見出し画像

タイ人にとっての「会社」「仕事」「働きがい」の意味|「微笑みの国」タイの光と影 vol.26

【お知らせ】本連載をまとめた書籍が発売されました!

本連載『「微笑みの国」タイの光と影』をベースにした書籍『だからタイはおもしろい』が2023年11月15日に発売されました。全32回の連載から大幅な加筆修正を施し、12の章にまとめられています。ぜひチェックしてみてください!

タイ在住20年のライター、高田胤臣がディープなタイ事情を綴る長期連載『「微笑みの国」タイの光と影』。
今回はタイ人にとっての「仕事」を広く考えます。日本人ほどハードワークをすることなく、自分や家族を大切にするタイ人。その背景には就職や社会保障といった「仕組み」と、文化や風土が強く存在します。一長一短なタイと日本の働き方。あなたの理想に近いのはどちらでしょうか?

これまでの連載はこちらから読めます↓↓↓


日本とは違う就活システム

 タイも日本のように会社組織で働くということがだいぶ定着してきた。ただそれこそ1990年代の頃はまだ、大学生が卒業後に会社へ就職するというのはバンコクでの話であって、地方では自営業になるか、それに準じたような仕事をすることが普通だった。今のタイで安定した職種といえばエンジニアが筆頭で、工業なり、近年であればIT関連の知識を学ぶことで、会社員としてそれなりの給料をもらい続けることができると信じられている。

 バンコクでは今の若い人たちは親世代もかろうじて会社員が多いものの、30~40代だと家族・親族に会社員で生計を立てている人が少なく、そもそも会社で働くというロールモデルが身近に存在しない。これによって、日本人の会社で働くという意味合いとタイ人のそれは大きく異なってくる。

 タイはそもそも、就職活動の方法が日本と違う。日本ではバブル崩壊から就職氷河期だとか、大学生の就職浪人などという言葉が生まれてきているが、タイにはそういった言葉がない。というのも、タイの場合はまず大学生のときに働くという概念がない。学校の課題などが忙しいこともあろうが、アルバイト(あるいはパートタイム)という働き方がない。後述するが実態としてまったくないわけではなく、そういった「概念」がないのだ。大学に進むにはある程度保護者の収入レベルも問われるので、それなりに豊かな子息が通っていることも理由の一つだ。だからタイ人は学生時代にアルバイトをしないし、みな同じ服を着て企業を巡るような就職活動もしない。

タイの大学生は白のワイシャツに黒のスカートやズボンという制服を着用する。

 では、タイの若者はどのように企業に入っていくのか。かつては口コミや知り合いの伝手、現在はネットでの応募などが主流になる。この連載の中で何度もタイ人社会には目に見えない階級格差があり、飲食店などはクラス別に分かれていることを指摘してきた。しかし、一方では富裕層が行く店も低所得者層の店も違いは内装の豪華さやサービスのレベルくらいで、内容はそんなに変わらないということも紹介してきた。要するに、タイという大きな括りで見れば、みんなやっていることは同じなのだ。これが就職手法にも現れている。

 たとえば、かつてタクシー運転手といえば東北部のロイエット県人が多かった。これはおそらく、ロイエットの村から出稼ぎでタクシー運転手になった人が大儲けし、それを田舎で吹聴したからではないか。水商売で働く女性の出身村落に行くと、やはり水商売をしている人が多い。昔はこのように口コミと知り合いの紹介で仕事先をみつけて働くことが当たり前だった。雇う側にとっても、すでに働いていて信頼できる人の紹介であれば同じように信用できるというメリットがある。

 それが今だと、特にバンコクではネットによる就職活動が一般的になってきている。極端な例では、性風俗産業でさえも今はネットで応募し、面接するのが当たり前だ。IT企業のホームページなどにも必ず人材募集のページがあって、ポジションや条件諸々が記載されている。こういったページやネット掲示板、就活サイトのようなものを閲覧して応募するのである。

 他国向けの事情はわからないが、タイの日系企業に向けた人材派遣会社も存在する。日本のような派遣元というわけではなく、人材を企業に斡旋する紹介業だ。伝手のない日本人の会社などが、そういった会社がすでに一度面接している人材を得ることができるという仕組みである。これは伝手とネットの間の就職活動方法といえよう。とはいえ、派遣会社にもネットで応募することが多いので、大きな意味ではネット就活ともいえる。

 タイでは大学を卒業したのちにネットを通じて、あるいはコネがあるのであれば知り合いの紹介で就職活動をして、適当な時期に働き始めるのが普通だ。大学には日本のような就職に関する相談窓口が存在しないし、卒業時期も日本のように一斉ではない。タイの大学はアメリカなどのように9月が年度の始まりになっていたり、卒業も従来のように4月前後だったところも残りつつ、8月あるいは12月のケースもありバラバラだ。

 しかも、タイの文化・習慣的に、国立大学は国王を始めとした王家の人々が卒業証書を授与するため、卒業式自体がいつになるか、実質的な卒業時点ではわからない。また、男子の場合は徴兵のほか、仏教徒は短期間の出家もあるなど、多数の人員を受け入れたとしても足並みを揃えることが難しいので、同時に入社させる意味もあまりない。

 このように、タイと日本では就職の流れそのものが大きく異なる。スタート地点が違うのだから、会社員という働き方に対する意味合いが異なるのも当然である。

これだけ自然が豊かならなにもあくせく働く必要もないかと思えてくる。

タイ人の出世欲が薄い理由

 では、タイ人には出世欲があるのかないのか。日本と同じで人ぞれぞれではあるが、割合としては日本人ほど上を目指している人は少ない感じがする。

 前項のように、そもそも会社員という生き方が定着したのが最近のことであって、それまでは会社というと外国の大企業かタイの財閥グループ会社、それから中小企業くらいだった。これらはどの会社形態を見ても、一般社員が上り詰めること自体がまず無理だ。外資は本社の外国人が上に立つことが当たり前だし、財閥や中小企業はオーナーの家族・親族しか上になれない。平均賃金もバンコクこそ4万バーツ台はあるものの、どんなにがんばったところでそこまで稼げる人はひと握りでしかない。

それならば、ある程度の稼ぎだけ確保して、あとはサバイサバイ(気楽)に生活した方がいい。日本人と大きく違うのは、仕事のための仕事ではなく、生活のための仕事であって、無理にがんばるくらいなら多少安くても私生活が充実する方がいいと考える人が多い点だ。タイ人にとって一番大切なのは自分と家族であって、仕事に命を懸けはしない。

 そのため、仕事に対するウェイトがあまり大きくない。責任感もあくまでも給料に見合った分だけであり、日本人のように低賃金で高収入者並みのパフォーマンスを出すことはない。タイ語で「働く」は「タム・ガーン」といい、タムは作る、するといった意味合いがある。ガーンは仕事だが、祭りもガーンで、そういったみんなでワーッとなにかをすることが全般的にガーンに当てはまる。この言葉からも日本人の「仕事をする」とタイ人のそれは重みが違うことがイメージできると思う。

私生活を大切にして、気の合った仲間と旅行をする。

 だからなのか、仕事の形態もまた日本と違う。日本だと正社員と派遣社員の格差問題があるが、その点でいうと、タイには非正規雇用の働き方がなく、基本的にはすべての人がその会社に直接雇われるの。全員が正社員ともいえるが、そもそも派遣という対になる言葉がないので、正社員という呼び方もしない。パートタイムでの仕事も結局は直接その企業に雇われるので、違いは給与形態が月給制なのか時給制なのかであり、仕事内容には大差がない。もちろん、一般的な会社の営業職や経理など、職種によってはパートタイムのような働き方はできない。飲食店や工場のラインなどシフト制ならそれが成り立つというくらいであって、そのため、タイには基本的にパートタイムという「概念」がないわけだ。大学生などは飲食店でアルバイトのようなことをする人も一部いるが、ほとんどの学生は学校に通うだけの生活をしている。

学生がスキルを活かしてボランティア活動の一環としてのショーを行う。

 そうした働き方かつ、先に述べたように労働への意識も違うので、タイでは正社員でも日本のアルバイト並みの責任感しかない。責任感がないので、辞めたくなったらすぐに辞める。それがいいか悪いかはまた別の話である。ある意味では、タイのよさでもあるのだから。この、タイ人がすぐに辞めてしまう問題については話すと長くなるので別の回で言及したい。

 これらを総合すると、タイ人には出世欲があまりない人の方が多いというわけだ。そもそも、稼ぎたい、偉くなりたいと考える人は会社員にはならず、自分で事業を立ち上げるだろう。もし会社員で成り上がりたい場合は、基本的には外資系企業に行く。初任給がよく、また外資は英語などの外国語が要求されるので、スキルを活かした仕事ができて、それが給料にも反映される。

 タイの中には出世欲がある人もいるが、他人を蹴落としてまでがんばる人は少ない。そして、こういった社会に嫌気がさしてドロップアウトした人の中には自営業を始める人もいるし、資金がなければタクシー運転手などになって、誰にも命令されない仕事を始める。こういった、人にガミガミ言われるくらいなら生活できる分だけ稼いで気楽に生きる道を選ぶ人がタイには多い。そういった生き方ができるのもタイ人とタイ社会がそれを認めているからだ。日本のように会社を辞めるだけでも労力がかかる社会とは違う。

社会保障制度がタイ人の所得の実態を表している?

 タイの場合は社会保障が手薄なので、会社で働くことのメリットが小さい。これも会社員という働き方がなかなか定着しなかった要因だろう。今でもタイ政府は民間の保険などで資産運用することを推進しているほどだ。

 タイの社会保障は、会社員ではなくフリーランスでも加入できる点は日本と同じようなものだ。始まったのは90年代に入ってからと歴史は浅く、健康保険、失業保険、老齢年金が柱になっている。健康保険は、加入時に病院指定になるものの、その病院に行く分にはキャッシュレスで治療を受けることができる。もちろん治療費の限度があるものの、なにかとアクシデントが起こりやすいタイでは安心である。

 失業保険は過去15ヶ月以内に6ヶ月以上保険料を支払っていると受給資格が与えられる。ちなみに、タイの社会保障保険料は月給の5%を労使双方が拠出する。ただ、月給に上限があって、最大で15000バーツ分しかない。つまり、労働者側は毎月最大で750バーツを保険料として納める必要がある。逆にいえば、どんなに高給取りでも恩恵を受けることができるのはこの月給の範囲内でしかない。失業保険は、雇い側の都合による退職の場合は平均給与の50%を180日分、自己都合退職は30%を90日分が支給される。ただ、これも結局は上限である15000バーツ分のパーセンテージなので、高給取りには随分と少ない金額が渡されることになる。

タイは各県に最低ひとつは週末市があって、誰でも安価な経費で店を出せるのもひとつのビジネスチャンスだ。

 年金も同様だ。これも上限が15000バーツなので、保険料を20年払っていたとしても、4125バーツが月々の年金受給額になる。現在時点でもタイは物価が上がっていて、1食あたりの値段が屋台でも100バーツくらいすることを考えると、毎日の食費分になるかもわからない金額だ。しかも、年金は最低でも180ヶ月(15年)ほど払っていないと受給資格ができない(支払期間が足りていない場合は、納付期間に合わせて計算した一時金が支給される)。そのため、本格的に年金受給が始まったのは2014年ころからである。

 一応、これらの社会保障は外国人でも利用できる。ただ、外国人は労働許可証の取得に対する最低賃金が設定されているので、給料よりもずっと恩恵は低いと感じるに違いない。医療保険はなんら問題なく利用できる。ただ、タイの病院なので日本語や英語も通じないことが多く、利用しづらい。失業保険ももらえるにはもらえるが、申請時期や申請事務所の担当者によるだろう。ボクが会社員を辞めた時期、タイの社会保障事務所のトップが外国人には支給しないと宣言していたため、受け取ることができなかった。払わせておいて支給しないというのがまた、タイ人の気質を表している。年金も受け取れるが、日本大使館に生存証明などを出してもらう必要があるなど結構面倒で、そこまでして受け取る額か? といったところ。

 何度も連載中に書いているが、タイ全土の平均所得が26000バーツとされ、かつ所得分布図上では平均額を得ている人が全体の20%とされる。ある意味では、こうした社会保障の額がそれを見事に証明しているのではないか。タイ政府は、一般的なタイ人の実質的な所得は15000バーツが最大値レベルとみなしているわけだ。だからこそ、社会保障がこういった金額に設定されている。前項のように出世欲がある人が会社員にならないのは、社会保障にも魅力がないからである。

中華系タイ人はやっぱりすごい

 以前も書いたが、本当に権力などがほしい人は、タイでは公務員か政治家になる。特に公務員なら軍人が向いている。金稼ぎをしたい人は自分で事業を立ち上げる。それ以外の人が会社員になるからこそ、それほど出世に欲がない人が多く集まるわけだ。

 しかし、タイ人が働くことに貪欲ではないというわけではない。タイではとにかく金があればなんとでもなる。だから、金儲けはしたい。一般層はそのための資金もコネクションも、そしてチャンスもないので、公務員や会社員になるか、小さな自営業をするしかない。

 他方、コネや資金があれば大きなビジネスができる。そういう人はだいたい名のある一族、財閥の直径家族や親族として生まれてきた人だ。日本では最近「親ガチャ」という言葉が生まれたが、一応は親が貧しかろうがひどかろうが、自分の力で這い上がることは可能な社会だ。タイの場合、親ガチャで「ハズレ」を引いたら今回の人生で這い上がることはまず不可能である。それくらい格差の大きい社会なのだ。

貧困層は就職先の選択肢が少なく、大きく稼げるのはムエタイの選手など。

 とはいえ、タイの財閥はほとんどが中華系、すなわち移民である。1800年代から第2次世界大戦前後までの間に中国から押し寄せてきた移民たちで、当初彼らは学もなければ手に職もなく、港湾労働者などとして生きてきた。その中でうまく立ち回り、戦時中や戦後になって財閥となってのし上がったのだ。だから、いくらタイでもまったくのゼロから大きくなることができないわけではない。しかし、現在はそうして成り上がった財閥の連中が自分たちの富や権力を失わないよう、新しい芽をどんどんと摘んでいく。中華系、タイの富裕層はとにかく頭がいいのだ。

 ボクの友人の旦那さんはタイの中華系だ。タイでは富裕層に入るか入らないかの階層にいて、中華系の生活習慣をほとんど持ち合わせない、いわば色の白いタイ人である。そんな彼ものんびりした性格ではあるが、ちょっとした時間をみつけてはMBA(経営学修士)の資格を猛勉強して取得したり、金融の勉強をして株式取引などの会社にアドバイザーとして勤めたりするなど、もともとの本業(本業に触れると特定されるのでここでは伏せる)とはまったく違う業種を複数掛け持ちし、どんな時代が来ても大丈夫なように備えている。

 こうした行動は出世欲によるものではなく、あくまでも家族と自分を守るための手段だ。タイ人は一般的に先のことを考えることが苦手だが、中華系にはこういったことを考えて動いている人もいるのだ。

 タイにおいてこういう人が会社員として働くわけがなく、本当に優秀な人は自分で行動を起こしている。学生時代の出会いもなんだかんだ大切だ。就職活動をしない分、卒業したら早急に仕事を探すことが必要で、そのまま選択の余地なく会社員になる人も最近は多いものの、学生時代の出会いの中から自分のビジネスに挑戦して大きくなる人もいる。「働く」ことへの意識や「会社員」という括りが日本とタイで大きく違うのは、社会の仕組みを考えれば当然なのだ。数十社に不採用通知をもらうのが当たり前の日本だが、タイ人を見れば落ち込むことはない。ダメなら自分でなにか始めればいいのである。この点は日本人が見習うべき、タイの若者の姿だと思う。

書き手:高田胤臣(たかだたねおみ)
1977年5月24日生まれ。2002年からタイ在住。合計滞在年数は18年超。妻はタイ人。主な著書に『バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー氏との共著)『東南アジア 裏の歩き方』『タイ 裏の歩き方』『ベトナム 裏の歩き方』(以上彩図社)、『バンコクアソビ』(イーストプレス)、『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)。「ハーバービジネスオンライン」「ダイアモンド・オンライン」などでも執筆中。渋谷のタイ料理店でバイト経験があり、タイ料理も少し詳しい。ガパオライスが日本で人気だが、ガパオのチャーハン版「ガパオ・クルックカーウ」をいろいろなところで薦めている。

この連載の概要についてはこちらをご覧ください↓↓↓


この記事が参加している募集

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!