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老舗洋食店が街にやってきた!|パリッコの「つつまし酒」#132

絶品サンドイッチをきっかけに

 僕の住む石神井しゃくじいの隣町、大泉学園の駅近くに、「陵雲閣マンション」という、ちょっとおもしろい建物があります。
 その名のとおり、古くて大きめのマンションなんですが、その半地下と中2階の2フロアが「陵雲閣マンション商店街」と名づけられ、小さな飲食街になってるんですよね。

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「陵雲閣マンション」

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いかにも昭和な雰囲気

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大泉いちのディープスポットと言えるかも

 居酒屋やラーメン屋はもちろん、「悪魔の巣」なんていうバーに、スナックまで。ね? あからさまに、ちょっとおもしろいでしょ?
 そんな陵雲閣マンション商店街に最近、新しく洋食屋が入ったという噂を聞きました。それを知ったのはSNS経由で、コロナ禍のこの夏、通常のメニュー以外に特製のサンドイッチをテイクアウト販売しているという情報を目にし、それがものすごく美味しそうなんですよね。
 そこでさっそく買いに行ってみました。

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これがそのサンドイッチ

「スモークサーモンとクリームチーズ」と「ハムたまごスライスチーズ」。かな? どちらもビッグサイズで具沢山。手作りの味わいと外食のプロの技が同居する美味しさで、長引くコロナで気持ちがふさぎがちなところ、とても元気をもらいました。しかもこのサンドイッチ類が、ひとつ250円〜というリーズナブルさにも驚き!
 そこで何気なくTwitterに、「今日食べたこのサンドイッチが美味しかったです〜」的な投稿をしたところ、予想だにしていなかった展開に。なんと、お店の公式アカウントから「ありがとうございます! こんど本にサインをしてもらえたら嬉しいです!」的な返信が返ってきたんですね。
 ……え? なんと、僕のことを知ってくれているばかりか、本まで読んでくれている? 添付された写真には、かなりマニアックな昔のZINEまで写っています。
 これは状況が落ち着いたらあらためて、きちんとお店に食事に行かないとな〜、と。まぁ、そんなことがなくても行ったには違いないんですが、とにかく強く誓ったのでした。

創業50年の老舗だった

 お店の名前は「キッチンカウカウハウス」。
 オフィシャルサイトによると、1971年に新所沢で開店。その後、小手指に移転し、合わせて30年ほど営業した後、2000年、埼玉県の和光市市役所内に、店名を「カフェ・ラ・ベル」とあらため移転。
 ところが新型コロナウイルスの影響により店舗の継続が困難になり、今年2月、残念ながら一度は閉店してしまったのだそう。
 しかし、たくさんのファンの継続を望む声に後押しされ、今年の7月7日、ちょうどいい空き物件の見つかった大泉学園の街で、店名を当初の「キッチンカウカウハウス」に戻し再スタート! つまりはこちら、創業50年の老舗洋食店だったというわけなんです。
 すごい! すごいすごいすごい! 僕のまったく知らないところでそんなドラマチックな歴史を刻んできた店が、突然ご近所にできてしまう。こんな幸運な出来事、そうそうないですよ。なにも知らずに食べたサンドイッチも、そりゃあ美味しかったわけだ。
 あまりにも興奮しすぎて前置きが長くなりましたが、昨日、そんなカウカウハウスに、念願かなって訪問することができました。
 そしたらま〜これが、お世辞抜きなんて前置きの必要がないくらい、大感動の名店だったんです!
 カウカウハウスの2大名物は、創業当時から継ぎ足し続けてきたというデミグラスソースを使った「ハンバーグステーキ」と、同じくそのソースを使った「牛すじシチュー」。それぞれサラダとライスのセットで、980円と1280円。シチューのほうは、全国から50組の参加者が集まる「日本全国鍋グランプリ」という大会で、2016年と2020年の2回も優勝しているという折紙つきの品。
 メニューにはその他にも、エビフライ、カニクリームコロッケ、ポークソテー、チキンソテー、ビーフステーキに日替わり定食などなど、洋食屋さんらしい魅惑の品々が並びます。
 う〜んどうしよう……まぁ、初回はハンバーグかシチューのどっちかだよな。でもどっちも魅力的だな〜。と思っていたら、あら、なんとハンバーグの上に牛すじシチューをかけてしまったという「カウカウハンバーグステーキ」(1580円)なるメニューがあるじゃないですか! ちょっと贅沢だけど、今日はこれ以外ない! そしてせっかくそんなごちそうをいただくんだから……と探すと、ありました。お酒メニュー。ハートランドビールとボトルワイン。というわけで、もちろんビールもお願いしま〜す!

美食の暴力

 しばらくして、まずはサラダとハートランドビール(550円)が到着。その光景を見た時点で、誰もが確信するはず。あ、ここ、超名店だ、と。

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サラダがとにかく美味しそう!

 ボリュームたっぷりのサラダは、野菜によって生、ゆで、グリルと処理が分かれています。特にきゅうりがグリルされているのには驚きましたが、箸でわしっとつかんで口へと運びその意味を知るというか、食べたときに最大限美味しく感じられるよう、ものすごく計算されていることがわかります。にんじんの甘みと爽やかな酸味のバランスが絶妙な自家製のドレッシングがまたうまい!
 ちなみに、ビールがたっぷり500mlのハートランドの瓶というのも嬉しいですね。ペース配分をあんまり考えず、サラダをつまみにぐいぐいいけちゃう。

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すでに大満足

 そこへやってくるのが、待ってましたの「カウカウハンバーグステーキ」なんですが、もうね、なんていうんでしょう、テーブルに届いただけで、その美味しそうさに一瞬クラッと意識を失ってしまいそうな、あまりにも完璧な一皿。

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これは……暴力だ! 美食の暴力!

 じゅわじゅわぐつぐつと音をたて、もわもわむくむくと湯気をあげる重厚な鉄鍋は、まるで活火山。どっさりとうず高く盛られているのは、デミグラスソースをまとったとろとろの牛すじ肉。ひとかけをスプーンですくい、ごはんにのせて、えいやっと口へ運ぶ!

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口へ運ぶ……と

 ………………はっ! すんません。今、一瞬失ってました。意識。ううううう、うめぇ〜……。濃厚でコク深いのに、同時にフレッシュな爽やかさをも感じるデミグラスソースと、口のなかでほどけて旨味を爆発させる牛すじ。それが日本人の心である白米とハーモニーを奏でる。あぁ、生きててよかった。
 思わず夢中になり、しばらくうっとり食べすすめていると、あっ! そうだった! 下にハンバーグがいたんだった!

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ラスボス感

 そう。主役は牛すじシチューだけじゃなかった。あの絶品シチューにその身を浸した、存在感抜群のハンバーグまで、これから味わえてしまうんです。他にある? たった1000円台で手に入る、こんな幸せ?

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肉々(×100)しいハンバーグ様

 このハンバーグがまぁ、当たり前だけども、そりゃあもう絶品。さっき耐性がついたはずなのに、食べたらふたたび意識を失うくらい絶品。
 つけあわせの野菜たちもうまい。牛すじに戻ってもうまいうまい。シチューをハンバーグや野菜に絡めてもうまいうまいうまい。
 さらには大胆にもハンバーグと牛すじを一緒に口へほうりこみ、合わせて白メシすらもほおばってしまい、しばし目をつむって咀嚼そしゃくした後、ビールをごくごくごく〜っと飲んでみたら、どうだったと思います? すみません。“思い出し失神”をしちゃいそうなので、ここから先の記述は自粛させてください。

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本にサインもさせてもらいました

 ちなみに、僕のことを知ってくれていたのは、現在も厨房に立つ初代のお孫さんにあたり、お店をお手伝いされていた3代目。以前から僕の書いた記事などを読んでくださっていて、趣味の食べ歩きの参考にしてくれていたのだとか。
 恐縮なことに、お店に置いてあった僕の初めてのエッセイ集『酒場っ子』にサインをさせてもらったんですが……あの、飾る場所、本当に「日本全国鍋グランプリ」の優勝トロフィーの横で大丈夫ですか?

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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