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久松達央著『農家はもっと減っていい』より「はじめに」と目次を公開します。

久松農園、久松達央さんの新刊『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』が発売になりました。さっそくアマゾンで品切れになるなど、たいへんご好評をいただいております(全国の書店、他のネット書店でお買い求めください。久松農園のHPだと、サイン本付きジュースセットが買えます!)。
こちらの新刊、農業関係者がコア読者になりますが、あらゆる職種の方々が自分の仕事について考える際に、役立つヒントが満載です。ダマされたと思って、ぜひ、手に取ってみてください。あと、絶対に久松農園の野菜を食べたくなるはずです。
本記事では、そんな久松さんの新刊から「はじめに」と目次を公開いたします。

はじめに

「GDPのわずか2%に過ぎない農業が、工業製品の輸出を妨げている。農産物の関税など撤廃して、農業がだめになったら食料は輸入すればいい」

こんな意見を今の若い人が聞いたらびっくりするかもしれません。自動車や半導体で日本の貿易黒字が拡大し、日本の農産物市場が強い開放圧力を受けていた1980年代には、メディアにもこのような意見が盛んに登場していました。

農民や業界団体は、輸入自由化反対の強い論陣を張っていましたが、社説で堂々と日本農業不要論を謳う新聞もあるなど、様々な立場から自由な議論が行われていました。農業の産業化が進み、競争力のない農家が淘汰されるのは仕方ない、という考え方は決してタブーではなかったのです。

ところがその後、日本の農政が大きく方針転換することはなく、特に稲作において、小規模な兼業農家が市場から退出することはありませんでした。いつのまにか農業全体に「弱者のレッテル」が貼られ、農業は他産業のようにオープンに議論することがはばかられるようになってしまいました。

私は、日頃から農業に関心を持つ学生や若い社会人と話をしますが、彼らにとって農家は手を差し伸べる対象です。農業を支援することは、対象が誰であろうと無条件にソーシャルで善なること、と信じている人が圧倒的に多いのです。

その空気に押されて、当の農業者の側でも、かつてのような自由な議論が行われることは少なくなってしまいました。困っているのだから、政府が助成してくれて当たり前だ、と考える農業者も少なくない有様です。

私は、サラリーマン家庭に育ち、28歳の時に農業を始めた新規参入者です。全国にたくさんの農業者の知り合いがいますが、上手な人もそうでない人も、儲かっている人もそうでない人も、様々です。看護師がみな天使だったり、教師がみな人格者だったりするわけがないのと同様、農家がみな「清貧な弱者」であるはずがありません。自営業者が多いゆえに、ちょっとだけわがままな人の割合が高い、ごく普通の職業です。

専門知識に乏しい若い人たちならいざしらず、最近では中央官僚や学者、一般のビジネスパーソンの中にすら、農業に関わることを「善行」だと捉える人が増えています。ソーシャルグッドの演出として農業が利用されることも多くなってきました。これは、障害者スポーツが感動の消費に使われる構図と基本的には同じです。

一方で、農業は国民全体にとっても、フードシステムの根幹を担う大切な産業です。弱体化した日本の農業は構造的に深刻な課題を抱えており、今のままでは日本の豊かな食卓を支えることができません。

農業は、善なる弱者論に押し込めるようなつまらない仕事ではありません。もっとはるかに知的で、多くの人が考えるに値するテーマなのです。

この本では、農業に関する様々なウソに丁寧に反論を試みながら、これからの日本の農業のあり方を考えています。また、農業がいかにクリエイティブで刺激に満ちたものづくりであるか、どれだけ豊かな人材育成の場となっているかを紹介し、農業を通じて縮小時代の日本を生きる術を紹介しています。

第1章「農家はもっと減っていい」では、資本とテクノロジーの大波によって、農業が大淘汰時代に突入している現状を詳しく解説します。歴史も踏まえながら、「農家は清く貧しい弱者」「耕作放棄は解消すべき」といった広く信じられている誤解を解きながら、現代の最新の農業への視座を提示しています。

第2章「淘汰の時代の小さくて強い農業」では、人口が急激に縮小する中で、食の外部化と多様化が進む現代のフードシステムに、農業が対応できていない理由を探ります。その上で、「強者の戦略」を取る少数の大きな農業経営体と、「弱者の戦略」に舵を切るべき小さな農家群の条件の違いを詳説します。また、条件不利地域や規模拡大が叶わない条件下の農業者が進むべき道を具体的に論じます。

第3章「小さくても売れる 淘汰の時代の弱者の戦略」では、公的支援や大組織に頼らずに生きる「小さくて強い農業」のあり方を、主に販売面から考えます。農業では、経営を大きくすることだけが強くなる方法ではないことを探りながら、小さくて強い農業の存在が全体にとっても必要であることを論じます。

第4章「難しいから面白い ものづくりとしての有機農業」では、一般に有機農業の価値だと思われている「安全・安心」や「環境にいい」などとは全く異なる、純粋なものづくりのプロセスとしての有機農業の面白さを、20年の現場経験を通じて考えます。また、制約の多い有機という手法の中での様々な工夫が、農業者の抽象思考を鍛え、クリエイティブな人材を育んでいることを、取り上げます。

第5章「自立と自走 豊かな人を育てる職業としての農業」では、農業という仕事に特殊性はなく、「農業は農家に生まれたものにしかできない」という俗説への反論を試みます。また、自立と自走というキーワードを軸に、なぜ農業が豊かな人材育成の場になりうるのか、を掘り下げます。

第6章「新規就農者はなぜ失敗するのか」では、農業への新規参入の実態を詳しく紹介します。自身も農外からの参入者で、育成の現場に長く関わってきた経験から、自営としての新規就農が年々うまくいかなくなっている理由を、実例を交えて考えます。

第7章「『オーガニック』というボタンの掛け違い」では、日本の有機農業がなぜオワコンと化してしまったのかを取り上げます。また、政府の「みどりの食料システム戦略」に取り上げられたことでもにわかに注目が集まる「オーガニック」の概念に関して、農業と一般の人のイメージが大きく乖離してしまった実態を考察します。

第8章「自立した個人の緩やかなネットワーク 座組み力で生き抜く縮小時代の仕事論」では、大きな組織が機能不全に陥る中で、自立した個人のネットワークが社会の重要な役割を担うようになっていることを取り上げます。その上で、小さな農業のあり方が示唆する、縮小時代の働き方について考察します。また、自由な生き方を貫くためのチームづくり、会社づくりについて議論します。

第9章「自分を『栽培』できない農業者たち 仕事を長く続けるための体づくり心づくり」では、私自身の苦い経験を紹介しながら、生きる上での体と心のケアの大切さを説きます。健康であることが、人生の目的であるばかりでなく、いい仕事を残すために必要な手段であることを解説します。また、30代から40代にかけて、誰もが陥る、仕事を降りられない構造について考えます。

それぞれの章は独立しているため、目次を見て興味のある章をランダムに読んでいただいても差支えない構成になっています。

現在の日本の農業の全体像を知りたい学生やビジネスパーソンは、第1章、第2章から通読してもらうと、農業の産業構造を理解することができ、巷で話題に上がる様々な事象をどう捉えるべきかの視点が得られると思います。

農業経営の現場にいる人たちには、第2章、第3章、第4章の具体的な記述が、経営のヒントになるでしょう。人材育成で悩む人たちには、第5章や第8章が参考になると思います。

行政や農業周辺ビジネスで、農業者の発掘や育成に携わる人たちには、第6章の新規就農の具体論を興味深く読んで頂けるはずです。

キャリアの浅い若手農業者や、これから農業に就くことを考えている人たちには、第4章、第6章を読んでもらえれば、きっと得るものがあるはずです。第1章、第2章も知識として知っておいてもらいたい内容です。

そして、すべての農業者、ビジネスパーソンにぜひ読んでもらいたいのが第9章の体づくり、心づくりについてです。心身のケアに投資をする人が一人でも増えることを願ってやみません。

私は、学者でも、ジャーナリストでもなく、一農業者です。文章の骨格は、野菜を収穫しながら、あるいはトラクターで畑を耕しながら、手と頭で紡いだものです。執筆にあたって最も心がけたのは、稚拙でも自分の中から出てきたことを書く、ということです。そうでなければ、農業の現場に身を置く者が書く意味がないからです。

それでは、現場の農業者が忖度抜きで語る、本音の農業論のはじまりです。

目  次

はじめに  

第1章 農家はもっと減っていい
農業は大淘汰時代に突入した/「農家」の8割が売上500万円以下という残念な事実/水田稲作に見る農業のスケールメリット/なぜ淘汰が進まないのか/赤字農業をなぜ続けるのか/先祖代々受け継いだ農地を守っている?/集約を妨げた農業の兼業化/農地転用という農家の「不都合な真実」/集約が進まないことのしわ寄せは消費者と先進農業者に/農家は「清く貧しい弱者」なのか/農業関連ビジネス栄えて、農家滅ぶ?/大淘汰は産業発展の必然/産業構造を変えずに今の農家を「温存」しても解決にはならない/農地ももっと減っていい/条件の悪い地域に合わせた制度設計が農業経営を縛っている/耕作を放棄する勇気を
若手農業者のためのコラム1 親の言うことを聞いてはいけない  

第2章 淘汰の時代の小さくて強い農業 
農家は条件によって戦う土俵が異なる/家族農業を守る、は今の日本には当てはまらない/「大規模農家」は一般社会では零細企業/食の外部化とフードバリューチェーン/弱者には弱者が戦うべき土俵がある/消費者が鮮度の落ちる野菜を食べさせられている理由/大淘汰時代の撤退戦を前向きに戦うべき/集約が進むと、非協力ゲームが減る/送料無料でホントにいいの?/農業のフルセット型は維持できるか?/淘汰の時代の影 集約によって損なわれるもの/「素人」の良さを活かす道はある/大淘汰時代の弱者の戦略/小さい農業の生き残り術① 価格競争の土俵に乗らない/小さい農業の生き残り術② 皆がいいと思うものに手を出さない/小さい農業の生き残り術③ セールスポイントを曖昧にする/ファンベースの農業を続けるには/条件1 「みじめな範囲」を逸脱しない/条件2 偏る勇気を持つ/小さくて強い農業の核は、戦略ではつくれない/自分よりも強い相手に挑むのが知性/小さくて強い農業は地方経済にとっても意味がある

第3章 小さくても売れる 淘汰の時代の弱者の戦略
大きく仕掛けるか、個として生きるか/農業は計画統制型から自律分散型へ/すべての個農は「最愛戦略」に向かう/「つくる」と「売る」は不可分/小さい農家は「差別化」してはいけない/美味いものは路地裏にあり/① 悪いところを晒け出す/② ドヤ顔でおすそわけ/③ 最良のコンテンツが最良のSEO/料理をつくる人の手柄になる野菜/何を買うかより誰から買うか/野菜定期便は映画館/旬の野菜に縛られる暮らしの豊かさ/100人に1回買ってもらうものより、一人に100回買ってもらえるものをつくる/まだ見ぬ理想の販売方法/Spot and Tableという到達点/小さい農家は「勝つ」より「負けない」戦略を
若手農業者のためのコラム2 自分のお金と事業のお金  

第4章 難しいから面白い ものづくりとしての有機農業 
農薬を使わないことは栽培の上で何を意味するのか/有機農業とオフサイド/農業のモジュール化と有機農業/有機という制約が工夫の余地を生む/「妄想」が人材に厚みをもたらす/小さくて強い農業の存在意義/農業のオーナービジネス化が始まっている/農業は金持ちのものになってしまうのか?/野菜は畑にある状態が100点/多品目農場のある夏の一日/野菜は人に触られるのが嫌い/すべての工程はつながっている/小さいから丁寧なものづくりができるわけではない/多品目栽培の悪循環/正解・不正解よりも、好き嫌いを大事にする/HowとWhy/誰に褒められたいのか 何を美しいと思うのか
若手農業者のためのコラム3 科学を知らない農業者 

第5章 自立と自走 豊かな人を育てる職業としての農業
農業固有の特殊性は存在しない/農業者が育つ三条件/なぜ三条件が満たされないのか/すべての過程を味わい尽くす/農業のモジュール化と「百姓仕事」/モジュール化のもたらすもの/ドレイファスモデルと仕事の習熟/「想定外」が人を育てる/自立と自走のできる人材とは/腹を割って話せれば「コミュ力」など要らない/働く動機は当人が育むべきこと/農業の人材育成は、流動化の時代のヒントとなる
若手農業者のためのコラム4 仕事を続けるモチベーション  

第6章 新規就農者はなぜ失敗するのか 
新規就農の実態/新規参入者が先行者に追いつけない理由/産業の成熟は、新規参入を難しくする/「自分だけが知っている」という情報の非対称性では食えない/新規参入者が採りうる道は二つしかない/緩い補助金と粗い「ふるい」 過剰な就農支援は討ち死にモデル/個々の新規就農者の選択は自由/新規の人は入ってくるな! は正しいか/公共財にタダ乗りしておいて「自給自足」はないだろう?/「農業ハック」の浅はかさ/新規就農は「デザイン」できるのか/農業者育成のリアル/独立農業に必要なのは「座組み力」/起業家は育てるものではなく、見つけるもの/失敗の実例1 自分を大事にしない人/失敗の実例2 未来への自己投資ができない人/それでも農業をやりたい人へ
若手農業者のためのコラム5 35歳という締め切り 

第7章 「オーガニック」というボタンの掛け違い 
すべての農産物は安全である/「農薬は危険だから有機」というウソから抜け出せない流通/有機農業は技術的に遅れている/有機農業は道具のひとつ/有機農業を公的に推進することに合理的根拠はない/有機農業 vs.慣行農業の不毛な痴話喧嘩/オーガニックへのニーズは本当にあるのか?/混乱の原因は「オーガニック」という言葉/無限に広がる「オーガニック」の便利な風呂敷/農業は、広義の「オーガニック」需要には応えられない/「健康」は達成されないもの/都市生活者の不安の根底にあるもの/消費者のオーガニック志向がもたらすボタンの掛け違い/オーガニックムーブメントは、時代の趨勢でしかない/有機農業を上位に置くのをやめるべき/有機農家はカレールウを目指せ/有機だから高く売れるのではなく、高く売れる人だから有機でできる/自分のスタンス

第8章 自立した個人の緩やかなネットワーク 座組み力で生き抜く縮小時代の仕事論
仕事は一人ではできない/自立した個人の緩やかなネットワークとは/農業はいつまでも偉くならなくていい仕事/経営理念は不文憲法/規格に従うことで楽をしない/「下働き」が仕事に優劣をつくる/チーム成長の三段階/経営の自由を他者に委ねない/暮らしと顧客価値が地続きであること/抜き差しならない関係がものづくりには不可欠/人の定着をゴールにしない会社/「人」が離れても、「技」は共有できる/学んだことをサイエンスに返す/子が三歳なら親も三歳/小さい会社はリスクを取れる/最初に目が合った人と組む/自給自足が難しい理由

第9章 自分を「栽培」できない農業者たち 仕事を長く続けるための体づくり心づくり 
殺しても死なない20代/変調をきたした30代/カラダの疲れはココロに出る/不調が拡大する40代/「仕事が上手になりたいなら、飯食って寝ろ!」/「体が資本」の本当の意味/過負荷は弱い部分に表れる/体を大事にしない技術者は二流/最も有効な手段は「乗り切る」こと/競争を降りられない男たち/体づくりは「モテ」のため?/50代の私がやっていること

おわりに  

参考文献  


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