、ある雑誌で「アリマキ」という小さな生物について書かれていたのを目にしたのは。

アリマキは昆虫の一種で、アブラムシとも呼ばれますが、基本的にメスだけで成り立っているというのです。 

このアリマキについての考察がたいへん面白く、そのことをお手紙でお伝えし、後日福岡さんとテーマについて話し合ったところ、本書のタイトルにもなった「できそこないの男たち」というテーマが決まりました。 

本書『できそこないの男たち』でも、アリマキについて触れられています。 

アリマキ、という小さな虫の生活を見ると、私たちのはるか祖先が性をどのように扱っていたのかが手にとるようにわかる。そして男とはどのようなものであるのかも。 

(中略)

メスのアリマキは誰の助けも借りずに子どもを産む。子どもはすべてメスであり、やがて成長し、また誰の助けも借りずに娘を産む。こうしてアリマキはメスだけで世代を紡ぐ。しかも彼女たちは卵ではなく、子どもを子どもとして産む。哺乳類と同じように子どもは母の胎内で大きくなる。ただし哺乳類と違って交尾と受精を必要としない。母が持つ卵母細胞から子どもは自発的・自動的に作られる。母の胎内から出た娘は、その時点でもうすでにティアドロップ形の身体に細い手脚を持つ、小さいながら立派なアリマキである。しかも彼女たちの胎内にはすでに子どもがいる。アリマキたちは、ロシアのマトリョーシカのような「入れ子」になっているのだ。母の胎内に娘が育つ。そして娘は、まだ産み落とされる前に、すでにその胎内に次の娘を宿している。その娘の中にもまた次の萌芽が……。

(中略)

この全く無駄のない高速の繁殖戦略に太刀打ちできる生物はほとんどいない。メスとオスを必要とする有性生殖。私たちヒトを含む多くの生物が採用する方法は、アリマキの目から見たら気の遠くなるほど効率の悪いものに映るだろう。  

私たち有性生物は、パートナーを見つけるため、右往左往し、他人が見たら馬鹿げた喜劇としか思われようのない徒労に満ちた行為を、散々繰り返してようやく交換に至る。首尾よく成功したとしてもそこで受精が成立する可能性はそれほど高くない。その後、生まれた卵あるいは子供を保護し、生殖年齢まで育て上げるには驚くべきコストがかかる。アリマキたちはこの一切がないのだ。 

できそこないの男たち_帯表4

10万部を突破したときに作成したオビ(裏面)。作家の川上未映子さんがコメントを寄せてくださいました。

連載は2007年の10月号から2008年の10月号まで続き、その後推敲を経て2008年の10月に刊行の運びとなりました。

刊行の1ヶ月前には、アメリカの大手投資銀行であるリーマンブラザーズが破綻し、それを契機として株価が下落、金融危機が世界に広がりました。皆さんの周りはどうだったでしょうか。なんとなく、世の中が重苦しいムードに包まれていたことを覚えています。

10月27日には、東京株式市場でも株価が大暴落。日経平均株価は終値ではバブル後最安値となる7162円90銭まで下落しています。これは、1982年10月以来、およそ26年ぶりの低水準でした。

翌2009年には、

・新型インフルエンザ全世界で大流行
・マイケル・ジャクソン死去
・民主党が圧勝して政権交代
・世界同時不況で電機、自動車などが巨額赤字を計上。人員削減相次ぐ
・GDP、35年ぶりの2けた減

といったニュースが世間を賑わせました。

『就活のバカヤロー』『ベーシック・インカム入門』『ウェブはバカと暇人のもの』

こうした状況のときに刊行された主な光文社新書はこちらです。

・『破天』山際素男(2008年10月)
・『日本の国宝、最初はこんな色だった』小林泰三(2008年10月)
・『就活のバカヤロー』石渡嶺司(2008年11月)
・『中学受験の失敗学』瀬川松子(2008年11月)
・『ベーシック・インカム入門』山森亮(2009年2月)
・『会社に人生を預けるな』勝間和代(2009年3月)
・『ヤンキー進化論』難波功士(2009年04月)
・『ウェブはバカと暇人のもの』中川淳一郎(2009年4月)
・『給与明細は謎だらけ』三木義一(2009年4月)
・『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか』古荘純一(2009年5月)

就活

『就活のバカヤロー』『ウェブはバカと暇人のもの』担当はともに「カッキーちゃん」こと柿内芳文さん

福岡さんが立ち会った、「人類史上、最も重要な発見」が発表された学会

さて、本書の主人公の一人は、マサチューセッツ工科大の若き研究者、デイビッド・ペイジ。

ペイジが目指したのは、旧約聖書の記述を改訂する試みでした。

ペイジはこう言います。「イブはアダムの肋骨から造り出されたのではない。アダムこそがイブから創り出されたのだ」と。そして、シモーヌ・ド・ボーヴォワールが『第二の性』で述べた「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」という有名な言葉は、男のほうにこそふさわしいと主張します。

ペイジは、男を男にする「鍵」に接近するために、極めて奇妙なターゲットに的を絞ります。それは古来、すべての哲学、文学、あるいは科学の好奇心と探究心を搔きたて、かつ、ひとたびとらえるとはなさない自然の造形物でした。

そんなペイジが、人類史上最も重要な発見について発表しようとしていた学会に、福岡さんは立ち会っています。

時は1988年の夏。ロッキー山脈に点在する高級スキーリゾート地として知られるアメリカ・コロラド州のカッパーマウンテンにいた福岡さんが参加されたのは、アメリカ実験生物学連合(FSAEB)が主催する研究会のひとつ、『高等動物細胞における遺伝子発現とその制御』というものでした。これはクローズド(closed)、つまり発表者同士以外には公開しない、部外者立ち入り禁止の研究集会でした。

当時、まったくの無名だった福岡さんがここに参加することができたのは、1988年の初夏、ニューヨーク・ロックフェラー大学にあるジョージ・シーリー博士の研究室にポスドク(ポストドクトラルフェロー=博士号を取得したての研究者の卵が修業を行う研究ポジション)として雇われたことによります。シーリー博士がこの集会を主催していたため、同行を許されたのです。

アメリカに到着して間もなかった福岡さんは、当時の英語力ではペイジの発表のすべては分からなかったと語っておられますが、その場にいた全員が、ペイジの発表に圧倒され、とてつもない発見がなされた瞬間に立ち会っていることは伝わってきたと述べています。

科学の世界において二等賞以下の椅子はない。どんなに多数のライバルたちが競争に参加していたとしても、一番最初にゴールに到達したものだけが、発見者としてのクレジットと、それに伴う栄誉と褒賞、そして場合によっては莫大な富を得る。

同じ着想とアイデアを抱き、同じ方法で、同じ発見をなし得ても、二番手にはそのすべてがない。これは新しい分子や遺伝子の発見のように、結果のあらわれ方がそれ以外の形ではあらわれようがないものの場合、特に決定的となる。

インシュリンの発見者バンティングは、ただ一人、インシュリンの発見者であり、カーボンナノチューブの発見者飯島澄男は、ただ一人、カーボンナノチューブの発見者である。中性子の発見者チャドウィックは、ただ一人、中性子の発見者であり、冥王星の発見者トンボーは、ただ一人、冥王星の発見者である。

なぜならそれは全く当たり前のことながら、インシュリンも、カーボンナノチューブも、中性子も、冥王星も、発見されるまでは隠されていたものの、ひとたび発見されれば、それをもう一度「発見」することはできないからである。一番と二番の差は、論文発表のタイミングにおいて、ほんの数週間しか違わないというケースさえありえる。特許の権利ではさらにシビアな争いとなる。一日でも先に出願した方が勝つのだ。

研究者の世界は狭い。どこのどの研究者が自分たちのライバルなのかお互いに熟知している。学会で挨拶を交わしても、警戒して本当に重要な進捗状況については語らない。ダークホースや新規参入者もいるだろう。専門誌の新しい号が届き、目次を見るときはいつも強迫的な不安感にさらされる。今月こそ、自分の研究が完全に出し抜かれ、これまでのすべての努力が水泡に帰すのではないかと。

   *   *   *

男を男たらしめる遺伝子の発見者は、ただ一人、男を男たらしめる遺伝子の発見者となる。

1988年夏、デイビッド・ペイジが、コロラド州カッパーマウンテンに集まった私たちの前で華麗な発表を行ってから(中略)まもなくのことだった。

その時点まで、ペイジは、男を男たらしめる遺伝子を最初に発見したのは間違いなく自分だと確信していたはずである。  

しかし……。  

もし将来、この分野にノーベル賞が与えられれば、そのクレジットと栄誉は自分に与えられると確信していたであろうペイジに、その後、暗雲が漂い始めたのでした。 

その顛末は本書をお読みいただくとして、本書は、男を男たらしめる「秘密の鍵=SRY遺伝子」の発見をめぐる、研究者たちの白熱したレースと駆け引きの息吹を臨場感をもって伝える一冊です。   

名文家として知られる福岡さんの初期代表作にして光文社新書のロングセラーの一冊を、この機会にぜひ手に取ってみてください。

アランちゃん7歳時のこの一冊

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