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タイの公務員は国民のために働いてはいない(第25回)

【お知らせ】本連載をまとめた書籍が発売されました!

本連載『「微笑みの国」タイの光と影』をベースにした書籍『だからタイはおもしろい』が2023年11月15日に発売されました。全32回の連載から大幅な加筆修正を施し、12の章にまとめられています。ぜひチェックしてみてください!

タイ在住20年のライター、高田胤臣がディープなタイ事情を綴る長期連載『「微笑みの国」タイの光と影』。
今回は「タイの公務員」がテーマです。日本と同様、タイでも公務員への就職人気は高いのですが、その理由は異なります。給料が低い一方、タイの公務員だからこそ得られる「メリット」とは……。

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公務員はタイでも安定の就職先だが、その理由は日本と違う

 タイも日本と同じで公務員は人気のある職種のひとつだ。ただ、その理由は日本と違う。

 日本だと公務員は安定の職場という魅力があろう。給与は一般企業よりは多少低くとも、倒産などのリスクがない。タイの公務員も当然ながら一般企業よりは給与が低い。現時点での公務員の給与は4,870バーツ(約19.480円)から76,800バーツ(約307,200円)となっている。これには役職手当などが入っていない。役職手当はおおむね0から21,000バーツ(約84,000円)がプラスされるので、最大で約97,800バーツくらいにはなる。

 この給料は一般職のもので、採用内容や配置先でもだいぶ変わるようだ。警察の危険な部門では若手でも6万バーツはもらえるという。一般職にあたるような人でだいたいこれくらいだ。先に述べた給料の最大値は、たとえば警察でいえば長官クラスのような登り詰めた人の額なので、平均的にはやはり一般企業とは桁がひとつふたつ少ないという現実がある。

 仮に一番下の給料で働き始めた場合、年収は58,440バーツくらい(ボーナスなどを考慮しない場合)。タイの平均世帯収入が月2.6万バーツといわれることを考えると、1年間で平均の2ヶ月分程度しか稼げないということになる。タイは格差社会なので、1万バーツも稼げていない世帯が多いとはいえ、それでも月々でその半分くらいしか収入がないとしたら、果たして公務員になるメリットなどあるのだろうか。

 だが大きく分けると3つのメリットがあって、タイ人は公務員という職業にそれを求めているのだと思う。「名誉」「福利厚生」「立場」である。最大のメリットである「立場」については次項で説明するとして、一つ目にあげた「名誉」は、公務員を意味する「カーラーチャガーン」という単語の意味から理解可能だ。

 タイ語の「カー」には召使などの意味があり、「ラーチャガーン」は公務などを指す。そのため「カーラーチャガーン」は日本人がよく言う「公僕」とも訳せるが、ラーチャガーンをもっと分けると、「ラーチャ」が王族、「ガーン」は事といった意味だ。要するに、ラーチャガーンは国王、王族の仕事などの意味合いにもなる。タイは王国なので、公務はすなわち王様に奉仕する仕事である。

 つまり、タイ人が公務員になることは国王に直接仕えることを意味する。だから、たとえば自分の息子や娘が公務員になるのは誇らしいことでもある。そういった、日本ではありえないような理由で公務員に人気があり、公務員はどんな役職であっても尊敬される人たちなのだ。

 公務員になるメリットには、「福利厚生」もある。年金や退職金はベースとなる給料が少ないので金額的にはそれほどではないにしても、確実にもらえる。また教育費や医療、住宅補助などいろいろな補助がある。変わった例をいえば、たとえば警察官が拳銃を買うときに安くなることもある。公務員の士気向上のために、タイ政府も一応このあたりは多少充実させているのだ。

警察官は非番でも警察組織の権利を執行できる。

安い給料は「副業」で補う

 さて、タイで公務員になったときの最大のメリットが「立場」である。先のようにタイの公務員は王様に仕える身分なので、タイ人は社会常識として公務員に楯突くことができない。最近は反政府集会などが開かれるくらいなので、時代は多少変わっているかもしれない。しかし、一般的なマインドとしては、公務員に反発することは王様に意見するようなもので、タイでは許されないことだ。そのため、公務員になっただけで自然と、一般市民よりちょっと偉くなってしまう。

 もちろん、ちょっと偉くなっただけではメリットとはいえない。タイ人はそこで、この立場を最大限に利用するわけである。そうして得られるものが大きいというわけだ。極端にいえば、立場を利用してタイという国も手にすることだってできる。今の政府のトップを見ればわかることだ。当然、それは簡単なことではないけれども。

 一般的な公務員が立場を利用して行うのは、小遣い稼ぎだ。給料が安い分、立場を利用しておいしい蜜を吸うのである。一番簡単な例ではアルバイトがある。警察官は拳銃を自由に所持できるので、ガードマンのバイトをしたりする。ほかにも各々の職種に合ったスキルやその役職で使える権利を私的に利用し、たとえば申請の融通を利かせたりして、相手から何かしらの便宜を受けるのである。

 こうした行為は、タイといえども本来は違法だ。役所によっては賄賂などの受け取りを禁じるなど、だいぶクリーンになってきてはいる。しかし、今度はその分、申請が通りにくくなるという皮肉な事態も起こっている。

 というのも、上から禁じられている以上、露骨に賄賂を請求したり、それをわかりやすく臭わせると自分の首を絞めることにもなる。通報されたらおしまいだ。かといって、給料は前と変わらない。そこでトンチを利かせ、「窓口に来た人に賄賂要求は禁じられている」から、窓口で要求しなければいいんだ、と考えたのだ。こうして、業者を通じて申請させるように仕向けてくるケースが増えているそうだ。のらりくらりと申請を引き延ばし、申請者にらちが明かないからと業者に相談させ、話を持ってこさせるという手口である。

 それでなくても、タイ人は自己流の解釈が多い。公務員に限らず、銀行などあらゆるところで起こるのだが、同じ銀行でも支店によっては同じ書類の申請が通ったり通らなかったりする。もっと極端になると、同じ支店でもこの人はだめだけどほかの人は大丈夫、というケースもある。今はだいぶマニュアル化されてきたが、個々人の勝手な解釈が多くて一般市民はいつも迷惑している。

 迷惑をかけられすぎて、それが当たり前になったタイ人を象徴する話がある。2013年以前はタイから日本へ観光などの渡航をする際にはビザ申請が必須で、みんな日本のビザを取るのは厳しいと嘆いていた。ハードルが高すぎて、日本は簡単に行けない国だと思い込み、それもあって短期査証免除になったときに反動でみんな日本に出かけるようになったわけだ。しかし、実際には日本のビザを取得するのは難しくなかった。むしろ、在タイ日本大使館はビザの不受理の際には(窓口で受け取らない段階の話)、わりと明確に説明している印象だった。「これとあの書類を持ってくれば通る」と、なにを用意すべきか言ってくれる。ところが、窓口で振り回されることに慣れたタイ人は勝手にだめだとあきらめたり、余計なことを考えて書類をあえて用意しなかったり。結局それでビザがもらえず、日本は厳しいと嘆く。

日本のビザは難しいというが、実際には勝手にタイ人がそう思っているだけ。

 タイの公務などもだいぶマニュアル化されて、必要書類は明確になってきた。それでも、たまに書いていないものを要求してきたり、いちいち難癖をつけて、こちらから賄賂を出すような動きに持っていこうとする節がある。公務員がそういうものをもらわなくても生活できるだけの給料が最初からあれば問題ないのに、といつも思ってしまう。まあ、タイも今年6月から観光税を導入して外国人から徴収するようだし、以前から国立公園は外国人料金が設定されているなど、外から巻き上げようという体質は昔からあるので、給与が上がっても公務員は同じことをしそうだけれど。

渋滞も社会問題だが、公務員の自己流解釈もなかなかの問題だ。

ヤバい公務員が起こす凶悪事件

 タイの公務員というと、政府の省庁、役所勤め、それから軍隊や警察、消防、学校の教員などがある。だいぶ減ったそうだが、学校の教育現場なんかはいまだに体罰があり、保護者を含めて生徒側がそれに抗議することは難しい。ある日本人とタイ人夫婦の世帯では仕方なくタイでの子育てをあきらめ、日本で学校に通わせることになった。

 ほかにも、学校の教員のモラルの低さが伺える事件がある。誤解を与えないよう一応申し上げておくが、この項で話している「ヤバいヤツ」はごく一部であって、大半はそんなことはない。さて、低いモラルが伺える例として、今年1月に地方の学校で美術教師が複数の生徒と性行為をしたことが明らかになっている。ビデオクリップが流出したことがきっかけで、中3から高3の生徒が被害に遭っていたのが判明した。まだ解決していないが、当の美術教師は否認し、かつ精神的苦痛なのか錯乱から刃物で自殺を図っている。ただ、自殺は失敗に終わっており、今後もまだ追及は続くようだ。

 警察官や軍人、一般公務員にも危ないのはたくさんいる。最近の銃器関連の重大な殺人事件はだいたい公務員が起こしている印象がボクにはある。2020年1月に、中央部サラブリー県のショッピングセンターにある金行にサプレッサー(消音機)を装着した銃器を持った男が強盗に現れた。その際の発砲で、流れ弾に当たった2歳児を含む3人が亡くなっている。逮捕されたのは元校長という役職にあった男だった。同年8月には死刑判決が下されている。

 その強盗の翌月には東北部ナコンラチャシマー県のターミナル21という商業施設に軍人が武装して立てこもり、30人を殺害。犯人は翌朝、現場で射殺されたが、これは上官が職権を利用して不動産売買をし、その手下としてこき使われたのに分け前をもらえなかったことで人間性が崩壊したことが犯行要因のようだ。

 2022年10月には東北部ノンブアランプー県で元警官が保育園に押し入り37人を殺害。犯人は自殺している。動機はもうわからない状態だが、男は薬物の使用で警察を免職されいて、もともと問題のあった男のようだ。

 ボクなんかもビザだったりいろいろな手続きでタイの公務員と接することがあるが、だいたい半分以上に、この人は民間にいたらどうなっているんだろう、とか、友だちいるのかな、と感じる。常にイライラしていて、スキがあればいちいち難癖をつけてくる。もしかしたら、タイの公務員になるには性格診断テストを通過しているんじゃないかとも思う。性格が悪い、極悪と判断されないと公務員になれないのではないか。本当にそれくらいひどいのが多い。

タイは銃社会であり、人間関係も複雑で難しい国だ。

公務員と仲よくなると役に立つが……

 ひどいのが多い、は言い過ぎかもしれない。実際、いい人もいっぱいいる。田舎の公務員はわりとのんびりしていて、いい感じでもある。今は国民情報がオンラインに集まっていて、管轄外の役所でもいろいろな手続きが可能だが、ボクの娘が生まれたときはまだそんな状態ではなく、わざわざ妻の実家がある東北の田舎に行かなければ出生届が出せない状態だった。それからも妻のIDカードの手続きで何度か行ったのだが、のんきなものだった。

 また、ボクと妻の結婚届はバンコクの区役所で申請しているのだが、そのときは雑談程度の面談があった。なにを話したか憶えていないほど軽いものだ。ところが今は、タイのビザが厳しくなって偽装結婚が増えているようで、婚姻申請時の面談は必須で、かつ夫婦別々に行うらしい。それはビザを求めて悪さをする外国人のせいなので仕方がない。

 とにかく、全部の公務員が悪いわけではない。そもそも、日本語で公務員と呼ぶと、どうしても日本の公務員と同じイメージで考えてしまいがちなのも問題だ。繰り返すが、タイの公務員はいわゆる公僕ではあるが、その「公」とは国民ではなく、王様と王族を指すのである。だから、公務員は国民にサービスする必要がないというか、その概念がない。王様のために働いているに過ぎないのだ。だから、前項にあげたような事件を起こすレベルのヤバいヤツはだめだが、申請を引き延ばすような輩もまた、別に悪人ではないとも言える。申請を受けなくたって、王様のためになるならそれも当然なのである。

 それに、誤解を恐れずに言うならば、公務員に自己流解釈が多いのも実は悪いことではないとボクは思っている。銀行でもなんでもそうだけれど、この人でだめでもほかの人で申請が通るなら、それに越したことはない。賄賂もない方がいいに決まっている。でも、金額が数万円ならともかく数千円で済むのであれば、ある意味では空港の出入国審査優先レーンの利用券を買うようなニュアンスに近い。特急で終わればそれも楽でいいじゃないか。

 こうやって、公務員の職権を私的に使うことはボクはありだと思う。給料が安いのだから仕方がないし、仲よくなればその職権をこちらのために使ってくれることもある。とある日本人の知人は、出入国関連の界隈や日本のタイ大使館に知り合いを持っていて、ビザ申請も出入国もVIP扱いで終わるらしい。

 日本人の場合、軍の高官と関係を持つことは難しいが、警察官だとか政治家あたりはわりとビジネス関係で有効なものになる。なにか問題があったときに、あっという間に解決できる立場に彼があればなおいい。ただ、大した役職にないのにこっちが勝手に勘違いしてつき合っても、本当に必要なところで助けてくれないこともあるので注意したい。

こういった階級章の見分け方ができるようになってから警察や軍人とつき合う方がいい。
日本人でも軍隊の庇護にある人は少ない。軍は警察の上の組織なので、袖の下も大きな額でないと動かないという。

 それに何度も書いてきたように、タイ人はクレバーだ。いざというときに便宜を図ってもらうには、事前にそれなりの見返りを与え続ける必要がある。あるいは、逆に、彼になにかあったときに返せるほどの大きな強みをこっちが持つことだ。日本人はこのあたりがうまくない人が多くて、いざというときに切り捨てられることがよくある。とにかく、それなりの役職にある人から名刺をもらったら、裏書があるかを確認しよう。裏書がなければ、その人はこちらにまったく興味がない。それくらい、名刺に裏書があることは重要だったりする。

 悪い公務員もいるが、いい公務員もいる。そして、どちらであっても、タイで生活するにはある程度つき合いがあった方が、なにかあったときの切り札にもなる。タイ人は人間関係が複雑な世界に生きているが、タイに住んだら我々も結局そうなってくるのである。

チャオプラヤ河のようにタイにはタイの時間が流れ、ルールができあがっている。

書き手:高田胤臣(たかだたねおみ)
1977年5月24日生まれ。2002年からタイ在住。合計滞在年数は18年超。妻はタイ人。主な著書に『バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー氏との共著)『東南アジア 裏の歩き方』『タイ 裏の歩き方』『ベトナム 裏の歩き方』(以上彩図社)、『バンコクアソビ』(イーストプレス)、『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)。「ハーバービジネスオンライン」「ダイアモンド・オンライン」などでも執筆中。渋谷のタイ料理店でバイト経験があり、タイ料理も少し詳しい。ガパオライスが日本で人気だが、ガパオのチャーハン版「ガパオ・クルックカーウ」をいろいろなところで薦めている。

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